3章「学徒奔走」- ⑥
篝火の里。
主神篝火を信仰する古き良き火の集落。
隣接する銘雷の都市とは対象的な所謂原始の里である。
「あ、お前ら言っとくが。
インドラは今内戦中だから観光なしだかんな。」
一同、バアルの一言に唖然だった。
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ポコポコとバアルを殴り続けるイザベラとピグ。
鬱陶しそうに身体をくの字に曲げて里のど真ん中を闊歩するバアル。
見ていて面白い。
「すまんな。
篝火の里は観光資源もないからちょうどいいと思ってたんだが、あっちが内戦中とは知らなくてな。」
ヒノが鉄鋼場を案内しながら申し訳なさそうに炉に火をくべる。
「しかし案内人がヒノ自身とはな。
てっきりイグニ殿が案内するものだと思っていたが。」
途端リラはとてつもなく嫌そうな顔を浮かべる。
如何せんあの男は入学初日にあの仕打ちだ。
リラとしては関わる口実が無いだけマシではあるのだが。
「すまんな。
イグニさんは国境警備で出払ってるんだ。
内線の火種がいつこっちに来るかもわからん。
リラもそんな顔するな。
イグニさんには篝火様がちゃんと釘を刺したらしいから。」
困った笑みを浮かべながらもヒノの手は止まらない。
器用にブローパイプから硝子に空気を送り込む。
緋光を纏いその姿を自在に変化させるガラス細工を眺めながら、俺たちは息を飲む。
初めて目にする「本物の職人の業」に、俺もダムも、そしてダムの隣からひょっこり顔を出すピグも文字通りに目を奪われる。
「本当は工場体験くらいさせてやれたら良かったんだがな。
ブローパイプは危ないから。
俺に刀剣作りの才があれば良かったんだが、そっちはからっきしでな。」
工場に入ったからだろうか。
それとも、時間を問わず響く職人の声のせいだろうか。
普段口数の少ないヒノにしては珍しく、少し饒舌な様子を垣間見せる。
「もともと、この里の人間は皆鍛治の才能を持って生まれる。
主神篝火が鍛冶神とも謳われるように、男女問わず、皆小さな頃から鉄に触れ、火に学ぶんだ。」
工場に入ったのは五つか、六つの頃合だった。
もともと武芸に秀でた一門に生まれた俺は、いずれこの里を守護する立派な人間になれるようにと、幼い頃から父に扱かれていた。
「うちは、ダムほどじゃないが由緒正しい家元でな。
幼い頃から多くの技術を叩き込まれた。
剣術はもちろん、槍術、弓術、棒術、果ては操舵術まで...
身に纏う鉄の鼓動を感じ取れるように、休む間もなく...」
そして、工場に入って絶望した。
ありとあらゆる鉄を触ってきて、初めて感じた「これは無理だ」という絶望感。
炉に火を焚べ、熱した鉄を打つあの感覚...
「...才能がなかったんだ...
俺には、鉄を打つ才能が無かったんだよ...」
幼い頃から多くの妄想を繰り広げてきた。
鉄を知り尽くすと言えば奢りに聞こえるが、実際里の中の誰よりも鉄に触れてきた過信があった。
鉄を誰よりも知る自分が、誰にも負けない最高の剣を打つ...
幼子の夢とも言えぬ稚拙な妄言は、その実誰よりも劣る自身の才に押し潰された。
「まぁ、鉄は打てないが...」
出来上がったガラス細工に目を通しながら、消え入りそうなか細い声で呟く。
リラにも聞こえないその声は、今にも泣き出しそうで、ゆっくりと熔けきった鉛のように熱を引いていった...
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「あれ、カグ氏。
カグ氏ではありませんか。」
工場で一通りヒノが作ったガラス細工に目を奪われて数刻。
熱気の噎せ返りを解く優しい風に当たっていると、呼び慣れない名前を耳にする。
「...」
数瞬の静寂。
ダムと俺は頭にハテナを浮かべ、ピグはやや湿度を持った視線をヒノに向け、ヒノはと言うと頭を抱える。
「あー...
紹介する。
こいつは...」
「呼ばれず飛び出て失礼します。
わたくし、こういうものでして。」
饒舌な少女はまるで瞬間移動でもしたかのように一瞬でリラ達との距離を詰め、小さな羊皮紙を手渡す。
株式会社 信興新聞【シンコウシンブン】。
広報課 神騎特集部門。
グラス・ケニス・ダゲール。
「あぁ、シンシンの。」
「ここにもいるんだ。
あそこの回し者。」
「俺も困ってるんだ。
ただでさえ人手不足だって言うのに、勝手に工場に入ろうとして勝手に怪我して帰っていくし。」
リラを置いて、ダム、ヒノ、ピグの三名は冷たい眼差しを彼女に向ける。
「神騎特集っていえば俺もユノスに入る前随分と世話になったんだが...」
神騎特集。
シンシンの看板とも言える現役神騎を対象にしたインタビュー特集。
戦場写真からオフショット、果てはグラビアページまで...
神騎という軍人職種が地域から親しみを持たれるようにというキャッチコピーの通り、一部の神騎には固定のファンが付くほどの根強い人気を誇っている。
「いや、普通にを取材して。」
「脚色無く記事を書いて。」
「ちゃんと許可取ってたら文句ないよ?
僕らも。」
三人がやや呆れながら声を合わせる。
「そういえば...」
ダムの鋭い視線がグラスを刺す。
気づけば、先程まで俺らが腰をかけていた大きな木の根元に彼女を追い込む形で...
「二週間ほど前の記事で姉上の湯浴みの隠し撮りと思しき記事が出ていたが...」
ダムの笑顔は変わらない。
ただ、皮膚を抉るようなザラザラとしたヤスリのような目付きがグラスの首筋に嫌な脂汗を滴らせる。
「それにさぁ...」
追い詰められ、ややダムの左側から退路を確保しようとした矢先。
ピグの貼り付けたような笑顔が彼女の全身の筋肉を強ばらせる。
「三日前の記事。
これなに?」
ピグの笑顔も変わらない。
ただ、顔元に突きつけられた楯の乙女【ヴァルキュリア】と思しき人物の顔だけリラからも伺うことができる。
「今王都で公演やってる彼女たちが、熱愛報道なんてやる時間あるのかな。
※それも百合の彼女たちが...」
※ピグ個人の解釈です
「それにだ...」
それなら右にと視線を向けたグラスの退路を、今度はヒノが静止する。
リラの身長を優に超えるおよそ7フィートの体躯を前に、ヒノが何か言う間もなく彼女は泡を吹いて意識を手放したのだった...
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「ん...」
手放した意識を再び取り戻す。
少し暑いくらいの日差しを木陰で受けながら、寝苦しさを感じない程度の涼しい風...
小鳥の鳴き声で目を覚ます一日は、自分にとって良い一日の始まりの証だ。
そのはずだった。
「あああああああいうえお...」
先程こちらから意識を奪った三人の悪魔を前に、再び意識を明け渡しそうになる。
すると、心地の良い風がこちらの首筋をフッと吹き抜ける。
「まぁ、三人から話は聞いたがよ。
メディアっつうのも大変だな。」
ちなみにだが、先刻の二人の話は私には全く身に覚えがない。
鬼神の記事は私ノータッチだし。
楯の乙女【ヴァルキュリア】はそもそも同じ広報課でも民間娯楽部門だし。
先の悪魔の誤解を、本来は同業である私が説明責任を持つ議題を、彼は私に変わって彼等に話をつけてくれたのだ。
「あの、もし良ければ...
お名前をお伺いしても、よろしいでしょうか...」
少し頬が熱い。
初恋を体験したばかりの少女のように...
頭の先から爪の先まで、きつく締めあげられるような...
それでいて不快ではなく、けれど言葉にすると稚拙になりそうな...
そんな気恥しい感覚...
「リラ。
アネモスのリラだ。
今は、神騎候補生だから、いずれ世話になるかもな。」
はにかむ少年が伸ばす手を取る。
熱が、バレてはいないだろうか。
緊張が、伝わりはしないだろうか。
世の女性が神騎に向ける恋とも違う...
世の男性が神騎に向ける愛とも違う...
これが、後に世界を救う第一線を担った少年と、それを間近で見続けた少女の出逢い...
後に少女はこう語る。
曰く、それをあえて言葉に現すならば...
無粋ではあるが「憧憬」だったと...
次回、グラスの「それ」は恋なのか、愛なのか...
今後明かされる...かもしれない...!!!




