間章Ⅴ:体育学部二年 犀川洸輝の場合
(やっべえ……囲まれた……!)
べったんべったんという足音を立てて、三体のゾンビが俺へと迫ってくる。俺は鉄パイプを握り直しながら、じわじわと後退する。
背に壁の存在を感じながら、俺はゾンビたちとの間合いを図る。
スポーツ推薦で才華大に入学した俺は、身体能力には自信がある。こいつらすべてを倒し切ることはさすがに厳しいが、隙さえ作れれば逃げることくらいは造作ない。
俺はすうっと小さく息を吸った。そして、俺は正面から掴みかかろうとしてきたゾンビに対して、中断に構えた鉄パイプで打突を繰り出した。
ぐあっだかヴァッだか判然とはしないが、呻き声をあげながら目の前にいたゾンビの体勢が崩れた。その隙に俺は逃走を図るべく、スニーカーの底でリノリウムの床を蹴った。
「――ッ!?」
走り出そうとして俺は前へつんのめった。体の側面が床に叩きつけられる。
足首に違和感を覚えて視線を向けると、俺のターコイズのスラックスの裾をゾンビが捉えていた。俺はそのゾンビに思い切り蹴りを放って振り払う。しかし、その間に俺の真上に黒い影が迫ってきていた。
(えっ……?)
息が触れる位置にゾンビの顔があった。生ぬるく腐った卵のような臭いがする吐息が俺の顔を撫でていく。
がっ、と首筋に痛みを感じた。咬まれたのだと認識すると同時に焼けるような熱さが傷口から広がっていく。
「ぐっあっ……!」
体内を巡る血液がふつふつと泡立つのを感じた。自分の体が細胞レベルで人間ではないものに作り変えられていくのを感じる。
心臓が拍動を刻むたびに、rotten-32に冒された血液が俺を人間からゾンビへと作り変えていく。
ああ。襲いたい。人間を襲いたい。そんな感情が俺の思考を覆っていく。だめだ、そんな、俺はゾンビじゃない。だけど、今の俺は人間か?
襲いたい。襲いたい。頭がぐるぐるとする。俺の”俺”としての意識が渦の中に飲み込まれていく。そんなくだらない意地なんて手放してしまえという悪魔の囁きが耳元で聞こえる。
(俺は――)
人間を襲いたい。そうすることでしか体の奥底から湧き起こってくる欲求を満たすことはできない。
苦しみの波の向こう側に愉悦の存在を感じ取り、俺は考えることをやめた。”俺”が生気を失った体から離れていく。
こうして俺の意識は途絶え、何もわからなくなった。




