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第五章:ピース・オブ・ケイク②

 半分ゾンビであったとしても、どうやらゾンビの標的にされるらしい。それを知ったのはこの二十四時のウェーブが始まってそう経たないころのことだった。

 まだ、半分人間としての部分を残している以上、そこまで不思議なことではない。しかし、俺の異質っぷりが、純粋な人間だったころ以上にゾンビを引き寄せてしまっているような感じがある。

「うっわ、ゾンビ! やばい、気づかれた! ゾンビがこっちに来る!」

 見知った人物(サークルメンバー)の面影があるゾンビを見つけた俺は結愛のスマートウォッチのアウトカメラへと叫ぶ。「ゾンビゾンビっておまいうww」「蒼生きゅんだってゾンビじゃんww」俺の言動を面白がるコメントが、空中に映し出された結愛の配信画面を流れていく。

「そうなんだけど!! そうじゃなくて!! そんなことはいいから、結愛ちゃん、早く逃げよう!!」

 俺たちを獲物として定めたゾンビがこちらへと迫ってくる。俺はゾンビに背を向け、よたよたと走り出す。「おっけえ」軽やかに走り出した結愛の髪の甘い香りが鼻先を掠めながら、俺を追い越していった。廊下に俺と結愛、ゾンビの計六本分の足音がばたばたと響く。

 金のハイライトが入った茶色い巻き髪。ざっくりとしたオレンジのメッシュのカーディガン。ゾンビとなって追いかけてくるその人の姿に俺たちは見覚えがあった。

 よたよたと俺たちを追ってくる土気色の肌の女性は、三年の葉月凪沙(はづきなぎさ)であったはずの人物だった。カラコンが取れてしまったのか、血走り、見開かれた目の虹彩がいつもよりも黒い。

「ねえ、結愛ちゃん。みんなから奪ったアイテムで何か使えそうなもの持ってない?」

 洸輝のときといい、ゾンビになる前の身体能力に影響を受けているのか、俺よりも凪沙のほうが早い。このままではすぐに凪沙に追いつかれてしまう。そうなる前に何か対策を講じなければいけない。

 rotten-32に感染したことで、純粋な人間であったときよりも速度の落ちた足を俺はべったんべったんと懸命に動かしながら、結愛へとそう尋ねた。

「ちょっと待ってて」

 結愛は誰かから奪ったものらしき幾何学模様の大判スカーフの中を探ると、スプレー缶らしきものを取り出す。

「はい、これ」

 振り向きざまに結愛はメタリックグリーンのスプレー缶を俺の方へと投げる。「うおっと」こちらへと飛んできたスプレー缶を俺は取り落としそうになりながらも、なんとか受け止める。

 結愛から受け取った『イタミトレール・エクストラコールド』とは異なるデザインのスプレー缶には『ゾンビコロリン』と書かれていた。まだ製品化されていないのか、サンプル品と書かれたラベルが貼られているが、商品名から用途は容易に推測できる。

 俺は後を追いかけてくる凪沙のゾンビを振り返る。俺は『ゾンビコロリン』のスプレーを凪沙へと向けて構えると、引き金を引いた。俺の意志より二、三秒のタイムラグを経て俺の指が動き、紫色の気体が凪沙へと向けて噴射された。ピータンと歯磨き粉が混ざったような匂いが煙と共に広がる。

「ヴェッ」

 凪沙だったゾンビは『ゾンビコロリン』をまともに顔面に食らって、そのまま床に倒れ伏した。床に倒れたままえずいている音が背中を追いかけてくる。

「お、蒼生きゅんナイスー」「GJ」数々のいいねと共に、先を行く結愛のコメント欄に俺のファインプレーを称える言葉が流れていくのがちらりと見えた。

「みんな、ありが……うえっ、気持ち悪うううううう!?」

 俺も匂いに吐き気を覚えながらも、足を動かし続ける。確かにゾンビをコロリンさせることに成功してはいるが、なんで香椎製薬の製品は名前がいちいちアレな上に匂いがキツいんだ。というか、『ゾンビコナーズ』同様、このひどい匂いはゾンビ以外も確実にコロリンするやつだ。

 俺は涙目になりながらも、倒れた凪沙をそのままに結愛とともにその場を後にした。

 ゲーム開始から七時間が経過し、ゾンビの数は増え続けている。

 大雅が檻から解き放ったのが四十体。その中には大雅によってゾンビ檻に送られた人たちも含まれている。

 そして、このゲーム中にゾンビに咬まれ、ゾンビと化したのが俺を含めて十六体。参加者によって多少斃(たお)されたりはしているはずだが、それでもまだ四十体近くのゾンビがこの施設内をうろついていると考えていいだろう。

 こうやって一体一体対処するのも限界がある。この二十四時のウェーブが始まってから、このフロアでは先ほどの凪沙以外にも何人も元は写真サークルのメンバーだったゾンビを見かけている。殺らなければ、咬まれてゾンビにされかねないとはいえ、なるべく手荒な真似をせずに無力化したい。

「ねえ、結愛ちゃん。一個提案があるんだけど……この辺りで罠を張ってみない?」

「罠? たとえば、どんな?」

 結愛は小首を傾げる。何をするつもりなんだろうと、興味を惹かれたらしい視聴者たちの疑問の声が目の前の壁に映し出された彼女の配信画面を流れていく。

「えっと……」

 具体的な策を思いつけずに俺は口籠る。

 先ほど、凪沙が着ていたメッシュカーディガンが俺の頭の中をちらついた。あのざっくりとした網目から、俺は幼いころの記憶を呼び起こされる。

(そういえば、昔、じいちゃんが網を使った漁のやりかたを見せてくれたことがあったよな……面白いくらい魚がいっぱい取れて圧巻だった)

 ネットとロープ。アイテム交換でそういったものは手に入らないだろうか。そうすれば、ある程度まとまった数のゾンビを一気に捕獲することもできるに違いない。

「結愛ちゃん、アイテムカタログで探して欲しいものがあるんだけど、いい?」

「いいよぉ」

 視聴者を意識した鼻にかかる甘ったるい声で快諾すると、結愛は俺に見えるように近くの壁にアイテムカタログを投影する。結愛はきょるんと大きな目で俺を見ると、

「蒼生きゅん、それでゆありんは何を探せばいいの?」

「え、えっと」

 それが俺に向けられた視線でないことは重々承知しているはずなのに、俺は性懲りも無くたじろいでしまう。存在がずるい。可愛いって犯罪。

「蒼生きゅんたじたじww」視聴者たちのコメントに俺はからかわれる。うるさい、言ってろ。

「結愛ちゃん。ネットとロープを探してくれない?」

「いいけど……それをどうするの?」

 結愛はピンクと黒のドット柄があしらわれた指先でカタログを繰っていくと、ネットやロープが載ったページが壁に映し出された。

 ネットは五万ポイント、ロープは一万ポイントほどする。しかし、これを使ってうまく立ち回れれば、結愛であればこのくらいは確実に回収できるはずだ。

「漁で使う網みたいなのを作って仕掛けようと思うんだ。さっき、通った通路で俺のスマートウォッチのアラームを鳴らしてゾンビを集めて、一網打尽にする」

「なっるほどー! 蒼生きゅん頭いいねぇ!」

 ゆありんびっくりー、などとスマートウォッチのインカメラに向かって宣って見せる。

「なるほどーw」「そんなうまくいくかねー」俺の作戦に対する感心と疑問の声が結愛のコメント欄に増えていく。今のでいいねもぱらぱらと増えていて、ありがたい限りだった。

 結愛は指先でネット、ロープとカタログの交換アイコンをタップしていく。彼女のスマートウォッチの文字盤に交換申請を受け付けた旨のメッセージが表示される。ほどなくして、真上の天井が開き、どさどさと交換を申請したアイテムたちが落ちてくる。

「それじゃあ結愛ちゃん、このネットにロープ通すの手伝ってくれる? もたもたしてるとゾンビが寄ってくるかもしれないから、このくらいざっくり、適当でいいよ」

 俺はロープの端を掴むと、網目と網目の間に通してみせる。結愛は頷くと、

「おっけぃ! みんなぁ、これからゾンビを捕まえるための罠を作っていくよぉ」

 彼女はスマートウォッチのインカメラに向かってそう宣言すると、ロープの逆の端を手に取り、俺に倣ってネットに通し始めた。

 俺の手がゾンビ化のせいで上手く動かないのを差し引いても、結愛の作業は早い。もたもたと俺がロープを通している間に、彼女は俺の十倍ほどの速さで作業を進めていた。

 結愛の協力のもと、ネットとロープを使った即席の罠を作り終えると、俺たちは辺りを警戒しながら先ほどの通路へと戻って行った。

「よし、今はゾンビいないみたいだね」

「それじゃあ、今のうちに準備しちゃおっかあ。みんなぁ、ゆありんたちの代わりにゾンビが来ないか見張っててくれるう?」

 結愛が画面の向こう側へと問いかけると「おk」「いいよーw」配信画面を快い反応が返ってくる。返事代わりにいいねをしてくる人もちらほらいる。

 網を通路へと敷くと、俺はロープの両端を通路の曲がり角へと隠した。俺はスマートウォッチのベルトを手首から外し、一分後に爆音のアラームが鳴るように設定すると、

「いい? 結愛ちゃんはここで待機してて。俺は今からこれを仕掛けてくる。ゾンビが集まってきたら合図するから、せえの、でロープを引っ張って」

「うん」

 結愛が通路の角に身を潜めたのを確認すると、俺は網の中央のあたりへと自分のスマートウォッチを置いた。

 アラームが鳴るまで残り三十秒くらいだろうか。俺は結愛の元に戻ると、ロープを一本手に取り、角から通路の様子を窺った。

 ジリリリリリリリ。通路に置かれた俺のスマートウォッチがけたたましい音を奏で始めた。俺はrotten-32に汚染された自分の細胞が本能的に音へと吸い寄せられかけるのを感じたが、理性で無理やりねじ伏せる。

「来るかな?」「上手く行くか?」結愛の配信を見ている人々はコメント欄でそわそわと色めきだつ。

「どうだろ? きっとうまくいくよお。ね、蒼生きゅん?」

「う、うん」

 ばったんばったんとした不恰好な足音が方々から聞こえ始めた。あちらこちらから、アラームの音に反応した土気色の肌の、人間ではなくなってしまった姿のサークルメンバーたちが集まり始める。

 白シャツに原色の柄物ネクタイを緩く締めた男。黒のレースのトップスにグレンチェックのロングスカートの少女。背中が大きく開いた青のフレンチスリーブブラウスに同色のティアードスカートの女。青い模様が入ったてろっとした素材の黒のシャツにホワイトのカーゴパンツの男。そして、先ほど一度は『ゾンビコロリン』で退けた凪沙の姿。

 三年の蓮見陽希が音の発生源を探して、ぎょろりと血走った視線をかくかくとしたぎこちない動きであちらこちらに彷徨わせている。一年の紫藤芽依が、四年の藤岡詩乃(ふじおかうたの)が、俺が見捨てた二年の雪平律音がアラームの音に反応して、床に敷かれたネットの上に続々と吸い寄せられるようにして集まってくる。

 最後に凪沙がネットの上に足を踏み入れたのを確認すると、俺は結愛へとちらりと視線を送った。結愛も俺へと目配せを返す。

「せえの」

 俺は小声で合図を発した。俺と結愛は同時にロープの両端を引っ張った。すると、通路の奥にあったネットの端がこちらへと引き寄せられ、ネットが巾着の口のようにだんだんと閉じていく。

「ぐがあああああ!」

 ネットの中に閉じ込められたことに気づいた律音が喚き声をあげた。他の面々もどうにかネットの中から出ようと出鱈目に手足を振り回している。

「結愛ちゃん、ちょっと離れてて」

 俺は結愛の手からロープの端をもぎ取ると、解けないようにしっかりと両端を結んだ。これで少なくともしばらくはここにいる五体とは遭遇せずに済むはずだと思いながら、俺は床に転がったスマートウォッチを拾い上げ、ズボンのポケットへと突っ込んだ。今しがたの一件で文字盤には大きな亀裂が入ってしまっていたが、まだ動きそうではあった。持っていればまた何らかの形で役に立つかもしれない。

「ゾンビ漁乙ww」「大漁w」「蒼生きゅんGJ」結愛の配信画面を見ると視聴者たちが俺のことを労うコメントを投げかけてきてくれていた。

「みんな、ありがとー! ゾンビ捕獲成功だよー!」

 俺は気恥ずかしさを覚えながらも視聴者たちへと笑いかけた。気づけばいつの間にか、いいね数だけでなく、視聴者数も随分と増えている。

 コメント欄をよく見ると「Mutterトレンドから」「サイバートレンド速報から」「Xch(じゅっちゃんねる)から」などという文字列などが散見される。

「わたしたちのこと、ネットでバズってるみたいだね。たぶん、いろんなところで取り上げられて、たくさんの人がこの配信を覗きにきてくれてる」

 結愛は俺にだけ聞こえるように小さな声で囁いた。そして、彼女はとびきり可愛らしい笑顔を作ると、新しく来てくれた視聴者たちへと呼びかける。

「みんなー! いろんなところからありがとー! ゆありんが知らないところでもたくさん話題にしてもらえてすっごいうれしい! 隣にいるのがゾンビになっちゃった蒼生きゅんなんだけどぉ、二人でこれからも最後まで力を合わせて頑張っていくから、みんな応援しててねぇっ! よかったら、みんなの友達にもゆありんたちが頑張ってること、広めてくれるとうれしいなっ」

 そういうと結愛は両手に作ったピースを崩して、ハートの形にする。「よっ、よろしくー」俺も結愛を真似て手でハートを作ろうと試みる。何これ難易度高すぎだろ。指が攣りそうだ。

 結愛の配信画面の上部に表示された彼女の手持ちポイントを確認すると、今や二百万ポイントに迫ろうかという勢いだった。結愛のあざとかわいい言動によるものも大きい気がするが、この作戦でネットとロープに注ぎ込んだ分のポイントは余裕で回収できただろう。しかし、今残っているメンバーの手持ちポイントがどれだけあるかわからない以上、まだ気を緩めるわけにはいかない。

 増え続けていく結愛のポイントを眺めながら、俺は彼女が勝ち残るための次の策を頭の中で講じ始めた。


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