間章Ⅵ:国際教養学部三年 葉月凪沙の場合
「はー、参っちゃうよねえ。あっちもこっちもゾンビばっかでさー。いい加減私も疲れてきちゃったんだけどー、大雅先輩もいつまでこんなこと続けさせるつもりなんだろ? マジで最後の一人になるまでやらせるつもりなんかな? ねー、どう思うよ?」
私はスマートウォッチのインカメラに向かってそんなことを愚痴りながら二階への階段を上っていた。階段を上りきり、フロアの様子を探ろうとしていると、背中に衝撃を感じて私は強かに床に体を打ちつけた。
「――ちょっ、何っ!?」
階段の上に潜んでいたらしい何かに後ろからのし掛かられ、私は声を上げた。すっと喉元に何かの刃先が当てがわれる。
一体何が起きているのか理解できなかった。ゲームが始まってから今まで、武器を扱うゾンビになど出会っていない。
(あ、れ……?)
重さと一緒に背中に感じたのは温かさだった。ゾンビにはありえない、生身の人間の温もりだった。
「何なの、どういうことっ……!?」
私は体を捩らせてどうにか背後を見ようとする。当てがわれた凶器の先端が私の髪を数本散らした。喉元にすっと微かな痛みが走る。
黒ずくめの小柄な人影が自分の上にのしかかっているのがちらりと視界の端に映った。顔は隠れていて見えず、男なのか女なのかもわからない。
彼とも彼女ともつかないその人物は私の手から手斧を奪い取った。そして、その人物は私の全身をくまなく弄っていく。
「あっ……!」
念のために携帯していた『ゾンビコロリン』のスプレー缶が私のダメージジーンズのポケットから抜き取られた。それ以外に私が何も持っていないことを確認すると、その人物は立ち上がった。背中にのしかかっていた重さと体温が離れていく。
その人物は背負っていた大判のスカーフの中に私から奪った手斧と『ゾンビコロリン』のスプレー缶を放り込む。それ以上は何もするつもりはないようで、その人物は得物と袋代わりのスカーフを携えて走り去っていった。
「い……一体なんだったわけ……?」
私は床から体を起こすと呆然として呟いた。床に映し出された配信画面を「なぎさ大丈夫ー?」「お、無事か」と私を気遣うコメントが流れていくのが見えた。
黒いずくめの小さな人影は通路の角を曲がり姿を消した。角から覗くシルエットから、先ほど自分に押し当てられていた凶器はどうやら大鎌であったらしいことを私は遅ればせながら知る。
今のは間違いなく人間だった。しかし一体何が目的だったのかがいまいちわからない。
自分がこうしてまだ生きている以上、殺すのが目的だったわけではなさそうだ。しかし、手持ちのアイテムを奪って去っていっただけだというのが何とも不可解だ。
(このゲームを引っ掻き回すために大雅先輩が紛れ込ませた香椎製薬の社員とか? ただ、参加者を混乱させるのが目的だってなら納得はできる)
大雅は今ごろ混乱している私の様子を管理棟のコントロールルームで見ながら大爆笑しているのだろう。そう思うと何だか混乱よりも苛立ちが勝ってくる。
先ほどあの人物の大鎌の刃先が掠った喉元に触れると指先に血がついた。念のために手当てしておいたほうがいいだろう。
私はスマートウォッチの文字盤をタップし、ゲーム開始時に大雅から送られてきていたアイテムカタログのファイルを開いた。こんなことでポイントを使うのは勿体無いような気がしながらも、私は消毒液と絆創膏を求めて、ファイルに目を通していった。




