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第四章:スリンキング・キャット①

 二十三時を前にして、誰かアイテムを奪ってまわっている奴がいるらしいという噂が参加者の間で流布するようになってきていた。話によるとそいつは黒ずくめの格好で大鎌を持っているらしい。

(……もしかして、あたしのことか?)

 そいつは他の人を襲って怪我をさせているらしいだとかそんな話も聞く。あたしが他人の残したアイテムを回収して回ってるのは事実だけど、それにしては噂に尾鰭がついていやしないか。少なくともあたしは他人に武器を向けたりはしていない。とりあえず今は。

 なんだかなあ、と思いながらあたしは行手を探る。視線の先にはこの研究所に元々いたと思われる海松色の肌のゾンビが一体徘徊している。

 あたしはそいつに標的を定めると、大鎌を振りかぶり、リノリウムの床を蹴った。


   ◆◆◆


 その後も俺は研究棟の中を歩き回り、例の襲撃者に遭遇したと思しき負傷者を二人見つけた。一人は三年の葉月凪沙、もう一人は二年の氷室璃空だった。

 どちらも、自分を襲ったのは、黒ずくめの小柄な人物だったと言っていた。襲撃者(ヤツ)は大鎌を手に襲いかかってきて、自分たちを動けなくした上でアイテムを根こそぎ奪って去っていったのだと二人とも証言していた。

 二十三時のランキング発表が行なわれ、残りは俺を含めて九人となった。本人も言っていた通り、今回の最下位は玲翔だった。彼がゾンビの檻へと引きずって行かれる様を見せられ、俺はどんよりと重い気分になった。

「そういうわけでー、黒ずくめの襲撃者? みたいなのを探し続けて一時間近くが経ったんですが、どういうわけか全然見かけないんだよね。みんなも見た通り、襲われたって人は何人も見かけてるんだけど。みんな、見てないよな? もし、映り込んでたの見てたーとかあったら教えてよな、こえーから」

 俺は小声で視聴者たちへと話しかける。しかし、コメント欄では「知らねーw」「見てねえw」としか返ってこない。どれだけ信用していいのかはわからないが、ひとまず安心してもいい……のだろうか?

「うっうわああああ、誰だてめえ!?」

 一階へ降りると、フロアの奥から動揺したような男の声が響いてきた。誰かがゾンビか例の襲撃者に襲われているようだ。

(”誰だ”って聞いたっていうことは、相手は人間か? ってことは、もしかして、この奥に例の襲撃者(ヤツ)がいる?)

 その可能性に思いが至り、俺は目を見開いた。ゾンビだったらゾンビだったでどうするか考えればいいし、まずは行ってみるべきだ。この先にいるのが例の襲撃者なら、このような凶行はすぐにでもやめさせないといけない。

「みんなー、例の襲撃者がもしかしたらこの先にいるかもー! 俺、ちょっと行ってみようと思うから応援といいねをよろしく!」

 俺の背を押すようにいいねの数が増えていく。「がんばれー!」「蒼生きゅん行けー!」俺の配信動画がエールの弾幕で包まれる。

 俺がフロアの奥へと向かうと、チンピラじみた風貌の男が小柄な黒い人影によって押し倒されていた。

 オシャレ坊主にした金髪。唇の下に開けたピアス。黒いアロハシャツ。赤いラインの入ったTシャツ。赤いイージーパンツ。片方が脱げた黒のスニーカー。

 自分の先輩でなければ関わり合いになりたくない外見のその男――四年生で副部長の倉木凌悟(くらきりようご)は上半身に傷を複数負っているのか、服のあちらこちらが赤く染まっていた。ぎょっとして二度見すると、それはアロハシャツにプリントされたハイビスカスの柄だということに俺は気づく。こんなときに紛らわしいものを着ていないでくれ。

 実際に切られているのは脛のようで、これもまた色のせいでわかりにくいが、ズボンの膝裏に血溜まりができている。

 大鎌を手にした人影は凌悟の上に馬乗りになり、彼と揉み合っている。首元に鎌の刃先を突きつけられてなお、彼は怯むことなく襲撃者を押し除ける。袋代わりに大鎌を手にした人物が背負っていた大判のスカーフが解け、中から他の人たちから奪ったのであろうアイテムの数々がこぼれ落ちていく。

 襲撃者の顔はフードで覆われ、窺い知ることができない。しかし、返り血で汚れた黒いパーカーの裾から覗く生脚は白く華奢で女性のものであるように思われた。一概にはいえないが、男の足はもっと太くて体毛に覆われているものだ。この滑らかさは男ではなかなかありえない。

「おい! やめろ!」

  凌悟から襲撃者を引き剥がすべく、間に割って入ろうとして、俺は既視感を覚えた。

(あ、れ……?)

 この襲撃者のことを知っている、と思った。何かが俺の頭の中で引っ掛かっている。

 襲撃者を女だと俺が断定したのは何故だ。足が華奢だからか。

(違う……それだけじゃない)

 襲撃者の爪先にはペディキュアが施されていた。透明感のあるとぅるんとしたさくらんぼのデザインのフットネイルだ。

(彼女は……まさか)

 嫌な可能性に俺は思い当たり、顔を引き攣らせた。あのさくらんぼの柄には明らかに見覚えがある。

 俺は彼女の体を取り押さえ、無理矢理大鎌を奪い取った。人違いであればいいと一縷の望みを抱きながらも、俺はその名を呼ぶ。

「――結愛ちゃん!」


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