第32話:風と氷の調和、そして新たなる脅威
氷塊の城塞都市フェンリル・ヴァイルでの激闘を終え、王都へと続く街道を進む僕たち三人の足取りは、どこか軽やかだった。
「ねえねえ蓮くん! 次の町に着いたら、何か美味しいお肉料理奢ってよ! あたし、今日の特訓で風魔法使いすぎてお腹ペコペコだよ〜!」
「ウィネット、君はさっきの休憩時にも干し肉を二枚食べていただろ。僕の財布にも限界があるんだが」
僕が肩にかけた和弓の位置を直しながら呆れ顔で答えると、隣を歩くウィネットはニシッといたずらっぽく笑い、僕の右腕にぐっと自分の身を寄せてきた。
「えー、ケチ! あたしの『流体・追風』が無かったら、あんな凄まじいスピードで矢を飛ばせなかったでしょ? 相棒への投資だと思ってさぁ!」
「あ、あの……ウィネットさん! 蓮さんにベタベタくっつきすぎですっ! 蓮さんが歩きにくそうにしているじゃないですか!」
反対側を歩いていたシルフが、即座に声を張り上げて僕とウィネットの間に割り込んできた。
シルフは僕の左袖をぎゅっと掴み、真っ赤になった顔でウィネットを牽制するように見上げる。
「いいじゃんシルフちゃん〜。減るもんじゃないし! もしかして、シルフちゃんも蓮くんに抱きつきたいの〜?」
「な、ななな何を仰っているんですか!? 私、私はただ、パーティの規律と……その、蓮さんのご迷惑にならないようにと思ってですね……っ!」
「はいはい、シルフちゃんの顔、真っ赤で可愛いねぇ〜!」
「もうっ! 弄らないでくださいっ!」
ふたりの賑やかなやり取りを横目に、僕は静かに息を吐き出した。
ウィネットがパーティに加わってからというもの、道中が格段に賑やかになった。
だが、ただ騒がしくなっただけではない。前回の戦闘で見せたように、シルフの『極冷魔法』とウィネットの『気流操作魔法』、そして僕の『和弓と初級火魔法』が組み合わさった時の相乗効果は、単なる足し算ではなく掛け算の破壊力を生み出していた。
(シルフの氷で大気を冷やして収縮させ、高気圧を作り出す。そこにウィネットの風で進行方向の気圧を下げ、完全な流体トンネルを構築する……。物理学的に見ても、これ以上の加速環境はない)
僕が思考を巡らせていると、前方の街道を歩いていた行商人の馬車が数台、慌ただしく引き返してくるのが見えた。御者たちの顔は恐怖に引きつっている。
「おい、引き返せ! この先はダメだ! 峡谷に『鉄甲巨鳥』が降りてきたぞ!!」
「鉄甲巨鳥……?」
僕が声をかけると、御者の一人が青ざめた顔で馬の手綱を握り直しながら叫んだ。
「ああ! 樹齢数百年の大樹すら一撃で薙ぎ払う猛禽の魔獣だ! 奴の全身を覆う羽毛は、魔導金属並みの硬度を誇る『超高密度鉱物羽』でできている! 弓矢や剣はもちろん、上級の攻撃魔法すら表面の弾力性と金属羽で完全に受け流されて掠り傷一つつかないんだ! 近づくだけで羽ばたきの衝撃波で押し潰されるぞ!」
「外撃をすべて無効化する金属羽毛……に、広範囲の衝撃波攻撃、か」
シルフが息を呑み、短杖を強く握りしめた。
「蓮さん……どんな物理攻撃も魔法も弾き返してしまうなんて、そんな相手にどうやって矢を通せば……」
「すべての外撃を弾き返し、受け流す、か」
僕は和弓の弦を指で軽く弾いた。ビィン、と澄んだ音が静かな街道に響く。
普通なら絶望的な相性に見えるだろう。だが、僕の頭の中では、すでに新しい物理の計算式が組み上がり始めていた。
「表面がいくら頑丈でも、内部まで完全な金属で詰まっているわけじゃない。生物である以上、内臓や骨組み、筋肉といった柔らかい組織が存在する。……外側を破れないなら、衝撃だけを内側へ透過させればいいんだ」
「蓮くん、また何か恐ろしいこと考えてない……?」
ウィネットが目を丸くして僕の顔を覗き込む。僕は口元に小さな笑みを浮かべ、和弓を強く握り直した。
「行こう。僕たちの新しい『理』を試す、最高の実験台だ」




