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第五章:ピース・オブ・ケイク⑥

 二十五時のランキング発表により、三位(ビリ)だった四年の青峰彩葉が脱落し、ゾンビ檻送りとなった。

 この一時間でのポイントの荒稼ぎが功を奏した結愛は一位に再浮上し、最後の一時間が始まった。

 二十四時のウェーブで俺たちが五体を捕獲し、十体を倒したことで、ゾンビの数は大きく減少していた。二十五時のウェーブ開始とともに大雅によって新たに五体が放出されたはずだが、それでも先ほどの一時間に比べ、ゾンビと遭遇する頻度は確実に減っていた。

「――さて、このゲームの最終ウェーブももう折り返しだけど、ゾンビ見かけなくなったね」

 俺は視聴者たちにそう話しかけながら、三階へと続く階段を登る。

「ここに一匹いるけどなw」「蒼生きゅんゾンビじゃんw」コメントで視聴者たちが俺をおちょくってくるのももうお決まりのパターンになってきている。

 実際、このウェーブが始まってから、元から被験体としてこの施設に収容されていたゾンビを一体倒した以外、ゾンビには遭遇していない。そして、俺と行動をともにしている結愛以外に無事な人間が一人残っているはずだが、そちらにも出会っていない。

「さて……残るは結愛ちゃんともう一人いるはずの誰かのはずなんだけど……このウェーブで結愛ちゃんが残ったとして、大雅先輩は本当に約束を守ってくれるのかな」

 ふと、疑問が俺の口からこぼれ落ちた。

 このゲームが始まってから、大雅が自分の決めたルールを振り翳してくるのをずっと目にしてはきた。しかし、そのルールはどれも大雅が愉悦に浸るためのものであり、彼にとって都合の悪いルールが守られるとは思えない。

「それってつまり……このウェーブを一位で切り抜けても、ゲームは終わらないかもしれない、ってこと?」

 不安そうな目で結愛が俺を見た。うん、と俺は重々しく頷く。「ありうる」「あのGMならそういうこと平気でやりそう」俺の意見に賛同するコメントが結愛のコメント欄を流れていくのが見える。やっぱり視聴者も皆そう思ってるのか。

「あのさ、ちょっと内緒話、したいんだけど」

 不自然な俺の切り出し方に結愛は小首を傾げた。しかし、この配信を通じてこちらの動向を監視している大雅に知られたくはないという俺の意図を汲んでくれたのか、結愛は手元のスマートウォッチのマイクをオフにした。

「いいよ。成瀬くん、どうしたの?」

 そう聞かれて俺は一つの提案を口にする。それは、このゲームをリタイアさせられ、大雅の監視対象から完全に外れた今の俺にだからこそできることだった。

「俺、管理棟に――大雅先輩のいるコントロールルームに乗り込もうと思う。このゲームは根本を断たないときっと終わらない」

 でも、と結愛は反論を口にする。

「灰崎先輩は、管理棟に乗り込もうとして大雅先輩に強制リタイアさせられたでしょ? そんなことしたら、成瀬くんも灰崎先輩の二の舞に……」

 ならないよ、と結愛の言葉尻を遮ると、俺は首を横に振った。

「灰崎先輩が失敗したのは、この動画配信を通じて大雅先輩に監視されてたからだ。だけど、俺はゾンビに噛まれてこんなふうになっちゃったことでこのゲームの参加資格を失ったし、結愛ちゃんのそばを離れてしまいさえすれば、大雅先輩はもう俺の動向を追うことはできない。つまり、俺が一人で管理棟に乗り込む分には、大雅先輩は俺を止められない」

 なるほど、と結愛は頷くと、

「わたしはどうしたらいい? 成瀬くんが管理棟に行っている間、わたしは成瀬くんのために何をしてあげられる?」

「結愛ちゃんは自分の身を守ることを最優先にして。逃げるなりどこかの部屋に隠れるなりして、二十六時のランキング発表まで耐えきるんだ。――二十六時までに、俺が全部、終わらせるから」

「成瀬くん……」

 この人はいつもわたしのことばかりだ。今もこの人はわたしのために自ら一番危険な役回りを引き受けてくれようとしている。彼の好意と厚意に応えることができない自分にできるのは、彼の提案を受け入れることだけだ。「……わかった」結愛は小さな声で了承の意を示した。

「それじゃあ結愛ちゃん、行動開始しようか。もうマイク入れ直していいよ」

 そう言われて結愛はスマートウォッチのマイクを入れ直した。「何話してたのー?」「俺も混ぜて」と話の内容を詮索してくる視聴者たちのコメントを俺は適当にいなすと、俺は彼女のスマートウォッチのインカメラの奥へと話しかける。

「こんなときだけど、ちょっと俺と結愛ちゃん別行動しようと思ってて。これから、結愛ちゃん一人になっちゃうけど、みんな最後まで結愛ちゃんのこと頼むね。いいねして結愛ちゃんのこと、みんなで応援してあげて」

「蒼生きゅん何するつもり」「蒼生きゅんに死亡フラグが……」俺の行動を危ぶむ声がコメント欄に表示されるのが見えた。けれど、同時にいいねがぱらぱらと加算されて、俺は顔も知らない視聴者のみんなに背を押されているような気分になる。

「それじゃあ行ってくるね。結愛ちゃん、また後で」

 俺は小さく笑いながら、結愛に軽く片手を上げて見せると、のったりとした動きで踵を巡らせた。今の俺はうまく笑えていただろうか。

「成瀬くん――どうか、健闘を」

 結愛の声が俺の背中を追いかけてきた。俺は結愛の祈るような視線を背後に感じながら、金属バットを片手にその場を後にした。


 俺は二階のフロア奥の連絡扉の前に辿り着くと、割れたガラス扉へと視線を巡らせた。扉の割れ目から侵入することはさすがに難しそうだったが、割れ目に手を差し入れ、内側から鍵を開けることはできそうだった。

 俺はその場にかがむと、扉の割れ目の中に右手を差し入れた。尖ったガラスが俺の腕の内側に食い込み、神経が痛みを訴えてくる。腕の内側が切れ、血が滲み出してくる。

 俺の指先に鍵らしき金属のツマミが触れる。俺はそれを掴むと横に回す。俺の意思から遅れること数秒、かちゃり、という小さな解錠音が響いた。

 俺はドアの割れ目から腕を引き抜くと立ち上がった。ステンレスのドアハンドルを掴むと、あれはそれを押す。銀色のドアハンドルを俺の腕を濡らす血液が汚した。その赤色を見て、俺はまだゾンビにはなりきっていないことを再確認する。真のゾンビならこの血の色はありえない。

 視界に映り込む血の赤がちろちろと俺の脳を刺激する。俺の中のゾンビになってしまった部分が反応しているのだと思った。

 俺はかぶりを振ってその煩悩を振り払う。数時間前に琉貴によって割られた連絡扉を引き開けると、俺は管理棟の中へと足を踏み入れた。

 ドアを入ってすぐのところに、館内案内図を見つけると、俺は大雅のいるコントロールルームの場所を確認する。どうやらコントロールルームは、今いる二階の突き当たりにあるようだった。

(映像で見た防護服の男たちが現れる様子はない。これは見つかってないってことでいいのかな?)

 見つかっていないなら好都合だ。今なら大雅の隙を突ける。

 ゲームセットまであと少しだ。俺はズボンのポケットからスマートウォッチを取り出して時間を確認する。文字盤が割れていてひどく見づらかったが、午前一(25)時十七分と表示されているのが見て取れた。大雅が二十六時のランキング発表を行なうまでにはこのゲームを終わらせなければならない。

(結愛ちゃん……それまで、どうか無事で……!)

 結愛のために、早くこの手で大雅に引導を渡さなければならない。それを改めて心に刻み込むと、俺はのろのろとしか動かせない足を可能な限り急がせた。

 べたん、べたん。俺の不格好な足音が管理棟の廊下で鳴っていた。


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