窓の外、隣の花火(甲斐ひなた)
女性公務員:ひなたの恋愛模様
役場の窓から見える提灯は、まだ昼の光に負けて色を失っている。
甲斐ひなたは資料を揃えながら、そっと唇を結んだ。夏祭りまで、あと五日。高卒就職枠から大治町役場に勤めて三年目。二十一歳。失敗しないこと。迷惑をかけないこと。それが、彼女なりの誠実さだった。
だからこそ、目の前の男性に強い言葉を向けるしかなかった。
「警備計画の見直しをお願いします。人員が不足しています」
町田は腕を組んだまま、まっすぐひなたを見た。
「毎年問題なくやってきました。そこまで厳しくする必要、ありますか?」
二十五歳。商工会の若手で、今回の実行委員長。焼けた肌と、まっすぐな目。情熱が、そのまま言葉になる人。
「“今まで大丈夫”は、根拠になりません。熱中症対策も例年より強化が必要です」
言い終えた瞬間、彼の表情がわずかに曇る。
「予算の上限があることは分かってますよね? 今から予算を増やすことは難しいですよね? 甲斐さんは、祭りやりたくないんですか?」
胸が、きゅっと痛んだ。
「違います。好きだからです。祭りを成功させたい気持ちは皆さんと同じです」
声が少し震えたのは、怒りではない。どうして分かってもらえないのだろう、という悔しさだった。会議は、ぎこちない空気のまま終わった。
その夜、ひなたは川沿いを走っていた。趣味のランニング。走ると、心が整理されるはずなのに、今日は逆だった。町田の表情が何度も浮かぶ。熱くて、まっすぐで、不器用で。
――嫌いじゃない。むしろ、その不器用な誠実さに心が引き寄せられていた。
橋の上で足を止めたとき、背後から声がした。
「速いですね」
振り向くと、町田が立っていた。
「町田さん? 偶然、ですか?」
「いえ。甲斐さん、毎日この時間に走ってるって聞いて」
探されたのだと理解した瞬間、鼓動が跳ねる。
「昼間は、すみませんでした」
町田に謝ろうと言葉を探していたら、先に町田が深く頭を下げた。
「俺、祭りが好きなんです。あの日だけは、この町が一つになる気がして。子どもの頃、父に肩車されて見た花火、今も覚えてて」
ひなたの胸の奥が、ゆっくりと溶ける。
「私も同じ想いです。だから、このお祭りを守りたいんです」
自分の声が、驚くほど素直だった。
「事故があったら、来年はなくなるかもしれない。私はそれが怖い」
町田はしばらく黙り、それから小さく笑った。
「甲斐さん、走ってるときの顔、すごく真剣ですね」
「え?」
「仕事のときより、好きです」
空気が止まった。
好き――?
「誤解しないでください、そういう意味じゃ……いや、そういう意味もあるかもしれない」
年上で、普段は堂々としている彼が言い直す姿が、少し可笑しくて、可愛く見える。ひなたの頬が熱くなる。
「一緒に並んで走りませんか。今は会議のこと、祭りのことは忘れて……」
並んで、という言葉が胸に残る。二人は、ゆっくり走り出した。
それからの打ち合わせは、変わった。町田は熱を持ったまま耳を傾け、ひなたは数字だけでなく想いも聞いた。視線が合うたびに、胸が騒ぐ。名前で呼ばれた瞬間、心臓が大きく鳴る。
「ひなたさん」
その響きが、仕事以上の意味を持ちはじめていることに、もう気づいていた。
――祭り当日。
役場の窓から見える景色は、いつもより鮮やかだった。人の波。笑い声。提灯の灯り。大きな問題は起きていない。それだけで、涙が出そうになる。
(無事に開催できてよかった……)
感傷にひたって景色を眺めていると、スマートフォンが震えた。
『外、来られますか』
町田からのメッセージだった。外に出ると、夜風が甘く匂った。法被姿の町田が立っていた。昼間より、どこか緊張しているように見える。
「今のところ無事ですね」
「はい。皆さんのご協力のおかげです」
「あと、ひなたさんのおかげ……もです」
自分の仕事を認めてくれる一言に心が跳ねる。
花火が一発、夜空を裂く。光が二人の顔を照らす。
「俺、最初は正直、役場の人ってみんな冷たい人だと思ってました」
ひなたの胸がわずかに痛む。
「でもひなたさんは違った。この町の未来のことを真剣に考えてた」
花火の音が続く。
「だからこそ、遠慮なく本気でぶつかりました」
言葉が、まっすぐに届く。
「祭りが終わっても……」
次の花火が上がる。
「隣にいさせてもらえませんか?」
心臓が、痛いほど鳴る。
役場の窓から見る花火は、安全確認の対象だった。
――でも今は違う。
胸の奥が熱くて、怖い。けれど、逃げたくない。ひなたは一歩、町田に近づいた。
「……私も」
声が震える。
「今回だけの関係は嫌です……」
言い終えると同時に、大きな花火が夜空いっぱいに広がった。光が降り注ぐ。
今度は町田が一歩、ひなたに近づいた。肩と肩が触れ合う。二人は見つめ合い、そして視線を逸らした。少し赤くなった顔で二人は花火を見上げる。
「えっと……花火、綺麗ですね」
「はい。俺、たった今気づいたことがあります。花火って便利なんですね」
「えっ?」
思いがけない言葉にひなたは戸惑う。
「何と言うか、照れて恥ずかしくなっても、相手の顔を見ないですむから……」
「……」
ひなたは何も言い返せなかった。毎年見てきた花火の色が、今日はいつもより輝いて見える。ドーン、ドーンという大きな音が、ひなたの心臓の音の代わりに鳴っていた。
夜空に咲いた大輪の光が、二人の影を重ねる。
役場の窓ではなく、隣に立って見る花火。
この瞬間が、来年も、その先も続きますように。
- キャラクター プロフィール -
名前:甲斐ひなた(かいひなた)
職業:公務員
好きな事:ランニング
年齢:21
身長:159㎝(5'3")
体重:54㎏(119lb)
誕生日:9月11日
星座:乙女座
血液型:A型
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