夏の夜、スタート台の向こう側(上野恵子)
女子高校生:恵子の恋愛模様
愛知県東海市にある県立高校で、上野恵子は二年生になった。
入学したばかりの頃と比べれば、校舎の空気にも、通学路の景色にも、少しだけ慣れた。それでも、新しい学年になるたびに、胸の奥がそわそわと落ち着かなくなる感覚は消えなかった。
身長は低めで、肩までの黒髪をいつも後ろでひとつに結んでいる。水泳部の練習前、プールサイドに立つとき、その髪はきっちりとスイムキャップの中に収められる。水に入る準備をするその動作は、まるで感情まで一緒に押し込めるための儀式のようだった。
水泳部の練習は厳しい。
夏が近づくにつれ、水温は心地よくなっていくのに、メニューはむしろ過酷さを増していく。タイム、フォーム、スタート。少しの油断が、そのまま数字として突きつけられる世界だ。結果がすべてではないと頭では分かっていても、恵子は毎日必死だった。
そんな日常の中で、自然と視界に入る存在がいた。同じ水泳部の同級生、水上海斗。一年生の頃は、ただの「同じ部活の人」だった。挨拶を交わすだけの関係で、会話らしい会話もなかった。
それが、いつからだろう。練習後に「お疲れ」と声をかけ合うようになり、帰り道で少しだけ足並みを揃えるようになり、気づけば、恵子は彼の泳ぎを無意識に目で追うようになっていた。
水上は、派手なタイプではない。
けれど、練習には常に真面目で実直だった。メニューを一つひとつ丁寧にこなす姿に、彼の性格がにじみ出ている。スタート台に立つときの集中した横顔や、ゴール後に水面から顔を上げる瞬間の無防備な表情が、いつの間にか恵子の胸を締めつける存在になっていた。
(好き、なんだと思う)
その気持ちを認めるまでに、時間はかからなかった。けれど、認めたからといって、どうすればいいのかは分からない。水の中では長く息を止められるのに、彼の前では呼吸が浅くなる。話しかけたいのに、言葉は喉の奥につかえたまま出てこない。それでも、水上は変わらず優しかった。
「今日のフォーム、良くなってたと思うよ」
たったそれだけの一言で、一日中胸がふわふわと浮き立ってしまう。そんな自分が、恵子は少し恥ずかしくて、でも嫌いではなかった。
――二年生の七月。
夏の気配が、街にも、部活にも、そして恵子の心にも、はっきりと入り込んできた頃だった。
「ねえ、恵子。花火大会、部活のみんなで行かない?」
同じ水泳部の友人たちが、何気ない顔でそう言った。東海市で毎年行われる花火大会。人が多くて賑やかで、恵子は正直あまり得意ではない。
「……みんなで、だよね?」
「もちろん。みんなで、ね」
その言い方に、ほんの少しだけ含みを感じる。やや戸惑う恵子の表情を察したのか、友人は笑いながら続けた。
「水上くんも誘うよ?」
「もうっ!!」
恵子は思わず友人の肩を叩いた。けれど、その顔は隠しきれない感謝の笑顔であふれていた。
当日、恵子は浴衣を着た。淡い紺色に、白い花模様。鏡の前で帯を結びながら、胸の奥が落ち着かない。
(水上くん、どんな顔するかな)
会場は、予想通りの人混みだった。友人たちと並んで歩いているはずなのに、気づけば恵子の隣には水上がいた。
「上野さん、浴衣、似合ってるね」
「えっ? 本当?」
「うん、その……可愛いと思う」
周囲に聞かれないように、耳元で小さく囁かれて、心臓が大きく跳ねた。
「……ありがとう」
(この浴衣を着てきてよかった……)
きっと顔は真っ赤になっている。そう思いながら、恵子は水上の顔を見られず、下を向いて歩いた。
しばらくして、友人たちは「屋台見てくる!」と、あからさまにその場を離れていった。残されたのは、恵子と水上の二人。周囲から友人の姿が消えるのと同時に、恵子のスマホが小さく震えた。
『スタート台には立たせてあげたよ? 頑張ってね!』
(もうっ……でも、ありがとう)
恵子はスマホをかばんにしまい、大きく息を吸った。
夜空に、最初の花火が上がる。
腹の奥に響く音と、視界いっぱいに広がる光。その一瞬一瞬が、現実なのか夢なのか、分からなくなる。恵子は指先をぎゅっと握りしめた。今、この瞬間を逃したら、たぶん一生言えない。スタート台に立ったときの、あの感覚。深呼吸して、合図を待つ、あの一瞬。
「……あのね」
声が、少し震えた。
「私、水上くんのことが、好きです」
花火の音で、かき消されそうになる。
「付き合って、ほしいです」
一瞬の沈黙。水上は驚いた顔をして、それから、ゆっくりと笑った。
「俺も……上野さんのこと、ずっと気になってた。俺で良ければ……よろしくお願いします」
その言葉に、胸がいっぱいになる。
次の瞬間、そっと手が触れ、確かめるように指が絡んだ。
花火が、夜空いっぱいに咲く。恵子はその光を見上げながら思った。水の中で息を止める時間は、もう終わった。これからは、同じ速さで、同じ方向に泳いでいける。
夏の夜。東海市の空の下で、恵子の恋は、確かに始まった。
- キャラクター プロフィール -
名前:上野恵子
職業:高校生
好きな事:水泳
年齢:17
身長:155㎝(5'1")
体重:45㎏(99lb)
誕生日:10月29日
星座:蠍座
血液型:AB型
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