第57話:絶望の金剛装甲
『グオォォォォンッ!』
金剛角犀の怒声が谷間に木霊する。
ターゲットを僕に絞った巨獣は、地響きを立てながら一直線に猛進してきた。
「蓮さんっ! 回避してください!」
シルフが短杖を振りかざし、地面から何本もの巨大な氷の柱を突き出させた。
突進を阻む障壁だ。
しかし——。
『バゴォォォォンッ!!』
氷柱陣は金剛角犀の突進と金剛角の一振りによって、一瞬で粉々の氷片となって砕け散った。減速すらしていない。
「あたしの風で、横に押し飛ばす! 『極大突風』!!」
ウィネットが必死の面持ちで両手を突き出し、超高圧の風の塊を叩きつける。
だが、超重量と金剛石の装甲を持つ巨体は、微風を受けたかのようにわずかに揺れただけで、そのまま突進を継続する。
「くっ……重すぎる……! あたしの風じゃ、ビクともしないよ!」
「全員、崖の上へ退避だ!」
僕は二人を抱えるようにして、側面の急勾配の岩壁へと躍り上がった。
直後、僕たちが直前までいた足場が、金剛角犀の角によって丸ごと崩落し、数百メートル下の谷底へと崩れ落ちていった。
「はぁ……はぁ……っ! あぶなかった……!」
ウィネットが崖の途中の狭い足場で胸を押さえて荒い息を吐く。
足場はすでに極限まで削られ、逃げ場は無くなりつつあった。
「蓮さん……どうすれば……! 私たちの魔法も、蓮さんの矢も、あの装甲と磁場には……」
シルフの瞳に、焦燥と不安の色が濃くなる。
それも無理はない。僕たちの得意とする「精密なポイント攻略」や「属性魔法による足止め」が、全て敵の生態特性によって無効化されているのだ。
僕は崖下で怒り狂う金剛角犀をじっと見つめ、頭の中で思考を超高速回転させた。
(なぜ、僕の矢も二人の魔法も通らない……? 敵のカラクリを分解しろ)
磁場の偏向。つまり、敵の周囲に渦巻く強い磁界が、金属を含む攻撃の命中精度を低下させる。
更に表面の金剛石装甲は、単に硬いだけじゃない。
外部からの打撃や魔力衝撃を受けると、地脈の磁気を吸い上げてその場で結晶を厚く再結晶化する。
(要するに……ちまちました『点』の攻撃や、中途半端な打撃を与えれば与えるほど、相手は衝撃を吸収してより強固になってしまうんだ)
「蓮さん……?」
「答えが出たよ、二人とも」
僕は静かに立ち上がり、二人の目をまっすぐに見つめた。
「あの敵に対して、ちまちました急所狙いや、持久戦は絶対に通用しない。攻撃を当てるたびに、相手は装甲を強化してしまうからだ」
「じゃあ……どうするの……? 打つ手がないじゃない……!」
「いや、一つだけある。相手が再生するヒマも、衝撃を吸収するヒマも与えない……『完全な一撃』で、あの金剛角ごと頭部を粉砕するんだ」
僕の言葉に、二人とも目を見開いた。
「粉砕……!? あのダイヤモンドより硬い装甲と角をですか!?」
「そうだ。点で抜けないなら、絶対的な『質量運動エネルギーと脆化』で丸ごと押し切る。……二人の持てる全ての力を、僕の一射に集中させてほしい」
僕が提示したのは、これまでのような繊細なサポートではなく、三人で放つ「理に基づいた圧倒的な力技」だった。
「物理の法則は絶対だ。どんなに硬い物質でも、極限まで温度を下げられれば原子の結合が停止し、脆くなる。そして、どれほど巨大な質量でも、それを遥かに超える超加速の運動エネルギーをぶつければ……必ず崩壊する」
僕はシルフの手を握り、続いてウィネットの手を握った。
「シルフ。君の全魔力を使って、あの金剛角犀の頭部全体を『絶対零度』近くまで極冷しろ。ミクロン単位の制御じゃない、範囲全体を冷やし抜くんだ。金剛石の結晶構造を内部から脆化させる」
「私の全魔力で……頭部全体を極冷……!」
「ウィネット。君は山地の乱気流と磁気風をすべて巻き込んで、僕の背後に『超高圧の風力ロケット』を構築しろ。僕の放つ矢に、大砲以上の超加速を与えるんだ」
「風を……全部集めて、蓮くんの矢を爆発的に押すんだね……!」
二人の瞳から躊躇いが消え、揺るぎない覚悟の光が灯った。
「分かりました、蓮さん……! 私の氷の全てを、あの大角に叩きつけます!」
「あたしもやるよ! 蓮くんの矢を、世界で一番速く飛ばしてみせる!!」
「よし……決戦だ。あの金剛の角を、僕たちの絆で打ち砕くぞ!」
崖下の要塞に向かって、僕たちの全能力を賭けた最後で最大の反撃が始まろうとしていた。




