第46話:その矢、風を切る
完成した『三羽矢』を手に、僕たちは工房の地下にある試射場へと向かった。
地下射撃場は頑丈な石壁で囲まれており、五十メートル先に厚さ数センチの木製標的が設置されている。
「さあ小僧……いや、蓮! 俺たちの作ったこの『風切三羽矢』の威力を見せてみろ!」
バログが興奮を抑えきれない様子で腕を組み、試射場の壁際に立った。
シルフとウィネットも、かたずをのんで僕の手元を見つめている。
僕は静かに和弓を握り締め、試射場の射位に立った。
手渡された『風切三羽矢』を弦に番える。
指先に伝わる竹軸のしなやかさと、風切鳥の羽が放つ独特の整流気圧。これまでの市販の矢とは、手に持った瞬間の「馴染み」がまるで違っていた。
(軽い……そして、重心が完璧に計算通りだ)
『足踏み』『胴造り』『弓構え』『引き分け』——。
弓を引き絞っていく。
竹弓がぎちぎちに撓み、エネルギーが蓄えられていく。
三羽矢の羽先が、僕の頬に静かに触れる。
(ボム・プチも、極冷も、風魔法も使わない。純粋な『矢そのものの性能』を確かめる)
『会』——そして。
「——離れ!」
パシィンッ!!!!
澄み渡る弦音。
次の瞬間、試射場にいた全員が息を呑んだ。
放たれた三羽矢は、風切り音(矢鳴り)を一切立てなかった。
普通、矢が飛ぶ時は「シュッ」という羽としなりが空気を切り裂く音が聞こえる。
だが、この三羽矢は風切鳥の整流羽毛と、120度配置による軸回転によって、空気抵抗を完全に受け流していたのだ。
音もなく、ブレることもなく、ただ一筋の「空間の歪み」となって五十メートルを一瞬で駆け抜ける。
ドスッ!!!!
標的の中心——赤く塗られた的に、三羽矢が深々と突き刺さった。
木製の標的が激しく揺れ、貫通した矢先が後ろの石壁にまで届いていた。
「な……音が……音がしねぇ……!?」
バログが目を限界まで見開いて駆け寄った。
「風切り音がしないってことは、空気抵抗によるエネルギーロスがゼロに近いってことだ! それに見てみろ、この穿ち跡を! 矢がコマのように高速回転しながら突っ込んだから、木目が綺麗にネジ切れてやがる!」
「回転による貫通力の増大……大成功ですね、蓮さん!」
シルフが歓喜の声を上げる。
「すごいすごい! 魔法を使ってないのに、こんなに速くて真っ直ぐ飛ぶなんて! 蓮くん、これにあたしたちの魔法を乗せたら、どうなっちゃうの!?」
ウィネットが僕の腕に抱きつきながら跳びはねた。
僕は標的に近づき、刺さった三羽矢を静かに抜き取った。
羽は傷一つついておらず、回転の余韻で微かに青銀色の光を揺らしていた。
「素晴らしい矢だ、バログ。僕の和弓の理を、完璧に形にしてくれた」
僕はバログに向かって深く頭を下げた。
ドワーフの職人は一瞬照れたように髭を掻き、ガハハと豪快に笑い飛ばした。
「ハハハッ! 礼を言うのは俺の方だ、蓮! ドワーフとして長年鍛冶をやってきたが、道具の『構造』だけでこれほどの性能を引き出せるとは思ってもみなかったぜ!」
バログは僕の肩をガシガシと叩き、真剣な目で僕を見つめた。
「余った風切鳥の羽根で、あと五本……合計六本の『風切三羽矢』を作ってやる。代金は要らん! その代わり、その矢で異世界の連中に『和弓と職人の理』をたっぷり見せつけてやれ!」
「ああ。大切に使わせてもらうよ」
新しい相棒となる最高の一組の矢。
異世界の素材と、日本の伝統的な構造、そしてドワーフの職人技が融合したこの矢は、これからの僕たちの旅において、かけがえのない武器となるはずだ。
僕たちは晴れやかな気持ちで工房を後にし、次なる冒険への一歩を踏み出したのだった。




