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第一章:エキサイティング・サマー①

「――よっし、全員グラス持ったな? カンパーイ!」

 カンパーイと、思い思いの飲み物が注がれたグラスが打ち鳴らされる。俺はグラスの中の飲み物に口をつけ、苦い液体を飲み下した。四年前、二〇二八年の民法改正によって、さまざまな年齢制限が十八歳に引き下げられ、一九の俺でも飲酒が許されるようになったが、この苦さにはまだ慣れない。口の中に広がる苦味を上塗りすべく、俺はからあげへと箸を伸ばす。

「そういやさあ、先週のM大との合コンさあ、アレ、マジでなかったんだけどぉ」

「確かにー、イケメン揃いだって言うからわざわざアキバなんてオタク臭いとこまで行ったのにさあ。ほーんと、キモオタばっかでマジで萎えたよねえー。時間と金返せ、みたいな」

「いやいや、お前ら夏だからってがっつきすぎだろー。それこそねえわー、ひくわー」

「そんなこと言って、はすみん先輩たちもこの前R大のダンス部かなにかと合コンしてませんでしたっけ? 先輩たちのほうこそどうだったんですかー?」

「こっちはまあ、良くも悪くもぼちぼちって感じだったな。ねえ、凌悟(りょうご)先輩」

 まあな、とオシャレ坊主の男がタバコを咥えながら、強面ににやりとした笑みを浮かべた。何それやらしー、と面白がるような女子の声が上がる。サークルの中でも陽キャに属する面々が最近の合コンの話題で盛り上がっているのを聴覚の表面で聞き流しながら、俺は唐揚げを頬張った。っていうか、この人たちいっつも合コンばっかりやってる気がするけど、他にやることないのか。基本的にゲーム三昧な日々を送っている俺は自分のことを棚上げにしてそんなことを考えた。

「そういえば、うちの横浜キャンパスのさー、薬学の連中が金持ちのイケメン揃いだっていうじゃん? 誰か知り合いいないー? セッティングしてよー!」

彩葉(いろは)先輩、やめといたほうがいいっすよー。同じ高校の奴が向こうのキャンパスにいるんすけど、金は持ってても辛気臭い陰キャばっかだって」

 ええー何それー、と誰かの不満そうな声がする。ギャハハと誰かの品のない笑い声が聞こえてくる。しっかし、本当にこの人たちって合コンばっかだな。それ以外も、誰と誰が付き合っただの別れただの、ヤっただのなんだのと下品な話をしているところしか見たことがない。きっとこの人たちは、こういった下世話な話をスナック菓子感覚で啄みながらでないと生きていくことができないのだろう。もっとも、天気の話と最近やっているゲームや今期のアニメの話しか話題の引き出しがないド陰キャの俺がどうこう言えた義理はないけれど。

 生ぬるい空気を適当にかき回す天井の空調。ぎゃあぎゃあと姦しい話し声。アルコールとタバコの入り混じった匂い。それらをぼんやりと感覚の表面で受け取りながら、俺はさして美味くもないビールのグラスを傾ける。最初の一杯だからと流されてしまったけれど、せめて何かカクテルにでもしておけばよかったかな、と今更俺は飲み物のチョイスを後悔する。カシオレとかファジーネーブルとかああいうのにしておけばよかった。女子っぽいけど。

「そういや蒼生(あおい)、先週の間宮(まみや)教授の課題ってどうした?」

 俺の左隣で揚げパスタを手に取りながら、柊夜(しゅうや)がそう聞いてきた。課題って何だっけと俺は、口の中のビールとからあげをまとめて飲み下しながら思考を巡らせる。俺がピンと来ていないことを察した柊夜はあれだよ、と呆れたように言う。

「レポートの課題出てただろ? 来週火曜までのやつ。試験やらない代わりに絶対出せって言われてたやつ、覚えてない?」

「え、何それ初めて聞いた」

「蒼生……講義中何やってたのさ?」

 うーん、と俺は先週の記憶を頭の中から引っ張り出す。先週は確か俺がやりこんでいるソシャゲのイベントの真っ最中だったはずだ。

「あー……たぶん寝てた。ゲームやってて徹夜してたから」

 何をやってるんだとばかりの柊夜の視線が俺のこめかみを刺す。俺は素知らぬ顔でフライドポテトに手を伸ばしながら、

「いやー、柊夜のおかげで助かったわー。持つべきものはやっぱ友達だよな」

 腐れ縁の間違いだろ、と柊夜は溜息をついた。

 俺と柊夜は小学生のときからの親友である。気のおけない関係が心地よくて、小中高に引き続き、気がつけば大学まで同じになってしまった。

成瀬(なるせ)くん、和泉(いずみ)くん、まだ飲み物ある? サラダ取ろっか?」

結愛(ゆあ)ちゃん」

 大騒ぎに興じている連中の輪から抜け出てきて、座敷の隅でだらだらと食事をつまんでいた俺たちに話しかけてきたのはゆるふわっとしたピンクブラウンの髪をハーフアップにした女の子だった。彼女はトングを手にこちらを見ると、にこっと微笑んだ。

 彼女はシーザーサラダを小皿へ取り分けると、俺と柊夜の前に置いた。香水によるものなのか、ふわりと甘く可憐な花の匂いが揺れた彼女の髪から香る。

「野菜も食べないと、体によくないよ?」

「そ、そうだね。ありがとう」

 俺はしどろもどろになりながら、彼女へと礼を言う。隣では俺の様子を見ながら柊夜が茶色のウェリントン眼鏡の奥の目をにやつかせている。

 彼女――香坂結愛(こうさかゆあ)は、俺が密かに思いを寄せている女の子だ。俺や柊夜と同じ才華学園(さいかがくえん)大学の一年生で、写真サークルの仲間でもある。

 ゆるふわっと巻かれ、黒いリボンでまとめられたピンクブラウンの髪。フリルのついた大きな襟のピンクのブラウスに花柄のスカート。白い肌にぷっくりとしたピンクの唇。うさぎのように赤みを帯びた垂れ目がちな大きな目。

 女の先輩の中には彼女を量産系だの地雷系だのと揶揄したり、媚びすぎだのあざとすぎだのと疎んじる人もいるが、俺からすれば彼女はそんじょそこらのアイドルなんかよりも何倍も可愛い。結愛は俺の好みど真ん中なのである。

 俺とて、結愛と付き合えればと思わないわけではない。しかし、可愛い子の宿命とでも言うのか、彼女には彼氏がいた。

 結愛の彼氏は、このサークルの部長にして、四年生の香椎大雅(かしいたいが)である。大企業である香椎製薬の御曹司で、かなりチャラチャラとしたところはあるが、文句なしのイケメンである。美男美女でお似合いといえないこともない二人の間に割り込む勇気などなく、俺は恋心を押し殺しながら結愛を眺めていることしかできなかった。

「うぇいうぇいうぇいうぇーい! 皆ちゅうもーく!」

 黒いサングラスをかけた金色のミディアムヘアの男が声を張りながら、ぱんぱんぱんぱんと手を叩いた。実質飲みサーと化しているこの写真サークルの部長である大雅だった。

 安居酒屋の座敷で思い思いに酒と食事と会話を楽しんでいた三十人近い部員たちの注目が大雅へと集まる。

「試験が終わって夏休みになったら、合宿をやろうと思いまーす!」

「いいねー!」

「いぇーい!」

 大雅の宣言に、酒で顔を赤くした部員たちの歓声が上がる。大雅は皆を見回し、反応に満足したようににやりと口の端を吊り上げると言葉を続ける。

「場所はなんと! 山中湖にある香椎製薬(うち)の保養所を貸し切って大々的に行ないたいと思っていまーす!」

「すっげえ!」

「さっすが御曹司!」

 大雅を持ち上げる声が響く。あの香椎製薬の保養所ともなると、さぞかしすごいんだろうなあと他人事のような感想を覚えていると、俺は向かいに座る結愛が暗い顔をして俯いていることに気づいた。

「結愛ちゃん、その……どうかした?」

 おずおずと俺が声をかけると、はっとしたように結愛は顔を上げた。何でもないよ、と結愛は笑う。どこか無理を感じさせる笑顔だった。

「ちょっと飲みすぎちゃったみたい。成瀬くん、気にしてもらっちゃってごめんね」

「無理しないで。烏龍茶でも飲む?」

「うん、頼んでもらってもいい?」

 わかった、と俺はテーブルの真ん中に放置されていたタブレット端末へと手を伸ばす。液晶画面の表面に指を滑らせ、俺はメニューを繰ると烏龍茶を探して選択する。「蒼生ー、僕ジンジャーハイボール」「はいはい」柊夜の要望通り、ジンジャーハイボールを追加すると、俺は注文ボタンをタップした。

 程なくしてネコの姿を模した配膳ロボットが烏龍茶とジンジャーハイボールを運んできた。俺は配膳ロボットから烏龍茶を受け取って結愛へと手渡す。

「はい、結愛ちゃん。これ」

「成瀬くん、ありがと」

 そう言った結愛の顔はまだどこか暗さを帯びている。

(どうしたんだろう……ただ飲みすぎたって感じじゃないし。大雅先輩と上手く行ってないのかな……?)

 どう思う、と意見を請おうとして振り返ると、柊夜は配膳ロボットを全力で撫で回していた。駄目だこいつ、肝心なときに酔ってやがる。しかも、撫ですぎて、このネコ型ロボットだいぶ嫌そうな顔してるし。

「おい柊夜、何やってんだ」

 空になった皿を積み込み、柊夜を引き剥がすと、俺は配膳ロボットを解放してやった。

「成瀬くんと和泉くんって面白いね」

 一部始終を見ていた結愛が淡く笑った。しかし、その笑顔はまだどこか物憂げだった。

 そして、店の閉店時間が訪れ、散会となるころになっても、結愛の顔から翳りが消えることはなく、俺の心に引っ掛かりを残していた。

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