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彼女たちの恋模様 (高校生から大人の女性が主人公の恋愛、短編小説集)  作者: 田山照巳


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86/100

夏の夜、スタート台の向こう側(上野恵子)

女子高校生:恵子の恋愛模様


 愛知県東海市にある県立高校で、上野恵子は二年生になった。


 入学したばかりの頃と比べれば、校舎の空気にも、通学路の景色にも、少しだけ慣れた。それでも、新しい学年になるたびに、胸の奥がそわそわと落ち着かなくなる感覚は消えなかった。


 身長は低めで、肩までの黒髪をいつも後ろでひとつに結んでいる。水泳部の練習前、プールサイドに立つとき、その髪はきっちりとスイムキャップの中に収められる。水に入る準備をするその動作は、まるで感情まで一緒に押し込めるための儀式のようだった。


 水泳部の練習は厳しい。


 夏が近づくにつれ、水温は心地よくなっていくのに、メニューはむしろ過酷さを増していく。タイム、フォーム、スタート。少しの油断が、そのまま数字として突きつけられる世界だ。結果がすべてではないと頭では分かっていても、恵子は毎日必死だった。


 そんな日常の中で、自然と視界に入る存在がいた。同じ水泳部の同級生、水上海斗。一年生の頃は、ただの「同じ部活の人」だった。挨拶を交わすだけの関係で、会話らしい会話もなかった。


 それが、いつからだろう。練習後に「お疲れ」と声をかけ合うようになり、帰り道で少しだけ足並みを揃えるようになり、気づけば、恵子は彼の泳ぎを無意識に目で追うようになっていた。


 水上は、派手なタイプではない。


 けれど、練習には常に真面目で実直だった。メニューを一つひとつ丁寧にこなす姿に、彼の性格がにじみ出ている。スタート台に立つときの集中した横顔や、ゴール後に水面から顔を上げる瞬間の無防備な表情が、いつの間にか恵子の胸を締めつける存在になっていた。


(好き、なんだと思う)


 その気持ちを認めるまでに、時間はかからなかった。けれど、認めたからといって、どうすればいいのかは分からない。水の中では長く息を止められるのに、彼の前では呼吸が浅くなる。話しかけたいのに、言葉は喉の奥につかえたまま出てこない。それでも、水上は変わらず優しかった。


「今日のフォーム、良くなってたと思うよ」


 たったそれだけの一言で、一日中胸がふわふわと浮き立ってしまう。そんな自分が、恵子は少し恥ずかしくて、でも嫌いではなかった。


 ――二年生の七月。


 夏の気配が、街にも、部活にも、そして恵子の心にも、はっきりと入り込んできた頃だった。


「ねえ、恵子。花火大会、部活のみんなで行かない?」


 同じ水泳部の友人たちが、何気ない顔でそう言った。東海市で毎年行われる花火大会。人が多くて賑やかで、恵子は正直あまり得意ではない。


「……みんなで、だよね?」

「もちろん。みんなで、ね」


 その言い方に、ほんの少しだけ含みを感じる。やや戸惑う恵子の表情を察したのか、友人は笑いながら続けた。


「水上くんも誘うよ?」

「もうっ!!」


 恵子は思わず友人の肩を叩いた。けれど、その顔は隠しきれない感謝の笑顔であふれていた。


 当日、恵子は浴衣を着た。淡い紺色に、白い花模様。鏡の前で帯を結びながら、胸の奥が落ち着かない。


(水上くん、どんな顔するかな)


 会場は、予想通りの人混みだった。友人たちと並んで歩いているはずなのに、気づけば恵子の隣には水上がいた。


「上野さん、浴衣、似合ってるね」

「えっ? 本当?」

「うん、その……可愛いと思う」


 周囲に聞かれないように、耳元で小さく囁かれて、心臓が大きく跳ねた。


「……ありがとう」


(この浴衣を着てきてよかった……)


 きっと顔は真っ赤になっている。そう思いながら、恵子は水上の顔を見られず、下を向いて歩いた。


 しばらくして、友人たちは「屋台見てくる!」と、あからさまにその場を離れていった。残されたのは、恵子と水上の二人。周囲から友人の姿が消えるのと同時に、恵子のスマホが小さく震えた。


『スタート台には立たせてあげたよ? 頑張ってね!』

(もうっ……でも、ありがとう)


 恵子はスマホをかばんにしまい、大きく息を吸った。


 夜空に、最初の花火が上がる。


 腹の奥に響く音と、視界いっぱいに広がる光。その一瞬一瞬が、現実なのか夢なのか、分からなくなる。恵子は指先をぎゅっと握りしめた。今、この瞬間を逃したら、たぶん一生言えない。スタート台に立ったときの、あの感覚。深呼吸して、合図を待つ、あの一瞬。


「……あのね」


 声が、少し震えた。


「私、水上くんのことが、好きです」


 花火の音で、かき消されそうになる。


「付き合って、ほしいです」


 一瞬の沈黙。水上は驚いた顔をして、それから、ゆっくりと笑った。


「俺も……上野さんのこと、ずっと気になってた。俺で良ければ……よろしくお願いします」


 その言葉に、胸がいっぱいになる。


 次の瞬間、そっと手が触れ、確かめるように指が絡んだ。


 花火が、夜空いっぱいに咲く。恵子はその光を見上げながら思った。水の中で息を止める時間は、もう終わった。これからは、同じ速さで、同じ方向に泳いでいける。


 夏の夜。東海市の空の下で、恵子の恋は、確かに始まった。

- キャラクター プロフィール -

名前:上野恵子うえのけいこ

職業:高校生

好きな事:水泳

年齢:17

身長:155㎝(5'1")

体重:45㎏(99lb)

誕生日:10月29日

星座:蠍座

血液型:AB型


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