第五章:ピース・オブ・ケイク③
俺たちは捕らえたゾンビになったサークルメンバーたちを前に少し休息を取った。口をしっかり縛ってあるからか、ゾンビたちは網の中でもがき続けるばかりで出てこられる気配はなかった。
上のフロアは下以上にゾンビで溢れていた。元からこの施設で臨床試験用の被検体として捕らえられていたものも彼らに咬まれてゾンビと化したサークルメンバーも入り混じっている。
「うわっゾンビだらけじゃんw」「終わったな」「この数は無理だろ」コメント欄を埋め尽くす視聴者たちの言葉も状況を悲観視するものが多い。
「結愛ちゃん、どうする? 下戻る?」
俺が訊ねると、ううん、と彼女は首を横に振った。
「ゆありんはだいじょうぶだよぅ。それに行かないことには、最後まで勝ち残るなんてできないんだから」
だから行こ、と言った彼女の口調は甘ったるくふわふわとしていたが、目には覚悟がありありと浮かんでいた。わかった、と俺は静かに頷く。
「けど、これじゃあいくらなんでも数が多すぎるな。どうしたもんか……」
今このフロアにいるゾンビは、目視で確認できただけでも先ほどの倍近い。さっきと同じような捕獲作戦を試みるのは少々しんどい数だ。この数では重さで網をうまく閉められず、リスクになるだけだ。
「蒼生きゅん、さっきと逆のことをしてみるのはどうかなあ?」
「逆って?」
「さっきは音でゾンビを一箇所に集めたでしょお? 今度はゾンビが嫌がるものを配置して、一箇所に誘導するの」
「それでどうするの?」
「どこか安全な部屋に陣取って、あとは一匹ずつ倒すだけだよ」
「だけって……これだけいると一匹ずつ相手するのも大変だよ?」
「それでも囲まれるよりはマシだよお。確実に一匹ずつ撃破してこ。ゆありんには蒼生きゅんもいるし、絶対大丈夫だよお」
ね、と結愛は俺へと向かって秋波を送ってきた。その破壊力で俺の心臓はずっきゅんと射抜かれる。
「ゆありんそれはずるいw」「心臓止まったww」視聴者たちの中にも今の彼女の仕草にノックアウトされた人は少なくないようだった。
「結愛ちゃん、それ確実にわかっててやってるよね……?」
「うん。だめ?」
「駄目じゃない、駄目じゃないよ……」
俺は結愛の可愛さの押しに負けて、はあと溜息を吐き出した。何だこの小悪魔確信犯は。でも好きだ。かわいい。
惚れた弱みで駄目だとは言えない自分にうんざりしながら、俺は結愛に作戦の詳細を尋ねていく。
「それで、具体的には何をどうするつもりなの?」
「まず、安全な部屋をひとつ確保するの。それから、フロアのいろいろなところに『ゾンビコナーズ』を配置していく」
「『ゾンビコナーズ』でゾンビの集まる場所をこっちで誘導するってことだね」
「そーいうことぉ」
「でも、本当に大丈夫? 疲れてきてこっちが崩れたら確実にやられるよ」
俺が口にした懸念に、結愛はだいじょーぶと笑った。
「だってぇ、ゆありんは一人じゃないから。蒼生きゅんがゾンビを殴って体勢を崩させて、その隙にゆありんが止めを刺す、こういうふうにちゃんと分担していけば、リスクも消耗も分散できるはずだよお。そうすれば、ゆありんにキルポイントも入るしいいことずくめだよう?」
そうでしょ、と結愛は可愛らしく口元に握った手を当てる。口調の割にはちゃんと考えられた作戦に俺はもう否やは唱えられなかった。というか、その仕草可愛いからやめてくれ。
俺が反論できなくなっているのを見て、結愛はくすりと笑い声を漏らした。そして、彼女はスマートウォッチの文字盤に華奢な指先を滑らせ、作戦の準備を始めた。




