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第五章:ピース・オブ・ケイク⑧

 コントロールルーム。そう表示されたLEDプレートの掲げられた部屋の前に立つと俺はドアを睨みつけた。俺は手にした金属バットを握りしめると、一歩前へ出る。

 人感センサーが反応し、廊下とコントロールルームを隔てるスライドドアがすっと開いた。俺はアルコールの匂いが充満するコントロールルームの中へと飛び込んだ。一拍遅れて俺の意思に胴体がついてくる。

「――香椎大雅ァッ!」

 だらしなくテーブルの上に足を乗せ、目の前の壁に投影された二人分の配信画面を眺めている金髪の男の姿を認めると、俺は吠えた。

「ん?」

 大雅は椅子の背もたれに全体重を預け、体をそり返らせるとこちらを振り仰ぐ。顔が上下が逆になった大雅と視線が交錯する。

「あっれー、誰だよーこんなとこにゾンビ入れちゃったのさあ。お前ら警備システムちゃんと見てなかったわけえ?」

 大雅は室内に詰めた香椎製薬の研究者らしき白衣の男たちをねっとりとした口調で問い糺す。

「お言葉ですが大雅様……警備システム切らせたのは大雅様だったかと……」

 そうだっけー、と軽薄な口調で大雅はとぼけて見せると俺へと話の矛先を向け直す。

「で、蒼生きゅんは何こんなとこにのこのこ入り込んできちゃってるワケ? ここはお前みたいなゾンビが来ていいとこじゃねーんだけど。

 ってか、あの性悪ビッチのお守りしてなくていいわけー? このままだとお前のお姫さまは凌悟の奴にぶっ殺されちまうぞー」

 ほれ、と手に持った揚げパスタの先で大雅が指し示した二つの配信画面の中では、結愛が副部長の凌悟によって蹂躙されていた。俺は大雅をまっすぐに睨み据えると、

「そうさせないために俺はここに来たんだよ! 結愛ちゃんが殺される前に、お前を止めるために! 俺はお前を止めて、この馬鹿げたゲームを終わらせる!」

「ちぇーっ、人がせっかく第二ラウンド用意してたってのに、つまんねー真似してくれんじゃん?」

 俺の言葉を受け、大雅は酒臭い口を尖らせた。第二ラウンド、と聞いて俺は顔を顰める。やっぱり、こいつは誰が勝ち残ったところで、ここから生かして出す気なんてなかったのだと俺は確信を強める。

「ゾンビを殲滅させるまでここから出られない! 生き延びるためならばサークルメンバーにすら手をかけられるか! さあ残るのはゾンビが自分自身か!? みてーな手に汗握るサイコーにエキサイティングでファンタスティックなリアリティショーの配信準備してたのにさー。そうやって人の楽しみに水を差してくれたからには、覚悟はできてんだろうなあ?」

 大雅はテーブルから足を下ろし、椅子をくるりと回転させると立ち上がる。そして、黒いチノパンの尻ポケットから、無造作に何かを引っ張り出した。拳銃だった。俺の喉がごくりと鳴る。大雅はにやりと口元を歪めると、

「アメリカで流通してる対ゾンビ用のゴム弾銃(オモチヤ)だ。てめーみたいなできそこないにも効くのか、じっくり確かめさせてもらおーじゃねえの? このオレの楽しみを奪ったんだ、そんくれえは覚悟してもらわねーと、なあ!」

 そう言うと躊躇なく大雅は銃の引き金を引いた。放たれたゴム弾はヒュッと風切り音を伴って、俺の耳元を掠めて飛んで行った。ぼこ、と背後の壁にゴム弾がめり込んだ音がした。一拍遅れて、うっすらと右の耳朶が切れ、血の筋と熱が走った。

「ちぇー、外しちったかー」

 大雅のその言葉から、今のは敢えて掠めさせるに留めたことに気づき、俺は戦慄する。

 こいつ頭おかしい。香椎だけに。こんなときにもかかわらず、そんなどうでもいい思考がやけに冷静に俺の頭を通り抜けていった。

「大雅様」

 げっそりとやつれた顔でことの成り行きを見守っていた研究員の一人が声を上げた。待て待て、と大雅は何かを言いかけた研究員の言葉を遮ると、

「おーっと、お前らは手を出すなよー? 蒼生きゅん(こいつ)はオレのオモチャだ。本社栄転の話、ナシにされたくなかったら黙って見とくんだな」

 研究員は何か言いたそうにしていたが、黙り込んだ。他の研究員たちも大雅に意見することはなく、疲れた顔で沈黙を貫いている。

 大雅はゴム弾銃のグリップを握り直すと引き金へと指を伸ばす。俺は手の中の金属バットを大雅へと向かって振りかぶる。

「そんなトロい攻撃、当たんねえよ」

 バーカ、と大雅は俺にピアスのついた舌を出して見せると、金属バットを掴む。そして、大雅は距離をすっと詰めると、俺の肩口に銃口をつけ、引き金を引いた。

「う、ぐあっ……」

 俺の肩で痛みが弾けた。銃弾の勢いに跳ね飛ばされ、俺は尻餅をつく。衝撃で俺の手から金属バットが離れた。ゴム弾はブルーグレーのTシャツによって受け止められ、体内を貫通することはなかったが、おそらく打撲傷にはなっている。

 大雅は俺の金属バットを床に放り捨てた。からんからんとバットは音を立てながら、部屋の隅に積まれた段ボールのほうへと転がっていく。

「あっ」

 俺は、バットを追って立ちあがろうとした。しかし、俺の脇腹を大雅はぐりぐりと容赦なく踏みつける。

「ざまあねえなあ、蒼生きゅん?」

 楽しそうににやつきながら、大雅は俺へと銃口を定め直す。そして、彼は俺へと向けて何発も連続でゴム弾を打ち込んだ。

「つまんねえなあ。お前の体は腐敗が進んでねえから、この弾じゃ腕がもげたり頭貫通したりしねえのか」

 装填されていた弾を使い切ったらしい大雅はそんなことを宣いながら、弾を再装填している。その隙に俺は身を捩って大雅の足の下から逃れ、得物を取り戻すべく、全身の痛みを堪えながら床を這っていく。大雅のせいでどこもかしこもおそらく痣だらけだ。

「おっと」

 弾を装填し終えた大雅は俺の行動に気付き、牽制するようにゴム弾を放ってきた。「う、わ」俺は段ボールの影に咄嗟に身を隠そうとしたが、靴底を弾が掠めていった。

「おーい、出てこいよ蒼生きゅん。かくれんぼはオレの趣味じゃないんだよねえ」

 威嚇のつもりか、積まれた段ボールに向かって大雅はゴム弾を撃ち込んでくる。段ボールにゴム弾が命中するたびに、箱の中に詰まった何かががちゃりと音を立てる。

(この中……何が入っているんだ?)

 疑問に思った俺は段ボールに手を当てて軽く揺さぶってみた。手にずっしりとした重さを感じる。

(何が入ってるか知らないけど……これを倒すことができれば――)

 一条(ひとすじ)の光が見えた気がした。

 今の俺の体では、絶対に銃の速度に反応できない。ゲームで長年鍛えた動体視力と反射神経をもってしても、身体能力がついてこない。

 ならば、大雅が銃弾を再装填する隙を狙って、この箱の山を倒し、彼の自由を奪う――それが今の俺にできることだった。

「ねーえ、蒼生きゅん。いつまで隠れてんのさー? もっとオレを楽しませてくれよー」

 無造作にゴム弾を銃口から放ちながら、大雅はこちらへと近づいてくる。あともう少しあいつをこちらに引きつけたい。焦るな、俺。

 おそらくあの銃で一度に撃てるのは五発までだ。三発目。四発目。

(――今だ!)

 五発目の銃弾が発射されたのを俺は聴覚に捉えると、目の前の段ボール箱の山に思い切り当て身を食らわせた。

 段ボールにゴム弾が着弾する音がした。箱の山の向こう側ではかちゃかちゃと大雅が銃弾を再装填している音がする。俺の当て身を受けて、何か重たいものが詰まった箱の山が前方へと傾いでいく。

「……あ?」

 自分の上に雪崩れ落ちてきている段ボール箱の存在に気づいたのか、大雅が間抜けな声を上げた。

 どすっ。どさっ。箱の山が床へと叩きつけられる音がした。がちゃん、と箱の中からガラスが割れる音が響き、辺りにアルコールの匂いが充満していく。箱の中から漏れ出した、赤や黄、透明や琥珀色の液体が床を濡らしていく。もしかしなくても、あの中身全部酒だったのか。どうやってこんなところにあの量の酒を運び込んだのかは知らないが、第二ラウンドを楽しむ気は満々だったらしい。

「うがっ」

 箱の下敷きになったらしい大雅の呻き声が箱の下から聞こえた。箱の下からゴム弾銃を握ったままの大雅の手がはみ出している。

 俺は大雅の元へと歩み寄ると、その手から銃を奪い取った。

 雪崩れ落ちた箱の隙間から大雅の金髪が覗いていた。俺はグリップを握ると、隙間から銃口を差し入れ、大雅の頭部に押し当てた。

「すみませんけど、これで試合終了(ゲームセット)です。――大雅先輩」

 俺はそういうと引き金を引いた。パァン、と銃弾が発射される音が響き、それまで箱の下から漏れ聞こえていた大雅の呻き声はそれきり途絶えた。

「大雅様!」

 俺たちの戦いに手出しできずにいたくたびれた白衣の研究者たちが箱の下敷きになった大雅の元へとぱらぱらと駆け寄っていく。

 研究者たちは強力して箱を退けながら、「息はあるか?」「気絶しているみたいだ。たぶん脳震盪だろう」「ちぇっ、生きてんのか」

 案の定というか、自社(じぶんち)研究員(にんげん)に好かれていないのだなあと思いながら、俺はテーブルの上に放置された大雅が使っていたと思しきタブレットに手を伸ばし、研究棟で戦いを続けている凌悟と結愛へと会議通話を発信した。

 配信画面の中で結愛の腹を踏み、彼女の顔にバールを振り下ろそうとしていた凌悟は突然の着信に手を止める。

「あん?」

 突然の着信に水を差された凌悟は半ば蹴り飛ばすようにして結愛の腹から足を退けると、怪訝そうな顔をしながらも通話に応答する。「……っつぅ……」痛みに顔を顰めながらも、結愛は身を起こしてスマートウォッチを操作する。タブレットに表示された会議通話の画面に、ぼろぼろに傷ついた結愛の顔が大きく映し出された。

「成瀬です。大雅先輩は俺が止めました。ゲームセットです。凌悟先輩もこれ以上、結愛ちゃんに手を出すのはやめてください」

 俺の言葉に納得できないらしい凌悟は画面越しにこちらを睨みつけてくると、

「は? 勝手に仕切ってんじゃねえよ成瀬! 大雅がどうなろうが知ったこっちゃねえが、俺はこの女にさっきの借りを返さねえと気が済まねえんだよ!」

 ふざけんなゾンビはすっこんでろ、と凌悟は俺へと凄んでくる。そのとき、入り口のドアが開き、見知らぬ人々がコントロールルームの中へと入ってきた。

「……誰?」

 俺は背後を振り返ると誰何を問うた。こんな時間だと言うのに彼らはしっかりとスーツを着込んでいる。香椎製薬の関係者だろうか。

 彼らの中でも一等上等そうなスーツに身を包んだ男は俺のほうへと近づいてくると、タブレットを覗き込み、こう言い放った。

「――そこまでだ。私は香椎製薬のCEOにして、大雅の父親の香椎貴成だ」

「大雅先輩の……お父さん……?」

 画面の向こう側で呆気に取られたように結愛が呟く。チャラ男の見本のような大雅と今自分たちと話をしているスーツをかっちりと着込んだ男は似ても似つかない。

「うちの愚息の暴走に巻き込んで、君たちには大変申し訳ないことをした。しかし、君たちはもう安全だ。もうゾンビが襲ってくることはない。じきにうちの社の者がそちらに向かい、君たち全員を保護させてもらう。だから、そのような殺し合いはもうやめてくれないか」

 ちっ、と忌々しげに舌打ちをすると凌悟はバールを床に投げ捨てた。第三者の介入に完全に興が醒めてしまったようだ。

「必要な治療も補償もすべてこちらでさせていただく。この度は本当に申し訳なかった……!」

 謝罪の言葉とともに貴成は俺たちへと深々と頭を下げた。

 保護をすると言った貴成の言葉には嘘偽りはなかったようで、壁に映し出された配信画面の中に白い防護服に身を包んだ男たちが現した。彼らは凌悟によって重傷を負わされた結愛のために担架を手にしている。

(終わった……それに、これで結愛ちゃんは大雅先輩から解放される……!)

 担架で運ばれていく結愛を映像越しに眺めながら、俺はそう思った。安堵のあまり、へなへなと力が抜け、俺はその場に座り込む。

 背後で貴成が、連れてきた部下たちや研究者たちに何か矢継ぎ早に指示を出しているのが聞こえてくる。

 二十五時四十八分。こうして、俺たちの地獄のような戦いは幕を閉じた。

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