第61話:封鎖された坑道
王都を離れて北へひた走り、険しい山道を進むこと小一時間。
周囲の木々は徐々に生気を失い、黒ずんだ岩肌が露出する不気味な山岳地帯へと景色が一変した。
大気に漂う微かな金属臭と、肌を刺すようなチクチクとした磁気刺激。
「蓮さん、見てください……あの山です」
シルフが指差す先——切り立った黒々とした岩山の中腹に、不自然な漆黒の霧に包まれた巨大な穴が開いていた。
『旧黒銀鉱山』の坑道入口だ。
「空気が、嫌な感じに重いね……。風の流れが不自然に歪んでる」
ウィネットが空を睨みつけながら言った。
鉱山の周囲には、まるで生きた磁石のように高濃度の磁鉄鉱粒子が舞い散り、紫黒い魔力の脈動とともに不気味な渦を描いている。
佐藤が放つ異様な魔力が、山全体の自然環境すらも侵食し始めている証拠だった。
そして、坑道入口の前——開けた広場を埋め尽くすように、無数の「影」が蠢いていた。
『グガァァァァッ……!』
『ガチガチガチッ……!』
甲高い金属摩擦音のような不快な鳴き声が、山肌に木霊する。
そこに群がっていたのは、黒銀色の甲殻に身を包んだ異形の魔獣たちだった。
大型犬ほどの蜘蛛型魔獣や、太い腕を持つ二足歩行の熊型魔獣。そのどれもが全身に黒い金属の結晶を纏い、首筋には佐藤と同じ黒紫色の「寄生芽」が脈打っていた。
「寄生魔獣の群れ……! ざっと五十頭以上はいます!」
シルフが即座に杖を構え、警戒を強める。
「坑道の入口を完全に固めてるね。……蓮さん、どうする? あたしの風で押し散らす?」
「いや、ウィネット。相手は高密度の金属甲殻を纏っている。広域魔法で吹き飛ばすだけじゃ、甲殻に勢いを殺されて不完全燃焼になる」
僕は背中の矢筒から、一本の矢を引き抜いた。
バログの手によって磨き上げられた『汎用超貫通鋼鏃』が、紫黒い大気の中で鋭い銀黒の光を放つ。
「ここで僕たちの『新装備』の力を試そう。狭い坑道へ続く直線……絶好の射線だ」
僕の意図を察したシルフとウィネットが、左右にサッと広がって射撃体勢を整えた。
「了解です! 左右からの接近を阻止します!」
「任せて! 一頭たりとも蓮さんに近づかせないから!」
「頼む!」
僕は踏み込み、左足の爪先を標的の群れへと向ける。
自然体で腰を据え、重心を中央に落とす。
汎用超貫通矢を弦に番え、矢の末端と鏃の隙間に、僕の保有する最小魔力——『ボム・プチ』の種を慎重かつ正確にセットする。
視線を、一列に重なり合う魔獣たちの「中心線」へと据えた。
『グゴォォォォッ!!』
僕たちの存在に気づいた魔獣群が一斉に頭を上げ、凶暴な咆哮とともに怒涛の勢いで押し寄せてきた。
硬質な甲殻が擦れ合い、地鳴りのような足音が響く。
「……ふぅー……」
深く、静かな呼吸。
弓を滑らかに引き降ろし、弦を極限まで引き絞る。
弓が重厚な軋みを上げ、僕の視界から雑念が消え去っていく。
弓を引ききった極限の静寂。
目の前に迫る、数十頭の寄生魔獣。
その先頭に立つ大型の熊型魔獣から、後ろに続く蜘蛛型魔獣たちまで、完璧な一本の「直線」が重なった瞬間。
(弓の弾性エネルギー + 超高周波回転 + ボム・プチの指向性微爆縮推進……解は出ている!)
『離れ』——!
バシィィィィィンッ!!!!
弦が打たれる『弦音』と同時に、矢の末端で『カァンッ!』と高亢な爆縮音が弾けた。
『ボム・プチ』の指向性爆風を真後ろから受けた汎用超貫通矢は、音速の壁を容易く突破するロケット弾と化して放たれた。
螺旋溝が空気を受け止め、毎秒数千回転という激しいドリル回転を開始。
通過した空間には白く引き締まった真空の筋が伸びる。
直後——先頭の熊型魔獣の眉間に、矢が着弾した。
『ズバガァァァァァンッ!!!!』
接触の瞬間、鏃内部の第二の『ボム・プチ』が炸裂。
重甲亀の極高密度金属が、超高速ドリル回転と微爆縮の衝撃波を融合させ、硬質な金属甲殻を一瞬で分子レベルで粉砕・破砕した。
「ガッ……!?」
熊型魔獣は悲鳴を上げることすら許されなかった。
頭部を粉砕した汎用超貫通矢は、その巨体すら減速の理由にすることなく胴体を突き抜け、そのまま直後を走っていた二頭目の魔獣の胸板を貫通!
さらに止まらない。
三頭目、四頭目、五頭目——!
超運動エネルギーとブレることのない回転軸によって維持された矢は、一本の鋭利な光の針となって、猛進してくる魔獣の群れを「縦一列」に完璧に串刺しにしていった。
『ドズズズズズズズズガァンッ!!!!』
衝撃波が遅れて爆発的に広がり、貫通された魔獣たちの巨体が内部から内圧に耐えかねて炸裂、四散する。
僅か一射。
たった一本の汎用超貫通矢が、直線上に並んでいた七頭の寄生魔獣を瞬く間に穿ち抜き、最後は背後の岩壁に深く突き刺さって小規模な岩崩れを引き起こした。
「「「…………っ!?」」」
迫り来ていた魔獣群の動きが、ピタリと止まった。
あまりの破壊力と、一瞬で「一列丸ごと消滅した」という異常事態に、寄生によって狂暴化していたはずの魔獣たちの中にすら生々しい動揺と恐怖が走る。
「すごい……! 予備の竹矢で、あんな分厚い金属甲殻の魔物を七頭同時に貫通するなんて……!」
シルフが思わず息をのむ。
「あははっ! ざっと見なよ! 蓮さんの矢のまえじゃ、自慢の鎧もかみのくず同然なんだから!」
ウィネットが歓喜の声を上げ、隙を突いて左右から迫ろうとした魔獣たちへ鋭い風の刃を浴びせ、牽制する。
「よし……手応えはある。次行くぞ!」
僕は間髪入れずに次の汎用超貫通矢を矢筒から引き抜き、弓へとセットした。
(バログさんが削り出してくれたこの鏃なら、ボム・プチの微爆縮エネルギーを余すことなく物理運動力へ変換できる……!)
一歩踏み出し、次なる射線を見定める。
群れの左翼から飛びかかってくる蜘蛛型魔獣の集団。
「『離れ』!!」
バシィィィンッ! 『カァンッ!』
再び弾ける弦音と爆縮推進音。
二射目の矢が弧を描かず、真空の一直線となって空間を裂いた。
『ズガガガガガガガッ!!』
飛びかかってきていた四頭の蜘蛛型魔獣が、空中であっけなく一列に穿たれ、散らばる花火のように破片となって弾け飛ぶ。
さらに三射、四射——。
弓道の正確無比な体捌きと射法八節のテンポに乗せ、僕は淡々と、だが圧倒的な精度で汎用超貫通矢を放ち続けた。
一射放たれるたびに、音速のドリル矢が数頭の魔獣をまとめて粉砕し、鉱山前の広場を埋め尽くしていた漆黒の群れが、見る見るうちに削り取られていく。
「グル……ガッ……!?」
僅か数分後。
五十頭以上存在した寄生魔獣の群れは、半数以上が粉砕され、残った個体も恐怖に耐えかねて蜘蛛の子を散らすように山林へと逃走していった。
広場に残されたのは、削り取られた大量の黒銀甲殻の破片と、静寂だけだった。
「ふぅ……」
僕はゆっくりと息を吐き出し、弓を倒して、周囲の安全を確認した。
「見事です、蓮さん! 量産した予備の矢だけで、ここまでの大軍を一人で圧倒してしまうなんて……!」
シルフが駆け寄り、目を輝かせる。
「うん、汎用矢の性能とボム・プチの相性は完璧だ。これなら坑道内の狭い空間でも、十分に対応できる」
僕は背中の矢筒に残る汎用超貫通矢の数を確認し、固い決意を込めて不気味な暗雲が立ち込める坑道の奥を見つめた。
「入口の掃討は完了した。……行こう、佐藤の待つ深部へ」
僕たちは倒れた魔獣たちの残骸を飛び越え、黒い魔力の脈動が渦巻く『旧黒銀鉱山』の暗がりへと足を踏み入れた。




