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先の算段




火の向こうで、まいの首が小さく傾いた。


握っていた膝から、ふっと力が抜ける。高成が手を伸ばすよりわずかに早く、まいは自分の羽織を敷いた岩肌へ頬を寄せ、そのまま浅い寝息を立て始めた。


小瀬がちらとそちらを見る。


「寝たな」


高成は答えなかった。


火が落ちぬよう、細枝を一本くべる。ぱち、と乾いた音がして、小さな炎が揺れた。揺らいだ明かりは三人の影を岩壁へ押しつけるように伸ばし、また静かに縮んでいく。


そのまま、しばらく言葉はなかった。


夜の森は静かだった。遠くで風が枝を擦り、少し離れた場所で馬が一度だけ鼻を鳴らす。火を挟んで向かい合う男二人のあいだにも、まだ余計な言葉は落ちてこない。


先に口を開いたのは、小瀬だった。


「聞かねぇのかよ」


何でもない雑談のような口調だった。だが、その目は火ではなく、高成を見ていた。


高成は顔を上げない。火の揺らぎを見たまま、くべた枝の位置を足先でわずかに直す。


「……何がだ」


返る声は低く、素っ気ない。


小瀬は肩を竦めるようにして、口の端だけを上げた。


「俺が、なんでこっちについたのか」


火が、ぱち、と小さく爆ぜる。


高成はすぐには答えなかった。考えているようにも、最初から答えなど決まっているようにも見える沈黙だった。


やがて、ようやく口を開く。


「聞いたら答えるのか」


「いんや。言わねぇけどよ」


あっさり返ってきたその言葉に、小瀬の方が先に小さく笑う。高成はそれでも笑わない。


「ならば無駄だろう」


淡々と落ちた一言だった。


その通りだ、と言わんばかりの返し。突き放しているのに、不思議とそこで会話を断ち切るつもりもない響きが残る。


小瀬は火の向こうで、ほんの少しだけ目を細めた。試すように投げた石が、思ったより硬い場所に当たった。そんな顔だった。


「明日のことだが」


小瀬が火を見たまま、鼻で応じる。


「ん?」


「お前が先に行け」


その一言に、小瀬はようやく顔を上げた。


「俺か」


「一人の方が目立たない」


高成の声は低い。だが、迷いはない。


「食えるもの、水、休める場所。あとは、村に南雲の目が入っていないか見ろ」


「ずいぶん使う気満々じゃねぇか」


軽く笑う口ぶりだったが、高成は乗らない。


「お前の方が向いている」


それだけだった。


小瀬は少し黙ってから、肩を竦める。


「まぁ、お前のその顔面じゃ、目立ってしょうがないしな」


高成はその物言いにも何も返さない。ただ、火を挟んで小瀬をまっすぐ見る。


「長く入るな。見て、買って、すぐ戻れ」


「疑り深ぇな」


「当然だ」


即答だった。


小瀬がわずかに口角を上げる。


「俺が、そのまま村ごと売るかもしれねぇもんな?」


火を越し、視線がぶつかる。今にも鯉口を切りそうな、静かに張りつめた気配だった。


「…………その時は、斬る」


高成は淡々と言った。


火が、小さく爆ぜる。


冗談にするには静かすぎる声音だった。


小瀬はその目を見返し、ふっと笑う。


「いいね。そのくらいじゃねぇと」


言ってから、火の向こう、眠るまいへ一度だけ視線をやる。


「で、あの子はどうする」


女一人を連れて現れれば、それだけで話が早すぎる。寒村は口が重い。だが、よそ者が少なすぎるぶん、目立てばそれで終わりだ。


「お前が戻るまで、共に待つ」


高成の言葉に、小瀬はわずかに眉を上げた。


「まだここに留まる気か?」


「夜明け前に、村の近くまで寄る」


高成は火の向こうへ視線を落とす。


「明るくなれば、ここは逆に危ない。だが、村へ近すぎてもまずい。林の外れで待つ」


小瀬は小さく頷いた。


「分かった。とりあえず、俺が先に入って様子を見る。それでいいんだな」


高成は答えず、火へ枝をくべた。だが、その横顔の険しさは、さきほどまでより幾分やわらいでいた。


「兵の気配があれば戻れ。無理はするな」


「優しいこと言うじゃねぇか」


「死なれると面倒だ」


「はいはい」


軽く流しながらも、小瀬の声はもう真面目だった。


少しの沈黙のあと、小瀬が火へ枝を落とす。


「……村に入って、もし駄目そうなら?」


高成の目が細くなる。


「村外れで休める場所を探す。だから、買えるだけ買って戻れ」


「買えるだけ、ね」


「……足りていないからな」


その一言に、今の三人の状況がすべて詰まっていた。


食べ物も、水も、時間も、信用も。


何一つ足りていない。


小瀬は火を見つめたまま、ぼそりと呟く。


「つくづく、いい旅じゃねぇな」


高成は答えない。ただ、眠るまいの方を一度だけ見た。


火の明かりの届かぬ岩陰で、小さな身体が静かに丸まっている。その姿を確かめてから、高成は再び火へ視線を戻した。


小瀬もまた、つられるようにまいを見る。


細い肩。年相応に頼りなく見える、その小さな背。


果たして、この娘は高成にとって何なのか。


小瀬は目を細める。


高成はその視線に気づいていたが、何も言わない。逸らさせもしない。ただ、火の向こうで静かに受け流した。


「こいつも、夜明け前に起こす」


「俺まで寝かせてくれりゃ助かるんだが」


その軽口に、高成はようやく顔を上げた。眉間に、ごく薄く皺が寄る。焚火の明かりの揺れのせいでなければ見落とすほどの、わずかな苛立ちだった。


「……勝手にしろ」


小瀬はくつくつと笑う。


だが、その笑いも長くは続かなかった。


やがてまた、火の爆ぜる音だけが二人のあいだへ戻ってくる。


聞きたいことは、お互いに山ほどある。だが、今ではない。


明日、小瀬が先に村へ入る。高成とまいは、村外れで待つ。


それだけの算段を、火を囲んだ小さな夜のうちに決め、あとは再び燃える炎を黙って見つめていた。







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