間章Ⅶ:経済学部三年 月島絢哉の場合
何だか妙なことが起こっている、そんな感じがした。
僕は二階の通路を歩いているとき、後輩の氷室璃空が倒れているのを見つけた。ゾンビに襲われたのかと一瞬思ったが、よく見れば璃空にゾンビ化の兆候はなく、ただ怪我をしているだけだと分かった。ストライプ柄の黒のポロシャツの脇腹が血を吸って湿っている。
「璃空、どうした? 大丈夫か?」
僕は床に倒れ伏す璃空を助け起こした。傷に障ったのか、「痛っ」璃空は反射的に声を上げる。
「絢哉先輩……? あれ、あいつは……?」
あいつって、と僕は聞き返した。
「それより、何があったんだ? そんな怪我をして」
僕の二十二時のランキングは十位だ。璃空のことを気にしていられるような状況ではなかったが、ゾンビに襲われたわけでもなさそうなのに彼がそんな怪我を負っているのがどうしても気になった。
「何かよくわからないんですけど、急に黒ずくめの奴に襲われたんですよ。誰だかはわからないけれど、あれは確実に人間でした」
人間、と僕は眉根を寄せた。ゾンビならいざ知らず、人間が人間を襲う理由がわからなかった。
璃空はスマートウォッチの文字盤をつついて、アイテムカタログで手当に使えそうなものを探しながら言葉を続ける。
「ただ、殺意はなかったみたいで、脇腹を切られた以外はそれ以上攻撃してくることはなくって。だけど、持っていたアイテムを根こそぎ持っていかれました」
僕たちの頭上の天井が開き、消毒液やガーゼ、包帯が降ってきた。僕は怪我をしている璃空に代わってそれを受け止めた。
「そいつが誰で何がしたかったのか全然わからないけど……何か変なことが起きてるのは確かだね。それはそうとその怪我、早く手当しちゃおう」
「あ、はい」
璃空は頷くとポロシャツを捲り上げる。左の脇腹にはさほど深くはないが、大きく長い切り傷ができている。
璃空は自分の傷に『バイバイバイキン』なる香椎製薬のロゴが入った消毒液を振りかけた。「うっ」消毒液が沁みたのか、彼は顔を歪める。
僕は璃空の傷口の上にガーゼを充てがうと、彼が包帯を巻くのを手伝った。傷口を圧迫するように少しきつめに巻いておいたので、これでじきに血も止まるだろう。
璃空が口にした黒ずくめの襲撃者の存在。何が目的なのかはわからないが、警戒すべき相手はどうやらゾンビだけではないらしいと僕は気を引き締め直した。




