3章「学徒奔走」-⑪
潮風が髪に張り付く。
海波をゆく陽光の照り返しが夏の近づきを思わせる。
辺りには噎せ返るほどの磯の匂いと、程よい酸味の効いたバアルの吐瀉物の匂いが充満している...
…
「汚ねぇ。」
「お前にもかけてやろうか。」
ギャーギャーと騒ぎ立てるリラ、バアルを他所に、ダム、イザベラ、ピグの三名は、優雅にパラソルを立てて日光浴を...
ヒノは、夜魔徳の制御のための自主トレを...
ピグは、乗船に同席したニンリル、蘭風の警護と情報の共有を行っていた。
「正確な調査抜きにしても、あれはやばいぜ。
三ツ角【トリニティ・ノット】を両断ってのは、下手をすれば聖神騎だけじゃなく神も敵に回す。」
創世教。
天、地、海の全てが世界樹の加護であり、三世界を通して一世界を創る。
古くからある宗教論だが、今や神も数世代に渡る。
世界樹への信仰心なんてものの根源...
それを安易に穢すということは、事実上この星そのものへの宣戦布告に等しい。
「神騎の中でも敬虔な信徒は多いです...
このまま放置するのは、危ないように思います。」
船酔いに苦しむ蘭風を他所に、ニンリルとククはそれぞれの見解を擦り合わせる。
「それに、炎状剣【フランヴェルジュ】か...
毒物はなかったんだよな?」
「はい。
あくまで、近接戦闘においての余剰火力とは思いますが...」
殺す気なら、戦場にある物全てが武器になる。
刀身が炎のように逆立つその剣は、紛うことなき<殺意とは違った悪意>...
「うーん...」
双方腕を組み、胡座をかいて首を傾ける。
元々考えることは苦手なニンリルに加え、ククひとりではどう足掻いても情報が足りないの一言に尽きる。
「わからんな。」
「ですね。」
ニンリルが顔をあげると、海風の香りが濃くなっていくのを感じる。
「リラ、それから学徒諸君。
こっから先は泳げ。」
これも修行だ。
と言わんばかりに、ニンリルは蘭風を小脇に抱え、ククとともに転移の方印を後にする。
徐ろに振りかざしたニンリルの手刀が、船を割る。
まるで、<若い頃の苦労は買ってでもしておけってな>と言わんばかりの躊躇のない一太刀だった...
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「着いたぞ。」
「ほんとに?
三途の川渡ったの間違いじゃない?」
アネモスが古巣であるリラ、水神騎【ニンフ】候補生のダムは良かった。
だが、その他四名の疲労は並のものではなかった。
ピグは船を作った。
泥の船は見事に海に溶け込み、荒波に飲まれた。
イザベラは空を飛んだ。
正確には滑空し、見事に着水後荒波に飲まれた。
ヒノは沈んだ。
ぶくぶくと泡を立て、荒波に飲まれた。
バアルは浮いた。
両脚に纏った雷鳴で、電極の反発を利用した。
軽快に走り出し、揺れる足場に再び酔った。
そして、荒波に飲まれた。
「ダムが居てよかったな。
俺じゃ、さすがに一人しか助けらんねぇぞ。」
ゾッとすることを笑顔で言うリラに一同げんなりした様子で村への入口に立つ。
「ようこそ。
アネモスの港町へ。」
「歓迎するぜ。
童共。」
先に村へ戻っていた蘭風とニンリルが出迎える。
「おう。
今かえっ...」
少し、大人びたような気がした。
まだ一年と経っていないのに、伸びた背丈の分だけ年月を感じる。
「おかえり。
兄さん。」
「あぁ。
ただいま、トレーネ。」
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小高い丘を登っていく。
時間にしておよそ五分。
開けた山の頂上には、小さな小さな一軒家が建っている。
木造のコテージのようなオシャレな感じだが、所々ガタがきている住み慣れた我が家...
「ようこそ、我が家へ。」
リラの表情は、長旅からの安堵か。
少し少年のような幼さを持っていた...
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「早速で悪いが...」
手狭な部屋に荷物を運ぶ。
リラのベッドをピグとイザベラで、トレーネのベッドをダムとトレーネで...
男所帯は適当に床にゴザを敷き、部屋割りをする。
「ここでは、私が稽古をつける。」
昼食を食べ損ね、一同は村の端にある小さな広場へ向かう。
「トレーネは、私と一緒に見学しましょうか。」
「うん。」
遠巻きに眺める蘭風様とトレーネを他所に、久方ぶりのニンリルの稽古にリラが少し身構える。
「安心しろ。
ちょっとばかし若人を揉んでやるだけだ。
お前なら慣れたもんだろ?」
ウィンクをするニンリルにやや拍子抜けしながら、リラ達は所定の位置に着く。
「ルールは?」
「制限時間三十分。
誰か一人でも私に一発喰らわせたら即時終了。
場外乱闘禁止。
殺し以外なんでもあり、でどうかな?」
ニンリルの挑発に苛立ちを覚えているバアルを他所に、トカゲとの戦闘を思い出す。
初めての命の駆け引き。
あれがどれだけ自分の血肉になっているかは分からないが、少なくとも今日は<死にかける>ことはなさそうだ。
「じゃあこの煙草の灰が床に落ちたら開始な。」
徐に煙草を取りだし火をつける。
陽光に彩られたひとりの女が、淡い紫煙を燻らせる。
フッ。
灰が落ちる。
重力に習い、風に習い...
音もなく地に落ちる。
「はじめ。」
消えるような言葉を最後に...
地を蹴る学徒は空を舞った...




