第63話:侵食の魔導と、多重歪曲障壁
「消え失せろ、橘ぁぁぁッ!!」
佐藤の絶叫とともに、黒銀鉱山の巨大な空洞全体が揺れ動いた。
彼の足元に描かれた複合魔導陣から、渦を巻く漆黒の炎と極冷の氷刃が、巨大な津波となって僕たちへ襲いかかる。
「シルフ、ウィネット! 散開!」
「はいっ!」
「任せて!」
二人が左右へ跳躍すると同時に、
僕は前線へと踏み込んだ。
(思考を研ぎ澄ませ……。
相手の弾道、質量、推進エネルギーを計算しろ)
迫り来る漆黒の炎と氷刃の群れ。
僕は走り込みながら、背の矢筒から『汎用超貫通鋼鏃』を番えた。
矢の筈と鏃の隙間に、
低スキル魔法『ボム・プチ』を速やかにセット。
一瞬の静寂。
(足踏み、胴造り、弓構え、打起し、引分け、会……!)
『離れ』——!
バシィィィィィンッ!!!!
『カァンッ!』
爆縮推進音とともに放たれた一射が、音速を超えて空間を一直線に穿つ。
毎秒数千回転の超高速ドリル運動と、ボム・プチの指向性衝撃波を纏った汎用超貫通矢は、迫り来る黒炎と氷刃の津波の真っ芯を直撃した。
『ズガガガガガガガッ!!』
破砕音が空洞に響き渡る。
佐藤の放った広域複合魔導は、矢の圧倒的な物理運動エネルギーによって中心から真っ二つに引き裂かれ、
霧散するように霧消していった。
「なっ……魔導を力任せに穿ち砕いた、だと……!?」
佐藤の顔に、一瞬の動揺が走る。
「だが……甘いんだよっ!」
佐藤が首筋の『寄生核』に手を当てると、黒紫色の肉塊が脈打ち、彼の周囲の空間がぐにゃりと歪み始めた。
(空間歪曲障壁……!
高密度の魔力を周囲に張り巡らせている)
「僕のスキルと寄生核の出力を合わせれば、あらゆる物理攻撃の軌道を歪めて無力化できる!
お前のその自慢の矢も、僕には届かない!!」
「やってみなければ分からない!」
僕は間髪入れずに二射目を番えた。
『ボム・プチ』を極限まで圧縮。
狙うは、佐藤の右首筋——
あの不気味に蠢く寄生核の真芯!
(弓を深く引き絞る……『会』)
静寂のなか、ターゲットと矢のラインが重なる。
『離れ』!
バシィィィンッ!
『カァンッ!』
放たれた汎用超貫通矢は、真空の筋を描きながら、一直線に佐藤の首元へと肉薄する。
音速を超える一撃。
避ける余地など微塵もない絶対の射程。
——しかし。
『ジュワァァァァン……!』
佐藤の首元から数十センチ手前の空間で、光と空気が極端に屈折した。
まっすぐ突き刺さるはずだった矢の軌道が、目に見えない滑り台を滑るかのように、ぬるりと右側へ滑り落ちていく。
ズガァァァンッ!!
軌道を逸らされた矢は、佐藤の右肩の衣類をわずかに掠めただけで、背後の巨大な岩壁へと深々と突き刺さった。
「ハハハハッ! 見ただろう橘!これが僕の『多重歪曲障壁』だ!」
佐藤が肩の擦り傷をさすりながら、嘲笑うように不快な高笑いを上げる。
その直後、掠り傷から溢れた血は一瞬で凝固し、寄生核から伸びる黒いモヤが傷口を覆うと、瞬く間に元通りの皮膚へと再生してしまった。
「肉体再生まで備わっているの!?」
シルフが息を呑む。
「無駄だ無駄だ無駄なんだよ!
お前の矢がどれほど重く、どれほど速かろうが、僕の届かない『空間の歪み』を通過する限り、
絶対に直撃させることなんてできやしない!」
佐藤の右手に、再び不気味な暗黒魔導の光が宿る。
「今度は僕の番だ……!
お前のその賢しらな顔を、絶望で染めてやる!!」
空間を物理的に逸らす異次元の防壁と、傷を一瞬で塞ぐ即時再生。
絶大なチートの力を前にしながらも、僕の思考は冷酷なまでに静まり返っていた。
(逸らされた……。
だが、完全に不可逆な無効化じゃない)
矢が滑った瞬間の、空気の屈折と音の波形。
僕の眼は、佐藤の防壁の「僅かな違和感」を逃さず捉えていた。




