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第三章:ミルクソップ・アンド・ヘルキャット⑥

 二十二時のランキング発表で、参加者の残り人数は十二人となった。最下位は四年の藤岡で、例によって彼女が防護服の男たちに引き摺られていく光景を大雅によって見せつけられた。

 俺は結愛のおかげで三位をキープしたまま、二十二時台のウェーブを開始することができた。しかし、結愛がいなくなってしまった今、ランキングを落とさず、なおかつ生き延びるためにどれだけのことができるだろうか。

 結愛がいなくなったことで、俺のライブ配信の視聴者は少し減った。しかし、いきなりゼロになることはなく、俺の動向を見守り続けてくれている人も少なからずいる。

 彼らを味方につけ、この動画を少しでも多く拡散してもらわねばならない。一つでも多くいいねをしてもらわなければならない。

「えー、そういうわけで、皆さんもご存知の通り、結愛ちゃんと別れて俺一人になっちゃったわけですけどもー。うわあ、フラれたとか言わないで切ないからー。あっ、フラれいいねとかありがたいけど俺もうどんな顔したらいいかわからん」

 結愛だったら、どうしていただろうと思いながら、俺はスマートウォッチのインカメラへと向かって饒舌に喋っていく。本来の自分からは考えられないテンションの高さに少し引きつつも、俺は視聴者の興味を惹くために言葉を重ね続けていく。「失恋乙www」という弾幕が俺の配信動画のコメント欄をもう何分も占め続けている。一緒にいいねが増えるのはありがたいけれど、胸中は複雑だ。泣きそう。

 視聴者へと喋りかけながら、階を二つ上がると、俺は人が床に突っ伏して倒れているのを見つけた。

 ライムグリーンのサマーニット。赤い血で汚れたホワイトデニム。ハイトーンのオレンジの派手なハッシュカットの髪。

「青峰……先輩?」

 俺は床の上に倒れ伏す青峰彩葉(4年の先輩)の名を呼んだ。彼女の肌は健康な人間の色のままで、rotten-32に感染しているようには見えなかった。

「えーと……あんた……誰だっけ……?」

 彩葉には幸い意識があるようで、俺の声に応じて反応を示した。しかし、春に入部してから何ヶ月も経つのに名前すら覚えられてないって俺って一体。

「俺、一年の成瀬です。どうしたんですか、動けます?」

 俺は床に伏せる彩葉に肩を貸して立ち上がらせた。「っつ!」傷に障ったようで、彩葉が苦悶の声を上げる。

 俺は倉庫らしき部屋に彩葉を連れ込むと、段ボールの上に彼女を横たえた。ここならば部屋の中にゾンビがいない限り、外からゾンビが入ってくることはない。

 ここに閉じこもり続ける限り、彩葉のランキングが下がっていき、最終的にゾンビ檻に放り込まれることはほぼ確定だ。しかし、何があったのかわからない今は、彼女の身の安全を優先するしかない。

「それで、青峰先輩。一体何があったんですか? ゾンビ化してないってことは、ゾンビに噛まれたわけではないんですよね?」

「うん、違う。――あたしを襲ったのは、でかい鎌を持った人間だった」

「人間?」

 俺は眉間に皺を寄せた。このゲームにおいて、まさか人間が人間を襲い始めるとは思ってもいなかった。「どゆこと」「kwsk」彩葉の言葉に疑問を覚えたらしい視聴者たちの言葉が俺のコメント欄を流れていく。

 一体何が目的なのだろうか。そしてそれは果たして本当に人間だったのだろうか。そう思いながら俺は口を開く。

「先輩、それって本当に人間だったんですか? 人間のふりをしたゾンビとかじゃなく?」

「あいつらにそんな知能(アタマ)はないでしょ。それに顔はフードで見えなかったけど、服の下から出てる足は白くて綺麗なまんまだった。ゾンビのはずがない」

 彩葉の言う通り、ゾンビであれば、生前のままの肌の色を保ち続けることはできない。rotten-32に感染すれば、肌は土気色になり、やがて緑味を帯びて腐り落ちていく。

「人間だとして、一体何が目的なんでしょう?」

 さあ、と彩葉は肩をすくめる。「……っいたた」その動きが傷に障ったらしく、彩葉は顔を顰める。

「大丈夫ですか?」

 彼女を案じながらも、胸元のスリットの下で存在を強調する谷間から俺は目を逸らす。俺は視線の置き場所がわからずにきょろきょろと目を彷徨わせた。

「成瀬、あんた童貞でしょ」

「……今それ関係あります?」

 揶揄われ、俺はむっとして彩葉の顔を見る。グレーのカラコンが入った双眸はにやにやと俺を見返してきた。

「ま、それはどーでもいいんだけどさ。あいつ、脇腹を鎌で切りつけて来たと思ったら、あたしのこと体当たりで押し倒して来てさ。それで、全身くまなく探られて、持ってたアイテム全部持ってかれた」

 あたし武器(バール)に結構ポイント積んでたんだけどなあ、と脇腹を押さえながら彩葉はぼやく。

「切りつけられて、押し倒されて、アイテムを奪われた? それだけですか? 殺されそうになったとかはなく?」

「うん。殺す気はなかったみたいでアイテムを奪うだけ奪ったらどっか行っちゃった。たぶん、動けなくさせるのが目的だったんだろうけど、あれはなんだったんだろうね」

 うーん、と俺は考え込む。”アイテム強盗”などといった造語(ワード)がコメント欄に流れていくのを見て、なかなかに言い得て妙だと俺は思った。

 アイテムを奪って人を動かなくさせて、ゾンビに襲われやすい状況を作る。そのことで得をするのは誰だろうか。

(――これを見ている大雅先輩だ。あの人は動けない人がゾンビに襲われるのを見ながら大爆笑するくらいのことはする。

 このゲームはあの人にとってただの娯楽に過ぎない。あの人なら、このゲームを引っ掻き回すために香椎製薬(じぶんち)の人間を雇って参加者を襲わせるくらいのことはやりかねない)

 とりあえず、状況を少し探りたいと俺は思った。そのためにはここに引きこもっているわけにはいかない。

「俺、そいつを探してみます。先輩、そいつの特徴って覚えてますか?」

「小柄で黒ずくめだったってこと以外は……」

 そうですか、と俺は襲撃者の特徴を脳裏へと刻み込む。

(小柄で黒ずくめか……そういえば、今日、支倉(はせくら)先輩が全身真っ黒だったような気がするけど……)

 四年の支倉栞奈(はせくらかんな)には自分勝手な言動が目立つフシがあるが、こんなことをするだろうか。いくらなんでも人――それも普段仲良くつるんでいる彩葉を襲うような真似をするとは思えない。やっぱり、これは大雅の差し金だと考えるのが自然だろうか、と俺は頭に浮かんだ可能性を思考の隅に追いやった。

「ところで……青峰先輩、こんなこと聞くのあれなんですけど、今何位です?」

「八位だけど……」

 それが何、と訝るように彩葉は俺の顔を見る。

「手持ちのポイントを使って、その怪我、手当てした方がいいですよ。放っておいて死ぬのも、いざというときにゾンビに襲われるのも嫌でしょう?」

「……そうだね」

 俺の言葉に同意を示すと、彩葉は黒地にレオパード柄の指先で自分のスマートウォッチをタップし、アイテムカタログを繰り始める。

 包帯五千ポイント。鎮痛剤二万ポイント。なかなかエグい。しかし、背に腹はかえられぬとばかりに、彩葉はそれらをポイントと交換していった。

 倉庫の天井が外れ、包帯と鎮痛剤の箱がどさどさと落ちてきた。俺は彩葉にそれを渡してやると、

「先輩、これ。それじゃあ、俺はそろそろ行きます。――どうか無事で」

 彩葉は脇腹の傷に包帯を当てがいながら、「ん」視線を上げると、倉庫を出ていく俺を見送った。

 小柄な体型。黒い服。大鎌。その三つの特徴を頭の中で繰り返しながら、俺は再びフロアの中を彷徨い始めた。

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