第二章:ファック・マイ・ライフ⑥
「蒼生きゅんはぁ、何かアイテム交換しないのぉ?」
結愛と行動し始めて二時間が経ったころ、視聴者を意識した媚び媚びの甘い声で彼女が俺へとそう聞いてきた。
「え、でも、俺、使えるほどポイント持ってないし……」
そんなことないと思うよう、と結愛は口元に手を当てて小首を傾げて見せる。研究され尽くした仕草なのだと理解していても、その可愛らしさに俺の心臓はとくんと音を立てる。こんな非常時においても、好きな女の子にこんな態度を取られては平常心ではいられない。
「蒼生きゅん、さっきのランキング何位だったあ?」
「えーと、十一位だけど」
この二時間で参加者は減り続け、今残っているのは十九人となっていた。十九時には三年の白石、二十時には二年の神代と、立て続けにサークルの中でも存在感の薄い――陰キャに分類される先輩たちがそれぞれ最下位を取ってゾンビの檻の中へと送られていた。
彼らと同様に陰キャに分類される俺は、結愛との共闘のおかげで、善戦できているといえた。あとは俺と同じで決して陽キャとはいえない柊夜がどうしているか、それだけが気がかりだった。ゲーム開始から行なわれた三回のランキング発表の際に、最下位として名前が晒されていない以上、無事でいると信じたい。
「ふぅん、十一位かぁ……それなら、蒼生きゅん、ポイント結構溜まってるはずだよお? まだ、ゾンビ倒してないのにその順位ってことはぁ、蒼生きゅんのことを見てくれてる人がいっぱいいたり、いいねしてくれた人がいたってことだもん」
結愛に指摘され、俺はこれまでに獲得した累計ポイントを確認する。結愛と行動し始めてからの二時間でいつの間にか十万ほどポイントが貯まっていて、俺は目を丸くした。まさか、こんなにポイントが貯まっているとは思ってもいなかった。
「あ……!」
ランキングに響きすぎない範囲で、何か交換できそうなものがないかと、俺は手元のスマートウォッチを操作して、アイテムカタログを確認する。
サバイバルナイフ、二万ポイント。こんなにポイントを使ってしまってはこの後が心許ない。チェーンソー、十五万ポイント。これはそもそもポイントが足りない。鉄パイプ、五千ポイント。このくらいなら、と思わなくはないが、これでゾンビを相手取るのは少々不安だ。
「お」
俺は金属バットに目を留めると声を漏らした。八千ポイント。このくらいなら俺の手持ちポイントでもどうにかなる。
「蒼生きゅん、それにするのぉ?」
結愛が横から俺のスマートウォッチを覗き込む。俺の配信画面のチャット欄に「ゆありんまじかわいいw」「ゆありんこっち向いてー」と結愛に関するコメントが流れていく。それに気づいた結愛は俺のスマートウォッチのインカメラに向かってウィンクをしてみせた。俺の動画へのいいね数がうなぎのぼりに増えていく。俺は何もしていないというのにちょっと複雑だ。美少女まじ強い。
俺は金属バットの画像の下にある交換の二文字が書かれたアイコンをタップする。すると、スマートウォッチの文字盤に「交換申請を受け付けました」という文字が表示された。
かこん、と頭上で小さな音が響いた。「……ん?」上に目を向けると、俺の真上の天井の板がずれ、ぽっかりと黒い空洞を晒していた。
ヒュッという風切音を伴い、頭上から銀色の棒状のものが降ってきた。
「えっ、えええええええええ!?」
からん、からん、と音を立てて何かががリノリウムの床の上に転がる。落下物の正体は、先ほど、俺が交換申請をした金属バットだった。
アイテム交換ってこんなシステムなのか。正直度肝を抜かれた。びびったままの俺の心臓がばくばくと身体の中で跳ね回っている。視聴者も俺と同感だったのか、「びびったw」「mjk」などといった言葉たちがコメント欄を埋め尽くす。
「び、びびったあ……」
俺は床から金属バットを拾い上げた。ようやく手に入れた、ゾンビに対抗しうる得物の感触に俺はほんの少し心強さを覚える。
これがあれば、ゾンビと遭遇したとしても対応できる可能性が格段に上がる。あわよくばゾンビを殺してポイントを一気に稼ぐことも叶うかもしれない。格好良く結愛を守ることができれば、視聴者数やいいね数の増加はもちろん、もしかしたら彼女に好きになってもらえたりなんてこともあるかもしれない。どちらかといえばありえない寄りの妄想に思わず頬が緩むのを感じる。
「もぉ、何にやにやしてるのぉ? 蒼生きゅんってば行くよぉ?」
俺を見て結愛はくすりと笑う。何だか俺の胸の裡を彼女に見透かされているような気がして、俺は少し居心地の悪さを覚えた。
「う、うん」
俺は金属バットを握り直すと、結愛と共に廊下を歩き出す。
「それじゃあ、次は下に行ってみようかなあ? ゾンビいるかなあ? ねえ、蒼生きゅん?」
「う、うん」
俺は先ほどと何ら変わらない相槌を結愛へと返す。俺、語彙力なさすぎか。コミュ力のなさが憎い。
フロア奥の階段へたどり着くと、俺たちは階段を下っていった。




