3章「学徒奔走」- ⑤
「それではこれより、学生一同の歓迎会を開く。
皆、今日は大いに騒ぎ、盛り上がり、羽目を外すのだ。」
ランスの掛け声と共に盛大な宴が催される。
絢爛豪華な大広間は燭台で飾られ、彩られた数々の馳走がシルクのヴェールを染め上げる。
「すげぇ...」
「これが貴族の食卓か...」
リラとヒノの驚きを他所に、ピグ、イザベラ、そしていつの間にか屋敷に来ていたバアルを交えた大団円が繰り広げられる。
「酒持ってこーい。」
「もってこーい。」
未成年なのに大樽を抱えて葡萄酒を飲み尽くすバアルとイザベラ。
「これ美味しいよ。」
「あぁ、ありがとう。」
この手の宴会に慣れた手つきで皿を持ってくるピグと適応するヒノ。
...
「すまんな。
お前はあまり騒がしいのは苦手だと言っておいたのだが。」
「いや、気にすんな。
こっちはこっちで好きにやらせて貰ってる。」
先程のどんちゃん騒ぎで人に酔ってしまったリラを心配してか、ダムは余所行きの装いに身を包みその姿を表す。
リラはと言うと、先程の葡萄酒と思しきものを一口含む。
唯の葡萄ジュースと分かると雰囲気に飲まれ酒乱のように騒ぐバアルとイザベラが途端に哀れに思える。
「なんだ。」
やや余所余所しく。
しかしこちらを気にする素振りを見せるダムに反応を示す。
「...お前の話を聞きたいと思ってな...
私には私の思惑があるように、お前にもお前の思惑があるのは分かった。
だが、大きな作戦の前だ。
学生の身と言えど、戦地に赴けば一介の兵でしかない。
命を落とす気もないが、その前に胸の痞えは取っておきたくてな。」
「そうさな...」
商業区での話かと記憶を辿る。
思えば、ダムの話ばかり聞き俺の話ははぐらかしていたように聞こえたのだろう。
「...すまない...
忘れてくれ。」
去ろうとするダムに首を振り自分の対面へ促す。
「面白くもない話だが、まぁ聞きたいなら付き合え。」
バルコニーに設置された小さな机...
向かい合わせで腰を下ろす。
使用人と思しき少年に声をかけ、葡萄ジュースを一杯ダムに注ぎ直す。
「ありゃ何年前だったかな。
五年か、もっと前だったかもしれん。」
思い出すのは、アネモスを吹き抜ける風...
清涼な風に流される干し竿に掛かった洗いたての洗濯物の香り...
そして、鉄の味が染み付いたような赤黒い血の匂いだった...
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アネモスの町並みはとても綺麗だ。
昔、行商で見つけた世界百景の光景と比べても差がないほどに美しい。
だが、それは自然の話。
人という不純物に取り残され、色々なしがらみから隔絶された「外」の話。
「でも、中は違ったんだ。」
アネモスの自然は確かに美しい。
だが、ひとたびその内側...
アネモスの中を覗けば、そこにあるのは排斥的な人柄と頓着の無さだった。
「基本的に外面はいいが、事の実態は圧倒的な排斥主義...
異邦人なんかには手酷い躾が待ってる。」
そんな中、俺はある意味ニンリルに助けられている部分が多かった。
親父も元は名のある神騎。
蘭風のお膝元で、直接聖神騎から手解きを受ける俺を村の連中は疎ましくは思えど目の敵にはしなかった。
「修行が始まって一年経った時だった。
トレーネ...俺の妹がボロボロになって帰ってきたのは...」
最初は微かな違和感だった。
時折トレーネが見せるどこか暗い表情...
当時の俺は、ニンリルの扱きのキツさゆえに見落としていた。
だが、一年。
継続すれば否が応でも身体は慣れてくる。
そんな中で、普段外遊びと言っても丘上の花畑でシロツメクサを積んでくるのが日常のトレーネが、腕や足に多くの打撲、擦過傷、裂傷...
お気に入りの服まで傷を付け、あまつさえ腕には締め上げたような圧迫痕があった。
「...」
ダムが無言で続きを促す。
先程のように優雅に葡萄ジュースを嗜む姿とは打って代わり、足を組み腕を組み、目には僅かな怒りを顕にしている。
見ると無意識に組んだ自分の腕に綺麗に整えられた爪がくい込んでいる。
「...お前がその敵意を押し留めてくれたら、続きを聞かせてやるよ...」
ハッとしたように腕の力を緩める。
俺は少し笑顔を見せ、話を続ける。
「俺に降りかかったはずの憎悪も、悪意も...
全部トレーネが引き受けてたんだ。」
本来であれば、余所者を嫌うアネモスの住民が俺たちのことをよく思うはずもない。
だが、当時の俺は移民がどのような扱いを受けるかまで考えが及ばなかった。
「大丈夫、ちょっと崖下に綺麗な花を見つけて転んじゃっただけだから。」
同時に、当時の馬鹿な俺でも、その言葉に偽りがあることくらい理解できた。
「そっから、まぁ俺も荒れてな。
ニンリルの稽古サボってトレーネに手出した奴を半殺しにして回った訳よ。」
ニンリルに殺されると思っていた。
だが、俺の予想に反し、ニンリルは俺を連れて家々に謝罪に向かった。
ただ頭を下げ、こちらの非を俺と共に詫びて回った。
「初めてだった。
俺が本気でニンリルを殴ったのも、殴れたのも...
殴り返されなかったのも...」
訓練で一度も勝てないニンリルに当たった拳が、私怨を込めた、憂さも晴れない醜い弱者のそれだった。
後に聞いた話だが、蘭風様と共に親父にも頭を下げに来たらしい。
「あの時ニンリルに言われたんだ。
力のある者が振るうそれと、弱者が振るうそれじゃ物差しが違う。
正義を掲げることはあっても翳すことはあってはならないって。」
今になって真に理解できたかは分からない。
だけど、あの時俺があいつらをもし殺していたら、それで報われるものなんて無かったんじゃないか。
今の自分ならそう思う。
「お前は、無謀だが無知ではないからな。」
やんわりと馬鹿にされた気もしなくは無いが、結局のところ、そういうことだ。
「まぁ、だからこそ。
俺は、妹に誇れる兄貴でありたいんだよ。
差別とか虐めとか、醜いものに蓋をするより...
それを跳ね除けてやれる兄貴になりたいんだ...」
しばしの静寂が辺りを包む。
宴も峠を越したのか、ヒノ達の姿は見えない。
「じゃあ、今回の任務はうんと張り切らないとな。」
「ああ、お互いのためにな。」
グラスを合わせ、残り一口となった僅かな時間分だけ...
俺とダムは微かな夜更かしを楽しむのだった...
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翌日。
昨夜の宴の熱を帯びながら朝食を済ませた俺たちは、土産に葡萄ジュースを各々一本貰いラック邸を後にする。
「みなさーん。」
「お、噂をすれば。」
駆け足でこちらに合流したククと共に彼女の方印に足を運ぶ。
「調査の方はこちらでも進めておきますわ。
それはそれとして...」
レイラがそっとリラに耳打ちをする。
「世界はアネモスだけではなくってよ。
誇れる兄になるなら、この旅は良い旅になりましてよ。」
「聞いてたのかよ。」
「職業病ですわね。」
執務室で泣きながら仕事に追われているランスに窓越しに手を振り、各々旅路の出発点を後とする。
「クク、次はどこへ行くんだ?」
方印が淡い光を放ち、俺たちは刹那のうちに海を超える。
「はい。
ここが次の目的地。」
眼前に砂に覆われた集落がそびえ立つ。
家々は木造で簡素だが、王都やアネモスとは違った人々の笑顔が見える。
そう考えていると、ヒノが前に出る。
「ようこそ、俺の故郷。
火天【アグニ】の源流、篝火の里へ。」
次回、いざ篝火の里へ




