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3章「学徒奔走」-⑩

(まずいな...)



有効打がない。

それに、先程からの焔の燃焼でこの空間の酸素量が著しく低下している。

呼吸の苦しさを抱えながら、闇雲に攻撃を続けては...



「ヒノ、ここって築何年くらい?」


「そうだなッ...

四百は超えてるんじゃないかッ...」



的を得ない質問。

だが、次の問で、否が応でも悟ってしまう。

最低にして最高の打開策。



「じゃあ...

アイツが、現世に顕現したことは?」



┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈



けたたましい爆音が鳴り響く。

地下に溜まった膨大な熱気が外気に触れ、激しい上昇気流を巻き起こしながら、蒼と黒の焔の渦が登り経つ。



「予想通り、アイツ器がないと極端に遅くなった。

ちなみに、このまま消えてくれたりとかしない?」



事実。

先程の冷静で冷酷な焔の静けさとは打って変わる。

焦燥を肌で感じるほど、猛り狂った荒々しい焔の波。



「希望的観測もいいが、こっちが戦いやすくなっただけだ。

現に、攻撃自体は衰えてない。」



「奥の手があるなら使った方がいいと思うけど。」



そんな言葉を口にするピグにやや焦りを感じる。

先程からヒノが操る黒焔こそがその奥の手だからだ。



「黒焔は元々、夜魔徳の得意技だ。

不浄を焼き払う祓魔の焔。

夜魔徳は黒焔、緋焔、蒼焔を操るが、俺が使えるのはそのうちのひとつでしかないんだよ。」


「...」



沈黙。

それはある種の絶望を意味していた。

虚無と闘っているような終わりの見えない絶望...

常に身を焦がすような業火と対峙する絶望...

圧倒的なまでに、己の恐怖の根源を目の当たりにする絶望...



「じゃあさ...」



だが、少女は違う。

少女は虚無を恐れない。

故に<それ>の与える無力を知らない。

少女は不安を恐れない。

故に<それ>の意味する焦燥を知らない。

少女は恐怖を恐れない。

故に少女は敗北を知らない。



可憐に、優雅に、大胆に...

然して臆せず、屈すらば...



乙女は戦場【華】を舞い明かす【踊り狂う】。



「研鑽を結びし乙女の加護よ。

汝、虚空を結びて永遠<トワ>を咲かせよ。」


乙女兵装弌番・彼者の守剣

【ヨメイリドウグイチバン・カイケン】



ピグの詠唱。

そして、肌蹴た腹部に刻まれた方陣から瞬く間に光が溢れる。

突如現れた石造の巨大な直剣が空を覆う。



「ヒノにとって、あれが<悪魔の焔>なら、僕には不浄以外の何者でもないね。」


「...」



視界が、開けたような気がした。

周りが神格化していたものを、否定できない自分を...

足並みを合わせようとして、手足が同時に出てしまう自分を...



「ピグ。」


「ん?」



「手を、握ってくれないか。

こんな大きなもの、独りじゃ荷が重い。」


「んー。

そこで、正直者なヒノ。

嫌いじゃないよ。」



握られた手に優しさを感じる。

火傷で荒れた手に、少しだけ震えを感じる。



「...汝、焔也...

紅蓮を切り裂く、咎人の剣...」


未完・宿魔の焔種

【カノエタチ】



現れたのは形を持たぬ暴れる黒焔。

火種は剣を打つ。

未熟で、未完で...

強者が振るえば、吹き飛ぶような...

無銘の鈍...



「ピグ、合わせろ。」


「そっちこそ。」



重ねた掌から淡い光が溢れ出す。

担い手に成りきれなかった自分が、まさかこんな名刀を振るえるなんて。



非力でいい。

無銘でいい。



ただ、この一振をあの頃の幼き自分に...

無力を嗤わなかった自分に...



「抜剣」


「「布都御魂」」【フツノミタマ】



┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈



轟音が鳴り響く。

空を覆う蒼焔を掻き消す程の黎焔を纏った巨大な大剣は、禁足地を呑み込むほどの大きな爆発を巻き起こす。



見ると、周囲の木々はほとんどが焼け落ち、炭と化したまばらな枝が目に映る。



「あーあ。

四百年の御堂が...」


「言うな。

お前も一緒に謝れよ...」



ヒノとピグは、力無くその場に倒れ伏す。

御堂から十メートルも離れていないため、諸に爆発の余波を受けた。

身体中から軋むような音が聞こえ、互いの顔は煤にまみれている。



「勝機。」



刹那。

この一瞬を待ち侘びたかのように、蒼焔が弧を描き、瞬く間にヒノの腹部に直撃する。



そのはずだった。



「オン・シュチリ・キャロラハ・ウン・ケン・ソワカ」


宝棒【キリク】



どこからともなく、紅蓮の軌跡を描き飛び込んできたイナザ。

真言を唱えたその直後、宝棒と呼ばれた篝火の加護を受けた霊装をヒノの腹部に突き立てる。



苦悶の表情を浮かべるヒノを他所に、蒼焔は瞬く間に宝棒に取り込まれ、ヒノの右手の甲に印を残し姿を消す。



「無事か...

二人とも...」



優しく抱き抱えられたのを最後に、二人は糸が切れたように意識を手放すのだった...



┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈



目が覚めたのは、半刻ほど経った頃だった。

日はすっかりその姿を隠し、夜の帳が辺りを覆う。



「元々、きちんと話せばこんな手間には...」


「お前は昔から詳細を省きすぎなんだよ。

口下手か、その顔で。」



イナザに責め立てられるイグニを見ながら、ヒノもピグも頭上に?を浮かべる。



「おう。

起きたか。

いきなりですまんが、まずは謝らせてくれ。

ピグの嬢には悪い事をした。」



事の顛末を聞く。



夜魔徳。

それは、幽世での篝火の姿。

金烏を纏い閻魔を殺す者。



「その認識自体は間違っちゃねぇが、<アレ>自体は紛うことなき神の写し身だ。

荒神には違いないが、そこには必ず導きがある。」



篝火とは、人の感情が色濃く映し出される神である。

正の感情から負の感情まで。

言い換えれば、ありとあらゆる感情の振れ幅に影響されやすいとも言える。



「ひとたび焔に恐れを抱けば、夜魔徳はその感情に囚われる。

簡単に言えば、荒神として捉えればそれは扱いきれない大きな力の塊として観た者に映る。」



本来であれば、夜魔徳は代々継承者が対話を重ね力を借り受けるべき存在だった。

だが、時が経ち、幼子に対する火の恐怖を産みかねないと社に祀られた。



「お前がもう少しでかくなって、焔に対する恐怖ってもんとの付き合い方を知ってからここに連れてきたかったんだが...」



イナザの視線がイグニに注がれる。

鋭く、針を刺すような...

とても篝火の神騎とは思えないような...

永久凍土を思わせるほどの冷たい視線...



「...はぁ...

まぁ、二人とも無事でよかったし。

荒療治にはなったが、夜魔徳も無事ヒノに落ち着いたし...」



「ピグ、今村では歓迎の祭りを開いている。

俺は、ヒノと話すことがあるからイナザを連れて先に行っててくれ。」



そういうと、話の途中にも関わらずイナザとピグを追い出し、イグニはヒノの隣に腰を据える。



┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈



どれくらいの時が経っただろうか。

数分から数十分。

イグニは黙ってヒノの隣に座っている。

まるで何かを促すように...

言葉足らずの彼らしい彼なりの誠意を見せるように...



「俺は...」



それから沢山話をした。



幼い頃に感じた夜魔徳の恐怖。

かつて感じた孤独。


今でも感じる悪夢。

今だからこそ感じる繋がり。



小一時間は話しただろうか。

一方的な話を、彼はゆっくりと相槌を打ちながら...


「そうか」


「すまなかった」


「今は平気か」



まるで何十年ぶりに再会したような...

イナザのような親心ではなく、境遇の近い兄のような...

長いようで短い会話...



「ヒノ。

これからお前は、大きな力を背負うことになる。」



それは、人外の力。

ある者は尊び、またある者は忌避するかもしれない。

時には石を投げられ、時にはこの力を悔いるかもしれない...



「そんな時は、隣を見ろ。」



視野の狭いお前のことだ。

自分の力に押し潰され、周りが見えなくなるかもしれない。

だが、お前の周りには色々な人間がいる。



友がいる。

神がいる。

家族がいる。



血の繋がりなんかよりずっと濃い...

例え切ろうとしても切れないような...



「お前は特別だが。

お前の周りも特別な者だらけだ。」



┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈



ゆっくりと夜の帳に身を委ねる。

夜の静けさとは違った風情の中...



「ヒノ。

行こう、みんな待ってる。」



「遅いぞ。

あそこで露店やってるみたいなんだ。

案内してくれよ。」


「そう急ぐな。

この草履という履物はなんとも...」


「バアルバアル。

私かき氷。」


「あぁ?

俺手持ちがそんなに...」



手を引く温かみを感じながら。

少年は静かに、賑やかな日常に戻って行くのだった...



┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈



「しかし遅いな...」



祭りが明けて日が昇る。

昨晩ほどの賑やかさには劣るが、それでもこの里は活気に満ち溢れている。



「ククのやつ、聖神騎会合への書状渡しに行っただけだろ?」


「みなさーーーーん。」



体よりも大きいリュックサックをドカドカと揺らしながら息切れしたククが村の入口から走ってやってくる。



「おまたゼ...ヒュー...

ジバッ...じだ...」



おう、休め。



小休止を挟み、ククから仔細を聞く。

なんでも九つ置ける方印を王都に置き忘れていたとのことで、行きも帰りも飛んだ目にあったそうだ。



「お労しや。」



「とにかく、これでまた国外交流再開です。

と言っても、次が最後の国ですが。」



イザベラの出身地であるエルドラドもまた、国境封鎖を行っている。

つまるところ、最後はリラの古巣であるアネモスの港町だ。




「別れの言葉は...」


「要らん、そんな玉じゃないだろお互い。」



ヒノとイナザは互いに言葉を交わさない。

言いたいこともわかる。

やるべき事もわかった。



「...帰ってきたら...

お社の修繕を、俺にも手伝わせてくれ。」



「...あぁ、頼りにしてる...」



頭に触れた手のひらの温もりを大切にしながら...

一同は最後の交流国。

アネモスの港町へと足を運ぶのだった...

次はいよいよリラの里帰りです

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