3章「学徒奔走」-⑨
「なんでついてきた。」
「んー。
何となく。」
短剣を調べるリラ達と別れ、ひょっこり着いてきたピグを横に...
ヒノは里の端にある、古びた神社に足を運ぶ。
周囲は木々でひしめき合い、枝葉を抜ける陽光は、およそ砂漠が続く里周辺の地域とは世界が違うような錯覚を受ける。
「そこ、足元気をつけろ。」
「うん。
ありがと。」
ピグの手を取りながら、ゆっくりと境内の最奥...
灯篭を掲げ、この里の本尊までの陽炎揺らめく深淵を目指し降り進む。
辺りを照らす小さな火種を導に、ゆっくりと、しかし確実に...
重苦しい石畳に圧倒されながら、歩みは止めない。
「見えてきたな。」
燭台が六面六臂の鬼神を彩る。
「あれ?
迦楼羅【カルラ】じゃないんだ。」
「よく勉強してるみたいだが、こいつは夜魔徳【ヤマンタカ】。
うちの里では、降閻魔尊【ゴウエンマソン】とも呼ばれてる荒神だ。」
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迦楼羅【カルラ】。
火の化身とも呼ばれる金翅鳥。
里の主神である篝火の写し身ともされ、死後灰の中から蘇る不死鳥とも呼ばれる。
しかし、本尊と呼ばれるそれは、あまりにも神の写し身と呼ばれる神々しさとはかけ離れるものを感じる。
「夜魔徳。
こいつは、篝火様の幽世での姿。
迦楼羅炎とも呼ばれるこの金翅鳥を背に、死者を裁定する。」
「じゃあ、なんで荒神なんて...」
途端、焦げた皮膚のような匂いが鼻を覆い、溶けた岩のように粘り気のある熱気が肺を満たす。
視界が霞み、張り付く刺すような痛みに思わず意識を手放しそうになる。
「わぷッ...」
突如ピグの眼科を覆い尽くす巨大な胸板。
見ると、ヒノに抱きしめられる形を描きながら、ピグとヒノを避けるように、しかし逃げ場をなくすように【黒い焔】が走る。
いや、正確には、ヒノから迸る【黒い焔】...
迫り来る【蒼い焔】から二人を守るように周囲を隔絶する。
[相変わらず芸がないな]
淡い蒼焔...
正確には、蒼い焔を纏った本尊がこちらに向けて思念を送る。
[罪に耐えかね、女を差し出すか]
ヒノの黒炎が、夜魔徳の蒼い焔に徐々に押され始める。
円を描いた奇跡は徐々に形を無くし、ヒノの腕や顔には細かい火傷が刻まれていく。
「...はぁー...
だから来るなと言ったんだ。」
「みっともない所を見せるから?」
ピグの言葉にやれやれという落胆にも近い表情が露になる。
(昔からそうだ。
俺は...)
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十年ほど前だった。
親父が任務で里を留守にしている間に、禁足地と言われていたこの本堂に忍び込んだのは。
当時の自分はまだ未熟で、刀を打てない自分に価値はないと思っていた。
何者かになりたい。
何者かになって、少なくとも、親父が影で笑われるような...
そんな半端者から抜け出したい...
悪夢は、それから始まった。
本堂で気絶していた俺をイグニが助け出し、事の本末を聞いた。
「お前は、ヤマに魅入られた。」
地獄の閻魔を殺す者。
俺の腕に消えない種字【のろい】を残した、金烏の皮を被った悪魔。
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「篝火様は、自分のそんな残酷な一面を決して赦すことが出来なかった。
だから、本尊という形で現世に残し、それを俺が開けてしまったんだ。」
なんということはない。
ただ己が好奇心が身を焼いただけ。
「それから、年に一回は蒼焔に燃やされにくる。
不浄の黒を塗り潰すように...
自分の呪いを、更に強い呪いで抑え込んでるんだ。」
馬鹿みたいだろ。
そんな言葉、口が裂けても言えはしなかった。
幼い頃に、自分が求めた物の対価。
なまじ自分が未熟なばかりに、親父にあんな顔をさせた俺自身が課した罪の償い。
「ここから激しくなる。
だから今のうちに...」
「わー、ほんとだあっついわ。」
ギョッとする。
見ると、小脇に抱えたはずのピグが黒い焔に優しく触れながら掌を焦がしていく。
「...ヒノは、何色が似合うかな...」
シンプルな服装なら黒が似合うかも。
「それなら、真っ赤なネクタイとかも似合うよね...」
ピグの触れた先から焔が色を変える。
無垢な黎は情熱の赫に...
情熱の赫は清廉な蒼に...
清廉な蒼は妖艶の茈に...
「何者にもなれないならさ。
何者になってもいいんだよ。」
支えられた腕に優しく触れる。
ちょっと筋肉質で、それでいて少し冷たい...
緊張か、恐怖か...
震えるそれをギュッと自分の胸元に抱き寄せる。
「さぁ。
気張ろうか。
僕がいれば、千人力でしょ。」
不意に口元が緩むのを感じる。
いつかどこかで、こんな優しさを貰った気がする。
そんな懐かしさを覚え、赤い顔を隠すために、己が呪いに立ち返る。
[さぁ、御してみろ。]
「この俺を。」
先程まで本尊に巻き付いていた蒼い焔がゆっくりと泥のように落ち、形を取っていく。
「ヒノ、俺はお前だ。
あの時から、お前は俺を縛る器だ。」
「らしいな。
お前は器がないと現世では居られない。
俺は力が無いと、こいつらと対等で居られない。」
踏ん切りが着いたか、と言われれば答えはノーだ。
未だに非力で凡才な自分を許せてはいない。
「でも、嘆くことは辞めたんだ。」
黒焔が徐々に蒼い焔を飲み込んでいく。
ヒノの決意のように、それは小さく、しかし確かな重みを持った質量へと姿を変える。
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グッと...
踏み込む足に力が籠る。
踵は空を舞い、爪の先のみで大地を蹴りつける。
蒼焔と黒焔が互いに混ざり、色を成す。
大地の加護を受けながら、蒼い軌跡が弧を描く。
「聞くが、実体がない奴と戦ったことは?」
「ないね、神の写し身と闘うのも。
全部ヒノのお陰で初体験さ。」
軽口を叩く。
実際には全方位から無差別に迫り来る業火を浴びながらそんな余裕はない。
だからこそ、意味の無い強がりを言ってみる。
空虚に張った虚勢が、無意味ではないと知っているから。
「ギア、上げるよ。」
「フッッッ...」
手応えがない。
確かにヒノを形取る蒼焔の首を刎ねた。
頭部と胴体は確かに音もなく泣き別れたはずだった。
だが、蒼焔は揺らめくのみ。
表情無く、瞳もなく...
ただじっとこちらを見据え、動は無く。
揺れる火の粉すら、音は無く。
ただ、一振。
こちらを指差す霞のような指先が...
ただこちらの罪を指し示すのだった...
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