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第二章:ファック・マイ・ライフ①

「えーと、この辺にはゾンビはいない、のかな……」

 俺は不慣れなライブ配信をスマートウォッチのインカメラに向かって行ないながら、研究所の建物の中を歩き回っていた。ゾンビがいなかったことに対する安堵と、配信というのは本当にこんな感じでいいのだろうかという不安が胸の中で綯い交ぜになっている。

 柊夜や結愛は今、一体どこで何をしているのだろうか。ゾンビの餌食になったりしていなければいいが、と俺は思う。

 柊夜は俺と同じで、世の中へと自分を発信しようとするタイプではない。きっと、俺と同じでライブ配信に四苦八苦しているに違いない。

 一方の結愛については、談合坂サービスエリアで話したときの顔色の悪さが気にかかっていた。今にして思えば、あれは体調が悪いだけではなかったのではないだろうか。もしかすると、彼女も柊夜と同じで、談合坂の段階であのバスの旅に何か不審な点を感じていたのかもしれない。

 俺は階段の近くに達すると、下階の気配を窺った。そこにはしんとした閑けさが沈殿しており、俺自身の呼吸の音以外何も聞こえなかった。どうやらこの辺りには生死にかかわらず、何かが潜んでいそうな様子はない。

「えっと……ようやく階段……たぶん、何もいないのかな……たぶん……」

 俺は歯切れ悪く自分のスマートウォッチのインカメラに向かってそう告げる。目の前に投影された配信動画の俺の顔は不安げで、いかにも冴えない配信初心者といったふうだった。

 動画の上部に表示された視聴者数の値は時折増減を繰り返しているが、いいね数はゼロから微動だにしない。俺の動画をちらっと再生しては出ていってしまう視聴者ばかりのようで、リアルタイムの視聴者リストは常時空欄のままだ。

 コメント欄も、通りすがりの視聴者が書き殴っていった「ツマンネ」と「糞動画乙www」という心ない内容の二つのみだ。辛辣ながらもその通りとしか言えない意見に、俺は頭を悩ませることしかできなかった。

 このゲームが始まってから三十分余りが経過し、わかったことがある。

 大雅によって拉致され、俺が目覚めたあの部屋は、三階にある被検体の様子を観察するための隔離ルームの一つだった。フロア内には同じような部屋がいくつもあった。

 そして、エレベータ脇にあった館内案内図によると、この研究棟という場所は地上三階、地下二階から構成されているようだった。どのフロアも広大な面積を誇っており、たくさんの実験室や倉庫などさまざまな設備が存在していた。

 また、二階の連絡扉を介して続く管理棟の中に、先ほど大雅が口にした『コントロールルーム』なるものが存在していた。こんな馬鹿げたことをやめさせるには、コントロールルームを襲撃するのも一手だが、『研究棟を逃げ回れ』と大雅が言っていたのが何となくひっかかる。

 そして、大雅の言葉が真実であるならば、この研究棟の中には現在、五体のゾンビが放たれている。しかし、幸か不幸か俺はまだゾンビに遭遇してはいなかった。

 やはり、こういったことに不慣れな自分はゾンビとの逃走劇を配信するのが効果的なのだろう。ライブ配信のことはよくわからないが、きっと視聴者が求めているのは大雅と同じで非日常感とスリルだ。

 テレビ番組だって、俺の周りでは放送コードのギリギリを攻めたようなものが人気がある。つまり、人が求めるものというのはそういうものなのだろう。

 ゾンビと接触するのは命の危険を伴う。しかし、ここでこうしていても、十八時のランキング如何によってはゾンビの檻に放り込まれてしまう可能性が高い。

 俺はなるべく足音を消すように努めながら、階段を降りていく。階段を下り切った俺は、二階の廊下を見渡した。やはり、何かがある様子はない。

 安堵と落胆を半々に覚えながら、俺は廊下を進んでいく。ランキング更新の時間までもう残り二十分を切っている。何かしないと、何か起きないかと、焦燥が俺の思考を満たしていく。

 動画をバズらせるには、特技だとかダンスだとかといったものが有効らしいとどこかで聞いたことがある。平々凡々とした俺に動画映えするような特技など一切ないし、運動神経の悪い俺が踊ったところで失笑ものの出来にしかならないことは目に見えている。というか、この状況下で突然踊りだしても傍目には頭がおかしくなったようにしか見えないだろう。しかし、今の俺にできることなど限られている。

 少しでも視聴者数やいいね数を稼ぐためには最近流行りのアイドルのダンスの真似でもするしかないと、覚悟を決めかけたとき、男の悲鳴が響いた。

「うっ、うわああああああああ!!」

 俺は息を呑んだ。おそらくこの先にはゾンビがいる。行くのは危険だが、少しでもゾンビと接触することができれば、視聴者数やいいね数が稼げるかもしれない。

(――行こう。勝ち残るためには必要なことだ)

 悲鳴が聞こえたのはおそらく突き当たりの通路だ。俺はライブ配信のネタを求めて、廊下を駆け出した。


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