第59話:貫通鋼鏃
キィィィィン……と、澄んだ切削音が工房に心地よく響き続けていた。
バログの集中力は凄まじかった。
額から汗を滝のように流しながら、一切の妥協もなく、金剛角の刃でアイアンコアの表面をミリ単位、微ミクロン単位で削り込んでいく。
最初は一本の特注鏃を作る予定だった。
しかし——。
「おい、蓮。この重甲亀のコア……素材の密度が凄まじすぎて、削りカスや余剰部分からも相当な量の高密度金属が取れるぞ」
バログが削り出された金属のブロックを見つめながら言った。
「予備の鏃も、何本か作れるのか?」
「何本かだと? ハッ、甘ぇよ小僧!」
バログは不敵に鼻で笑った。
「俺の削り出しの技術を舐めるな! 素材を極限まで無駄なく使い切れば、『風切三羽矢』用の最高級品だけじゃなく、お前が普段使っている一般の矢軸(魔導竹軸)にも装着できる『同型の超貫通鏃』が……そうだな、ざっと二十本以上は作れるぞ!」
「二十本以上……!?」
僕は思わず声を上げた。
「本当ですか、バログさん!? そんなにたくさん作れるんですか!?」
ウィネットが目を丸くして身を乗り出す。
「おうよ! 風切三羽矢は風切鳥の羽を使った一点物の『決め球』だ。だが、戦場じゃ何が起こるか分からねぇ。万が一風切三羽矢を失ったり、連続で硬い敵と戦うことになった時、普通の鏃じゃ話にならねぇだろ? だから、予備の矢軸にもこの『超貫通鏃』を装着できるように、ソケットの規格を揃えて削り出してやる!」
「素晴らしい判断です、バログさん……! 蓮さんの戦術の幅が、何倍にも広がります!」
シルフも感極まったように胸の前で手を組んだ。
「へっ、職人ってのはな、頼まれた以上のものを作ってこそ一人前なんだよ! さあ、休んでる暇はねぇぞ!!」
バログは再びハンマーと削り具を握り締め、怒涛の叩きと切削を再開した。
夜が明け、東の空が白み始めた頃。
工房の炉の火が静かに鎮まり、激しい金属音が止んだ。
作業台の上には、整然と並べられた『銀黒の光沢』を放つ鏃たちが輝いていた。
空気抵抗を殺す完璧な流線型。
表面には精密に刻まれた微細な螺旋溝。
そして、触れるだけで指が切れそうなほど鋭利に研ぎ澄まされた三面の極圧尖端。
「できた……できたぞ……!!」
バログが真っ赤に腫れ上がった目を擦りながら、誇らしげに胸を張った。
中央に鎮座するのは、『風切三羽矢』のために作られた最高純度の【風切超貫通鋼鏃】。
そしてその周りを囲むように並んでいるのは、一般の魔導竹軸に装着可能な【汎用超貫通鋼鏃】が、計二十二本。
「バログ……これは、言葉もないよ。見事だ」
僕が心からの称賛を贈ると、バログは照れくさそうに鼻を擦り、中央の鋼鏃をピックアップした。
「さあ、蓮。仕上げだ。お前の『風切三羽矢』を持ってこい」
僕は慎重に、背の矢筒から風切鳥の羽を持つ『風切三羽矢』を取り出した。
バログは手慣れた手つきで従来の鏃を取り外し、新しく削り出された重甲亀の超貫通大鏃を、特殊な金属接合用樹脂とともに矢軸の先端へと固着させた。
『カチリ……』
重厚な手応えとともに、矢と鏃が完全に一体化する。
風切鳥の風を殺す羽、強靭な魔導竹の矢軸、そしてあらゆる物質を穿ち抜く重甲亀の極高密度鏃。
和弓の「理」と、異世界の「極致素材」が融合した、究極の概念兵器——『新・風切三羽矢』がここに完成した。
「重さのバランスも完璧だ……。重心がわずかに先端へ移動したことで、飛翔時の直進性と慣性運動エネルギーが飛躍的に増している」
矢を手に取って構えてみると、その圧倒的な存在感が指先から全身へと伝わってきた。
「よし! 完成のお祝いと、性能チェックだ! 王都郊外の演習場へ行って、試射してみようぜ!」
ウィネットが弾んだ声で提案し、僕たちは完成したばかりの新兵器を携えて、王都の外へと向かった。
現代の『弓道』における鏃においては大きく分けて2種類に分類されています。
まず一つ目は、実際に的を狙う為の矢に装着させる物。
二つ目は、多くの藁をまとめて束ねた「巻藁」という練習用の台に向けて放つ矢に装着させる物。
以上の2種類です。
また、1つ目の的を狙う為の鏃は狙う対象物や距離によっても形状が代わり、多く派生していきます。
更には戦国時代などに使われていた物も含めると本当に数多くの種類が存在します。
中には「ちゃんと飛んだ(使えた)の?」と思うような物も・・・
ちなみに「巻藁」の形状については、昔の米俵に近い形状と大きさになります。
とても高密度なため、それに矢を放っても貫通することはありません。
ただし、使用頻度が多い場合には中心の密度が下がり、貫通することもあります。
刺さった矢を引き抜く時に一緒に藁も数本ずつ抜ける時があるからです。
その様な状態になると買い替えが必要となります。




