第27話:放物線運動と重力加速度
「おいおい、そこのガキ! 何をバカな真似をしようとしている!」
周囲の精鋭弓兵たちが、和弓を構える蓮を見て嘲笑の声を上げた。
「山を越えて矢を射るだと? 弓の射程距離すら分かっていない素人か!」
「山頂の風で矢など吹き飛ばされるわ! ましてや視界の通らない裏側に命中させるなど、神業でも不可能だ!」
飛び交う怒号と蔑み。
しかし、蓮は耳を貸さず、周囲の気象状況を頭の中で瞬時に処理していく。
(空気密度が低い極寒の空……粘性抵抗は通常より少ない。重力加速度(g)を9.8と仮定し、目標までの水平距離と高度差から投射角を算出する)
「シルフ、矢を放つ瞬間に、矢身の周りの空気を氷魔法で一瞬だけ極冷(急冷却)してくれ。空気の急激な熱収縮で、僕の『ボム・プチ』による爆破推進力を一点に収束させる」
「はい……! 任せてください、蓮さん!」
シルフは胸の昂ぶりを抑えながら、氷の魔力を短杖に溜めた。
(私だって、いつまでも蓮さんに守られているだけじゃ嫌です……! あなたの放つ矢の、最高のサポートをしてみせます!)
蓮は静かに息を吸い込み、和弓を引き絞っていく。
『足踏み』『胴造り』『弓構え』『引き分け』——そして『会』。
和弓特有の長大なる竹弓が、限界までしなる。
その先端に装填された矢身には、蓮の初級魔法『ボム・プチ(種火)』が小さな火花となって宿っていた。
「あいつ、本気で放つつもりか……!?」
「狂ってる……山の向こうに届くはずが——」
「……見よ」
蓮の静かな一言とともに、矢が放たれた。
——離れ!
引き絞られた弦が爆音を響かせ、矢が天に向かって飛び立つ。
直後、矢の末端で初級魔法の種火が爆発。
シルフが放った極冷の氷気が周囲の大気を一瞬で収縮させ、爆風のエネルギーを極限まで後方へ集中させた。
『ボボッ……ドオオオンッ!!』
矢は直射ではなく、天を突くような70度の超高角で垂直近くまで急上昇していく。
「な……なんだあの軌道は!? 空へ向かって飛んでいくだと!?」
「バカな、あんな角度で撃ったらそのまま失速して——」
「失速じゃない」
蓮は和弓を握り直しながら、冷ややかに言い放った。
「頂点に達した物体は、そこから『自由落下』を始める。……つまり、位置エネルギーがすべて『運動エネルギー』に変換されるんだよ」
雲を突き抜け、視界から消えた一条の光。
山の絶頂を遥かに越えた超高空で、矢は緩やかな弧を描き——重力に従い、真下に向かって牙を剥いた。




