第53話:名工と「硬度の壁」
『旧鉱山跡』での『古の重甲亀』との激闘を終えた翌日。
僕たちは王都のギルドで正式に報酬を受け取った後、解体場から引き取った大きな戦利品を抱えて、裏通りのバログの工房へと向かっていた。
僕の手にある頑丈な布袋に収められているのは、重甲亀の背甲の中央に位置する『鉄甲核』の一塊だ。
鈍い青黒い光沢を放ち、片手で持つにはあまりにも重い。
討伐時、僕の放った『風切三羽矢』は可動部の僅かな隙間を通って脳を撃ち抜いたため、甲羅自体には傷一つついていない。
解体時も、シルフが極冷魔法で関節の軟組織や肉を凍らせて収縮させることで、ネジを外すように甲羅のパーツを「丸ごとすっぽり剥がし取る」ことで回収したのだ。
工具や刃物で切断して手に入れたわけではない。
だからこそ、この一塊の巨大な高密度金属は、現場での傷すら一切存在しない完璧な超硬度を保っていた。
「たのもー! バログさん、いるー!?」
ウィネットが工房のドアを力任せに開けると、奥からガシャンッという金属音とともに、煤にまみれたドワーフの頑固親父が顔を出した。
「うるせぇぞ威勢の良いお嬢ちゃん! 今は大事な剣の焼き入れをして……ん? お前らか」
バログは手に持った大きなペンチを置くと、僕たちの手元にある大きな革袋に目を留めた。その眼光が、職人特有の鋭い光を帯びる。
「おい小僧……背中に担いでるその袋、ただ事じゃねぇな? 漂ってくる重量感が尋常じゃねぇぞ」
「ああ、バログ。約束通り、面白い素材を持ってきた」
僕は台座の上に、どさりと重甲亀の背甲を置いた。
ドォン……!
頑丈な樫の木の作業台が、悲鳴を上げるような音を立てて大きく揺れた。
「こ、これは……まさか、旧鉱山跡の『古の重甲亀』の甲羅か!? それも、心臓部を護る一番密度の高い核の部分じゃねぇか!」
バログは目を見開き、立派な髭を震わせながら甲羅に飛びついた。
ゴツゴツとした太い指先で表面を撫でまわし、爪で軽く叩いて音を確かめる。
キーーン……
澄み切った、まるで最高級の鋼を叩いたかのような高音が工房内に響き渡った。
「す、すげぇ……! 傷一つ付いてねぇじゃねぇか。解体業者がどうやって切り出したんだ?」
「切断したんじゃないんだ。シルフの冷気で接続部の軟組織を凍らせて、関節ごと綺麗に剥がし取ったんだよ」
僕が明かすと、バログは感心したように唸った。
「なるほどな! 刃を入れずに丸ごと剥ぎ取ってきたわけか! ……で、蓮。この上物をどうしたい?」
「この素材を使って、『風切三羽矢』の先端——『鏃』を作ってほしい。今の鉄製や銅製の鏃では、これから出遭うであろう高ランクの魔獣の皮膚や甲羅を穿ちきれない。この高密度金属から極限まで削り出した『超貫通鏃』を作りたいんだ」
「風切三羽矢の、専用鏃だと……!?」
バログは口角を大きく吊り上げ、自分の胸をガツンと叩いた。
「ハハッ、言ってくれるじゃねぇか! 風切鳥の羽で空気抵抗を殺し、重甲亀のコアで先端の質量と硬度を極限まで引き上げる……完璧な思想だ! 面白い、俺の職人魂が黙っちゃいねぇ! 今すぐ取りかかるぞ!!」
バログはすぐさま腕まくりをし、炉の火を爆発的に強めた。ゴーゴーと音を立てて真っ赤な炎が燃え上がる。
バログは特殊なトングでアイアンコアを掴み、千度を超える炉の最深部へと投入した。
数分後、赤く熱せられた甲羅を取り出し、金床の上に置く。
「よし! この巨大な一塊から、矢の先端(鏃)のサイズへ細かく切り出すために、まずはタガネで打ち割る! 一気にいくぞおぁぁぁっ!!」
バログが全身の筋肉を躍動させ、ドワーフ最高の鍛造鎚を振り下ろした。叩きつけられるのは、彼が長年愛用している超硬度の鋼鉄製タガネだ。
キンィィィィンッ!!!!
工房内に、鼓膜を刺すような甲高い金属摩擦音が激しく響き渡った。
だが——。
「な……なにぃ!?」
バログが目を見張った。
金床の上にある重甲亀の甲羅には、傷一つ、凹み一つついていなかった。それどころか、バログが手にしていた自慢のタガネの先端が、綺麗に真っ平らに押し潰されていたのだ。
「そんなバカな……!? 俺のタガネは、王都でも一番硬い青鋼で作ってあるんだぞ!? 丸ごと剥がしてきたこの塊に、傷を付けることすらできねぇだと……!?」
「バログさん、もう一回火に入れて熱してみたらどうですか!?」
ウィネットが身を乗り出す。
「おうよ、もっと温度を上げる! ふいごを極限まで吹け!」
バログは炉の温度を極限まで引き上げ、甲羅が白光するまで熱した。そして再び金床に置き、渾身の力で鎚を叩きつける。
ガキィィィンッ!!
不気味な破壊音が響いた。
甲羅が割れた音ではない。
バログが持っていた鍛造鎚の頭が、叩きつけた衝撃に耐えかねて真っ二つに叩き割れ、壁へと吹き飛んだ音だった。
「く……っ、俺の鍛造鎚が……叩き折られた……!?」
バログは手に残った柄を見つめ、愕然と立ち尽くした。
甲羅は冷めるにつれ、何事もなかったかのように元の青黒い光沢を取り戻していく。
熱にも、純粋な打撃力にも、王都最高峰の鍛冶道具すら傷一つつけられない——絶望的な「加工の壁」が、僕たちの前に立ちはだかった。




