第三章:ミルクソップ・アンド・ヘルキャット⑤
「……え?」
俺は戸惑った。「どゆこと?」と俺と彼女の双方の配信画面が、どよめく視聴者たちのコメントの弾幕で覆われた。どうして、彼女がこんなことを言い出したのかわからずに、俺は理由を問う。
「……どうして?」
「さっきの二十一時のランキングの人数、覚えてる?」
「十六人、だっけ?」
うん、と結愛は頷いた。
「はすみん先輩がいなくなったから、十五人だけどね。次のランキング更新――二十二時には、もしかしたら、もうわたしと成瀬くんを含めて、十人くらいしか残ってないかもしれない。
どんなに頑張ったって、最後にこのゲームから勝ち残れるのは誰か一人。わたしと成瀬くんが一緒にいたって、二人とも勝ち残れることはない。一緒に居続けたら最後はどちらかがどちらかをゾンビ檻に落とさないといけなくなるかもしれない」
「――そうだとしても」
俺は結愛をじっと見つめた。
「俺は結愛ちゃんと一緒にいたいよ。一緒に勝ち残れるのが本当は一番いいけれど、それが無理なら、せめて結愛ちゃんのために俺は壁にでも囮にでもなるよ。だから、俺が一方的に結愛ちゃんについていっちゃだめかな?」
ごめんね、と結愛は泣きそうな顔でくしゃりと笑うと、
「だめ。わたし……成瀬くんに、ひどいことしたくない。だから、お互い、単独に戻ろう。――お願い、わたしをひどい女にさせないで」
配信でのポイントを鑑みたら、俺が結愛に勝てないことは明らかだ。そう言われてしまったら、俺にはもう、わかったということしかできなかった。
結愛の配信画面に大きな目を潤ませた彼女の顔が映る。「ゆありん泣かないでー!」といったコメントともにいいねの嵐が吹き荒れる。
「成瀬くん、まだスプレー中身残ってるから、痛くなったら使ってね。湿布や絆創膏の残りもよかったら持っていって。――今までありがとう」
そう告げると、結愛は俺の顔へと、自身の顔を近づけた。黒いサンダルの爪先で背伸びをすると、彼女は一瞬俺の額に唇をつけた。
(……え? えええええええええええええ!?)
額とはいえ好きな女の子にキスをされて、平常心でいられるほど、俺は恋愛に慣れてはいない。俺は顔がぼっと熱くなるのを感じた。視界の端で、「ゆありん小悪魔ーw」「ゆありんマジ悪女w」などといったコメントが流れていくが、実にそう思う。不意打ちでこんなことをするなんて、恋人いない歴イコール年齢のいたいけな青少年を殺す気か。
いたずらが成功した子供のように、結愛はあははと笑った。邪気のない、純粋な笑みだった。
「これは……餞別代わり。だって、成瀬くん、わたしのこと、好きでしょ?」
はっきりと言葉にされて、俺は固まった。
「う、うん……」
おずおずと俺は結愛の言葉を肯定する。恥ずかしくて彼女の顔をまっすぐに見られない。
「入学してすぐのころから、成瀬くんがわたしのこと見てたの気づいてたから。だけど、ごめんね。今のわたしは成瀬くんの気持ちに応えてあげられないの。あと……ありがとう。こんなひどい女を好きになってくれて」
それじゃあね、とすれ違いざまに言うと、結愛は立ち去っていった。
俺の心には彼女の唇の感触と甘く可憐な花の香りだけが残り続け、フラれたらしいという事実がなかなか降りてこなかった。
ぴるるるるる、と無機質な着信音が俺の腕で鳴り響く。『ゾンビコナーズ』はすべて煙へと姿を変え、大気中から俺へと哀れみに満ちた視線を注がせていた。




