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間章Ⅱ:文学部一年 紫藤芽依の場合

 どうしよう。ただでさえ、バスの中で無理やり眠らされてこんなところに連れてこられたというだけで混乱しているというのに、わけもわからないうちによくわからないゲームが始まってしまった。

 ここで目覚めてすぐ、自分のスマートウォッチに大雅から着信があった。何やら大雅が、自分たちの置かれている状況やこれからこの施設内で行なわれるゲームについて話していたが、ほとんど頭に入ってこなかった。自分が今理解できているのは、この施設にいるゾンビから逃げなければいけないらしいということについてのみだ。

(そうだ……茉白(ましろ)ちゃんはどうしてるのかな。どこにいるのかな)

 サークルの中でも仲の良い茉白がどうしているのかが気に掛かった。私はセピアカラーのクラシックな雰囲気の花柄があしらわれたスマートウォッチの文字盤に触れる。メッセージアプリを開き、『立花茉白(たちばなましろ)』の四文字を友達リストから見つけて選択する。しかし、そこから見慣れた受話器のアイコンが消えていて、「え……?」私は困惑のあまり声を漏らした。

 そういえば先ほど大雅が、自分たちが眠っている間に、通信ができないように全員のスマートウォッチに細工をしたとかなんとか言っていたような気がする。それはどうやら電話だけでなくCafeTalk(メツセージアプリ)も対象だったようだ。試しに短文投稿型SNS(Mutter)や写真投稿型SNS(フォトスタグラム)のアプリも起動させてみたが、画面が真っ白なままでタイムラインが取得される様子はない。

 仕方がない。自分がこの施設のどこにいるのかもわからないけれど、ずっとここにいたらゾンビが来るかもしれない。どこが安全かなんてわからないけれど、それでも動き始めるしかなかった。

 自分の安全の確保ももちろんだが、茉白と合流したかった。こんなわけのわからない状況下で一人で居続けるのは不安だった。

 私はそろり、そろり、とその場を動き出した。通路の先には階段が見える。

 私は上に行くか下に行くか迷った末に、下へ向かうことを決めた。階段を下り、一階と地下一階の間の踊り場へ降り立つと、ベージュのサマーニットにマキシ丈のキャミワンピース姿の小柄な人影が蹲っていた。白色だったはずのキャミワンピースの何だかよくわからない液体によるものと思われる染みが飛び散っており、裾がズタズタに裂けてしまっていた。

 裂けたキャミワンピースの裾から覗く細い脚には噛み跡らしき歯形状の傷と流れ落ちる血液が見て取れて、私は呆然とした。

「茉白、ちゃん……?」

 彼女の名を呼んだ私の声が震えた。おそらく、彼女はゾンビに咬まれている。

「ぐぅっあっ……うっ……め、い……?」

 茉白の目が私のほうを見た。彼女の肌は血の通った色から土の色へと変化しつつあり、ぎょろりと見開かれた目は獰猛に血走っている。茉白は体内に入り込んだrotten-32に身体をゾンビに作り変えられていく苦しみに悶えながら、

「うっうあああっ……にげ、て……わた、しが……うぐっ……芽依、を……おそ、う、まえに………ぐああああああああっ」

 そう言いながらも着実にゾンビへと変貌していく茉白の姿に、ひっと私の喉の奥から悲鳴が漏れる。思わず後退りすると、靴の踵がこつりと壁に当たる。

「いっ、いやああああああああ!!」

 私は恐怖のあまり絶叫すると、たった今降りてきた階段を一段飛ばしで駆け上った。靴の先が階段に引っかかって前につんのめったが、それにも構わずに私はその場から逃げ続けた。

 ゾンビはこの建物の中に本当にいて、自分たちに襲いかかってくる。それに、ネットニュースで読んだ通り、ゾンビに咬まれればrotten-32に感染し、自身もゾンビになってしまう。今しがた、目にした光景のショッキングさのせいで、私は大雅が先ほどの通話で言っていたはずのとても大切なことを思い出せずにいた。

 そのことが今後の命運を左右するとは、このときの私は思ってもいなかった。


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