量る者
蹄の音が、森の外から近づいてくる。
重なり合い、乱れのない歩調。
行商や野盗とは違う、群れとして整えられた音──追撃の本隊だった。
小瀬は振り返らない。
木立を背にしたまま、ただ気配だけを感じ取っている。
「――小瀬」
低く、通る声。
振り向くと、馬上の男がいた。
鎧は簡素だが、隙がない。
隻眼が、鋭い。
須藤忠興だった。
「見つけたか」
単刀直入な問い。
感情は乗せない。結果だけを求める声。
小瀬は、軽く肩をすくめる。
「いやー、さすが高成というべきか、さっぱり掴めませんねぇ」
わざとらしくため息をついてみせる。
いつもの軽い調子を崩さない。
忠興の視線が、わずかに細くなる。
「……本当か」
案の定、疑っている。
だが、踏み込んではこない。
小瀬は内心で息を吐いた。
この男は、必要以上に問い詰めない。
それが有能さであり、冷酷さでもある。
忠興は言った。
「たとえ友だったとしても、立場を忘れるな」
釘を刺す声音だった。
小瀬は、苦笑する。
「だから、友と言うほどじゃありませんでしたよ」
軽く。
否定も肯定もしない曖昧さ。
だが、嘘ではない。
高成と自分の間に、名のつく関係などないのは本当だからだ。
忠興はそれ以上、何も言わなかった。
馬首を巡らせ、部隊へ指示を飛ばす。
小瀬はその背を見送りながら、視線を枯葉に落とした。
直前まで交わしていた言葉を思い出す。
高成は、欲に流される男じゃない。
金でも、立場でも動く人間ではなかった。
だからこそ、あの目が引っかかる。
──守るものの目だった。
娘との関係は、わからない。
恋情ではなさそうだ。
だが、軽いものでもない。
裏切ってまで攫ったのだから、当然といえば当然かもしれない。
だが、その理由が思い当たらない。
小瀬は、心の中で問いかける。
(……お前は、何を選んだ)
その答えを聞くことはできなかった。
それでも。
もう一度言葉を交わせた。
何を抱えていようと、あいつがあいつのまま立っていることがわかった。
今は、それだけで十分だと思った。
だが、見なかったことにした以上、引き返すことはできない。
森の奥は、すでに閉じていた。
***
小瀬は預けていた馬を引き取り、その背に乗った。
隊へ戻り、軽い伝達事項を受ける。
その時、忠興の隊に見慣れない影が混じっているのに気づいた。
小瀬は馬上からその一団を一瞥し、眉を顰める。
……僧侶だ。
数人。
いずれも武装は軽く、刀を帯びていない。
代わりに、数珠や札を身につけている。
――なぜだ。
高成を追うのに、城の手練れではなく僧侶。
森の途中で異形と遭遇したとは聞いた。
だが、忠興の部隊だけで十分対処できたはずだ。実際、損耗もない。
それなのに、今になって僧侶を加える理由が分からない。
祟り。
贄。
城で囁かれている噂が、脳裏をよぎる。
小瀬は、舌の奥に嫌な味を覚えた。
忠興は、信仰に縋る男ではない。
盲信するのは、ただ一人。主君である景綱だけ。
ならば、これは忠興だけの判断ではない。
(……景綱様の命か)
小瀬は、城のことを思い浮かべる。
最近の南雲は、どこかおかしい。
それが何なのかは分からないが、穏やかなものではないのは確かだ。
高成は──何かを知っている。
だから、あの娘を連れ出した。
小瀬は、馬を寄せた。
「忠興殿。なぜ、僧侶たちがいるんです?」
忠興は、すぐには答えなかった。
前を向いたまま、短く言う。
その目には、復讐にも似た光が宿っている。
「……今にわかる」
「………………」
小瀬は、それ以上追わなかった。
追えない声だった。
(今に、か)
忠興の横顔を盗み見る。
その視線は、過去を見ている。
忠興にとって──屈辱だったであろうあの日。
小瀬は、その場にいなかった。
だから噂でしか知らない。
高成が城を出た夜。
闘いの最中に見せた、人とは思えぬ身体能力。
壁を蹴り、月を仰ぐほどの跳躍をし、兵たちの前から消えた。
あれは、人間だったのか。
それとも――。
異形は、確かに人に似た姿形をしている。
だが、その姿は明らかに歪だ。
どこから湧いて出てくるのかも分からない。
言葉を交わすどころか、思考も理性もない。
本能のままに生者を喰らう、化け物。
まったくの人間にしか見えぬ異形など、聞いたことがない。
兵の間で広がる噂も、戦場でよくある誇張だと思っていた。だが、あの夜を目にした者たちは、本気で疑っている。
高成が人なのか。
異形なのか。
だから、小瀬も、祟りや贄の噂を無視できない。
小瀬は、胸の奥で小さく舌打ちした。
(……やっぱり、厄介なことになってきたな)
森の空気が、重くなる。
この追撃は、
ただの裏切り者狩りではない気がした。




