第54話:伝説の「加工刃」
「くそがぁぁぁっ! なんだこのカチカチのバカ甲羅は! 俺の道具が全滅じゃねぇか!!」
バログは床に転がった無残なタガネと破砕したハンマーを蹴飛ばし、悔しさのあまり髪を掻きむしった。
「バログさん、落ち着いてください……」
シルフが静かにバログに歩み寄り、冷たい水を入れたコップを手渡した。
バログはそれを一気に煽り飲み、ふぅーっと荒い息を吐き出した。
「すまねぇお嬢ちゃん、取り乱した。……だが、ダメだ。悔しいが俺の負けだ。現地で丸ごと外して持ってきてくれたのは見事だったが、今の俺の工房にある設備と道具じゃ、この巨大な塊を細かく切り出すことも、削って形を整えることもできねぇ」
職人としてのプライドを折られたバログが、落胆したように肩を落とす。
僕は金床の上に置かれたアイアンコアをじっと見つめ、頭の中で物理的な整理を行った。
「落ち込む必要はないよ、バログ。これは鍛冶師の技術の差じゃない。『モース硬度』と『可塑性』の原理の問題だ」
「モース……こうど……?」
バログが首をかしげる。
「ああ。物質にはそれぞれ『硬さの尺度』がある。どんなに強い力で叩いても、叩く側の道具の硬度が、叩かれる側の硬度より低ければ、力は全て道具側に逃げて壊れてしまう。さっきの現象がまさにそれだ。関節から丸ごと外せたからといって、素材そのものを切削できるわけじゃない」
「つまり……あの硬い甲羅を細かく切削するには、あの甲羅よりも『さらに硬い素材で作られた刃物』が必要ってことですか、蓮さん?」
シルフが察しの良い瞳で僕を見つめる。
「その通りだ、シルフ。ダイヤモンドがダイヤモンドでしか磨けないのと同じ理屈だ。超高硬度の素材を加工するには、それ以上の硬度を持つ『切削刃』を手に入れるか、または金属の結合を解くような『未知の極高熱触媒』が必要になる」
「言うのは簡単だがな、小僧……」
バログがため息をつきながら髭を揉んだ。
「王都の青鋼より硬い素材なんて、この辺りじゃ聞いたこともねぇぞ。そんなもん、伝説の竜の牙か……あるいは……」
バログは何かを思い出したように、ハッと顔を上げた。
「……待てよ。一つだけ、心当たりがある」
「本当ですか、バログさん!?」
ウィネットが身を乗り出す。
「ああ。王都の北、断崖絶壁が連なる『金剛山地』の奥深くに、超高密度の鉱石を食らって体内で結晶化させる特殊な魔物——『金剛角犀』って奴が棲んでいる。そいつの角(角刃)は、あらゆる金属を豆腐のように削り落とすと言われているんだ」
「金剛角犀の……角……」
「そうだ。昔の腕利きドワーフたちは、その角を削り出して『極限のノミ』を作り、超硬鉱石の加工に使っていたらしい。……だがな、金剛山地は足場が悪く、あの犀の角は滅多に手に入らねぇ代物だ」
そこへ、工房の木扉が勢いよく開いた。
「おい蓮! バログのオヤジ! ここに居たか!」
息を切らせて飛び込んできたのは、ギルドの受付職員だった。
「どうした、そんなに慌てて?」
「ギルド本部から緊急指名……いや、Bランク以上の限定公募依頼が出たんだ! ちょうど今、バログたちが話していた『金剛山地』での依頼だ!」
受付職員が差し出した羊皮紙には、こう記されていた。
【依頼内容:金剛山地における生態調査および『金剛角犀』の角の採取】
【概要:山地奥部にて巨大個体の目撃情報あり。希少素材の採取と同時に、周辺生態系への影響を調査せよ。】
僕は羊皮紙を受け取り、バログを見つめた。
「運が良いな。僕たちが今まさに必要としている素材が、向こうから飛び込んできた」
「蓮くん、行こう! そのカチカチの犀を倒して角を手に入れれば、最強の矢ができるんだよね! 迷う理由なんてないよ!」
「はい! 私の極冷も、山地での戦闘なら更なる応用が利くはずです。蓮さんの新しい矢のために、全力でサポートします!」
ウィネットとシルフの瞳に、強い意気込みが宿る。
バログは一瞬絶句した後、ハハッと力なく笑い、僕の肩を強く突いた。
「……どこまでも運と理を引き寄せる奴らだぜ。いいか蓮、その『金剛角犀の角』を持ち帰ってくれたら、俺の命と職人人生の全てを賭けて、最高の『超貫通風切三羽矢』を完成させてやる! 必ず無事で戻ってこいよ!」
「ああ、約束しよう」
僕たちは新しい目的——加工用の伝説の刃を手に入れるため、金剛山地への遠征を決意したのだった。




