第22話:初めての「敗北」
「キシャアアアッ!」
衝撃に硬直した僕たちの隙を、敵は見逃さなかった。
巨躯から伸びた無数の粘性の触手が、大気を引き裂いて襲いかかってくる。
「蓮さん、危険ですっ!」
「シルフ——っ!?」
咄嗟にシルフを抱き寄せ、地面を転がりながら間一髪で回避する。
しかし、掠めた触手が放つ強烈な打撃圧により、僕の右肩から鈍い骨鳴りが響き、背中が岩壁へと激しく叩きつけられた。
「ガハッ……!?」
口内に広がる鉄の味。視界がグラグラと揺れる。
「蓮さん! 蓮さん!!」
「だ、大丈夫だ……! 走れシルフ、一度引くぞ……!!」
勝ち目がない。
今の僕の弓では、あの粘獣には傷一つ付けられない。
厳しい練習で叩き込まれた「敗北の冷徹な認識」が、僕に撤退を命じていた。
襲い来る触手の群れをシルフが死に物狂いで展開する多重氷壁で防ぎ、僕は負傷した腕で彼女を庇いながら、命からがら渓谷を脱出した。
ガルガノスの街の救護室。
「あの橘蓮が……負けた……?」
「嘘だろ、あの音速の矢が通じなかったって言うのか……!?」
救護室の外から漏れ聞こえる、冒険者たちの動揺と落胆の声。
白いシーツの上で、僕は自分の右手に巻きつけられた包帯を見つめていた。指先が、抑えようもなく細かく震えている。
(音速の回転も、空気抵抗の削減も、熱推進も……すべては『空気が存在すること』を前提にした物理トリックに過ぎなかったんだ)
敵が「無酸素の真空」を張り、「衝撃を吸収する流体」であるならば、僕の編み出した理屈はすべて無力化される。
勝てない。
あの時、矢が止まった瞬間の圧倒的な虚無感と絶望が、胸の奥底でドス黒く渦巻いていた。




