第38話:街歩きと、小さな焦り
ギルド本部でのレオンとの騒動が収まり、受付へ戻った僕たちは、職員から提示された言葉に思わず顔を見合わせることになった。
「氷塊城塞都市での大戦功、および街道での『鉄甲巨鳥』の討伐、確実に確認いたしました。これほどの功績となりますと、ギルドマスター直々の承認と『Bランク』への飛び級昇格手続きが必要となります。承認の書類が下りるまで、夕方までお待ちいただくことになりますが……」
「飛び級昇格……ですか。分かりました、夕方にまた来ます」
僕が静かに頷くと、隣で話を聞いていたウィネットが「やったぁー!」と声を上げて跳び上がった。
「ねえねえ蓮くん! 夕方まで時間があるなら、あたし王都の屋台街に行ってみたい! 遠くからでもすっごく香ばしいお肉の匂いがしてたんだよね! 先に行って場所取っておくから、ふたりも後から来てねーっ!」
ウィネットはそう言うやいなや、風魔法で脚力を強化して一目散にギルドを出て行ってしまった。相変わらず嵐のような少女だ。
「……行っちゃいましたね、ウィネットさん」
「ああ。本当に賑やかな奴だな」
ギルドの前に取り残された形になった僕とシルフ。
二人きりになると、急に周囲の喧騒が遠のいたような静寂が訪れた。
シルフは少し緊張した面持ちで自分の短杖をぎゅっと抱きかかえ、俯き加減に僕の顔を覗き込んでくる。
「あ、あの……蓮さん。私とふたりだと、手持ち無沙汰でしょうか……?」
「そんなわけないだろ。いつもシルフには助けられているし、こうして静かに街を歩くのも悪くない」
僕が素直な思いを口にすると、シルフの頬がほのかに朱に染まった。
「ふふ、ありがとうございます……。じゃあ、夕方まで少し王都の街を散策してみませんか?」
僕たちは並んで王都の大通りへと歩き出した。
石畳の道の両脇には、色鮮やかな布を掲げた店舗や、見たこともない魔導具を扱う露店が所狭しと立ち並んでいる。
活気あふれる街並みを歩きながら、僕は和弓の弦の張りを確かめるように指先を遊ばせていた。
隣を歩くシルフは、時折僕の横顔を盗み見るように視線を送ってくる。
その瞳には、どこか繊細な揺らぎが浮かんでいた。
(ウィネットさんが来てから……蓮さんの周りは、前よりずっと賑やかになりました……)
シルフは胸の中で、そっと想いを巡らせていた。
明るくて、ものおじせず、誰とでもすぐに仲良くなれるウィネット。彼女の放つ風魔法は、蓮の『和弓の理』と完璧に噛み合い、矢の速度と威力を何倍にも跳ね上げた。
それに引き換え、自分はどうだろう。
ガルガノスのギルドで落ちこぼれ扱いされていた自分。
蓮に拾われ、彼の圧倒的な技量と知識に助けられてばかりの自分。
(私……ちゃんと、蓮さんの隣に並べているのかな……)
ウィネットのまっすぐで積極的な姿勢を見るたびに、胸の奥がキュッと締め付けられるような焦りを覚えていた。自分ももっと蓮の役に立ちたい。彼にとって、代わりの効かない存在になりたい。だが、どうすれば彼の『理』に追いつくことができるのか。
「……シルフ? どうした、浮かない顔をして」
僕が足を止め、心配そうに覗き込むと、シルフは慌てて両手を振って首を横に振った。
「えっ!? あ、いえっ! なんでもありません! ちょっと、王都の街並みに圧倒されていただけです……っ!」
「そうか。喉が渇いたなら、何か冷たいものでも買うか?」
「はい……! 蓮さんと一緒なら、なんでも嬉しいです」
シルフは照れくさそうに微笑みながら、そっと僕の袖の端を指先で掴んだ。
離れたくない、置いていかれたくない——そんな小さな願いが込められた握り方に、僕は不思議な愛おしさを感じながら、再び歩みを進めたのだった。




