第47話:取り残された男と、焦燥の影
王都の片隅にある安宿の一室。
薄暗い部屋の中で、佐藤は頭を抱えてベッドの端に座り込んでいた。
部屋のテーブルの上には、気休めのために買った安価な疲労回復用の滋養薬の空き瓶が幾本も転がり、壁には苛立ちまかせに殴りつけられた痕が幾つも残されている。
「なんでだ……なんで俺が、こんなところで燻ってなきゃいけないんだ……!」
佐藤は爪を立てるように自分の髪を強く掻きむしった。
この異世界に転移したあの日。
自分は神のような存在から、他者を圧倒する高威力の攻撃魔法スキル『極大爆炎陣』と『大魔術回路』を与えられた。
まさにラノベの主人公のようなチート能力。
クラスメイトたちからも期待と羨望の眼差しを向けられ、自分はこの世界で無双し、英雄として君臨するはずだった。
だが、現実は違っていた。
「くそっ……! なんだよあのパーティーの連中は! 『魔力消費が荒すぎる』だの『精密性に欠けるから前衛が巻き込まれる』だの……! 俺の火力の凄さが分かってねぇんだよ!」
佐藤の魔法は確かに強力だったが、一発撃つだけで魔力の大部分を枯渇させ、おまけに発動までの隙が大きく、狙いも大雑把だった。
実戦では使い勝手が悪く、冒険者ギルドで組んだ臨時パーティーでも持て余され、次第に難易度の低い雑用依頼ばかりに回されるようになっていた。
そして何より、佐藤の心を内側から削り取っていたのは——あの男の存在だった。
「……蓮の野郎……!」
奥歯が噛みちぎれそうなほど強く噛み締められる。
能力鑑定の際、ただの『種火』という戦闘には何の役にも立たないような地味なスキルしか得られず、周囲から嘲笑されていた同級生・蓮。
だが、風の噂で聞こえてくる蓮の活躍は、佐藤の自尊心をズタズタに引き裂くには十分すぎるものだった。
『知ってるか? 最近Bランクに昇格したあの弓使い……ただの初級魔法と弓を組み合わせて、風鳴り峡谷の魔獣をノーダメージで退治したらしいぞ』
『あいつの射撃、音もしないし狙いも絶対に外さないんだってな。まさに天才だよ』
街の冒険者たちが酒場で口々に讃えるのは、自分ではなく蓮の名だった。
「低スキルで……ただの弓道部だったくせに……! 小細工ばかり使いやがって! なんであいつがBランクで、俺がこんな場所で燻ってなきゃいけないんだよ! チートスキルを持ってるのは俺なんだぞ!!」
佐藤はテーブルの上の空き瓶を床に叩きつけた。ガシャン、と甲高い音を立てて硝子が弾け飛ぶ。
自分は特別なはずだった。世界に選ばれた主人公のはずだった。
それなのに、泥臭く工夫を重ねた蓮が評価され、自分はただの「扱いづらい大砲」として見捨てられつつある。その理不尽な現実に対する激しい恐怖と強い嫉妬が、佐藤の心を黒く塗り潰していく。
「誰でもいい……誰でもいいから、俺に圧倒的な力をくれ……! あいつを……蓮を見返して、膝を折らせてやるだけの力を……!」
部屋の隅に落ちた影に向かって、佐藤は虚しく呟いた。
だが、その言葉はただの独り言では終わらなかった。
薄暗い部屋の空気に、突如として氷のように冷たい湿り気が混じり始める。
散らばったガラスの破片が、チリチリと不気味な音を立てて震え出した。
「ふむ……実に良い歪みだ。力に餓え、自己の無能を環境のせいと呪う、見苦しくも美しき嫉妬の魂よ……」
部屋の壁の影が、まるで生き物のように歪み、立ち上がった。
『悔しさ』、『嫉妬』というのはその後の人生を大きく左右する不安定な感情だと個人的には思っています。
『悔しさ』をバネに飛躍する者もいれば、そのまま這い上がれずに留まるか堕ちていく者もいる。
では、同じ感情でも何が成功に導くのか。
それは『生まれ持った性格』であると思います。
そして、その性格をいち早く見抜き、上向きのベクトルに変換できる者こそが『良き指導者(先生)』なのだと私は思うのです。




