二章「神騎候補生」- ⑫
一時間後。
リラとダムは、商業地区に軒を連ねる大層な武器屋の中で、これまた他とは一線を画すほど古びた木造の小屋を訪れる。
「本当にここで合ってるのか?」
「あぁ、サラさんのお墨付きだ。
外観はともかく、質は上物。
ただ、ちょっと厄介な点が...」
怪訝そうに扉とも言えない暖簾の中を覗くダムを他所目に、リラが中へ入ろうとしたその時だった。
「誰だ。」
簡素な暖簾を掻き分けて一人の小柄で筋肉質な男が現れる。
筋骨隆々。
男にはその一言で充分だった。
光るほどに手入れに手入れを重ねた、磨き上げられた頭部。
蓄えられた髭は丁寧に整えられ、眉間のシワは般若と見違えるほどに険しい。
上腕、胸部も素晴らしいが何よりも逞しい脚。
片脚の太腿周りだけで鎧を纏ったダムの腰周り程もある。
歩き方、立ち姿...
どれを取っても、一目で異常とも言える筋肉の付き方をしていることが伺える。
「はじめまして、マレットの爺さん。
サラスヴァティ聖神騎【パラディン】からの紹介で来た。
ユノス学園1年サード、風神騎【シルフ】候補生のリラ・ウガリットだ。
こっちは、今回バディを組む...」
「同じく1年サード、水神騎【ニンフ】候補生のダム・ラックだ。」
無言で暖簾をくぐり、リラ達に指先一つ分の行動を促す。
(サラさんの言った通りだな)
数刻前。
ダムと噴水広場で別れたリラは、商業地区の腕利きの鍛冶師についてサラから助言を受けていた。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「かなり癖もんだから、気ぃつけろ。」
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
名をマレット。
鍛冶師の里とも呼ばれる篝火の里の名工にして、当時イグニと聖神騎の椅子を奪い合った程の白兵戦の達人だった。
しかし、内戦により息子を失ってからは純神騎の地位のまま、ここで神騎のための兵装のチェックを行っている。
(武器屋とは名ばかりだな...)
ダムの視線が周囲の陳列棚に運ばれる。
商業地区の中でも武装品が並ぶこの通りで、棚に並ぶ品は鎧や防護プレート...
盾や小手など、どれも身を守るための兵装ばかりを取り扱っている。
「...んで、入り用は...」
「長期作戦があってな。
一年想定で兵装のメンテを。
それから...」
丁寧に、端的に、要件だけを述べる。
俺は軽装用の防護プレートと物資携帯用のアタッチメントポーチの発注。
ダムは鎧のメンテナンスとレイピアの新調だった。
「...わかった...
二人とも、装備を外せ。
そのメジャーで首周り、胸部、胴部、手首、上腕の測定をしとけ。
それが終わったら小僧はポーチに収容する大まかな物資を書き出せ。
それから...」
不意に深い眉間にさらに深いシワが刻まれる。
頭を抱えた老骨から発せられたこの一言こそ、彼が「曲者」と言われる由来なのだろう。
「サラから聞いとらんのか。
嬢ちゃんには悪いが、うちは武器の取り扱いはしてねぇ。
レイピアなら他を当たんな」
(やっぱりか...)
この男は、決して人に...
特に神騎に兵器を売らない...
兵装のチェックは行うが、せいぜいが刃毀れや研ぎ直しといった基本的な工程のみ。
先の内戦で息子を失ってからというもの、模造刀一本でさえ拵えていないとのことだった。
「いや、話には聞いている。
だが、こちらはこれから死地に赴く身...
腕のいい鍛冶師の拵えた得物なら、少しは長生きできると思ってな。」
「長生きしたいなら神騎なんて辞めちまえ。
戦場に身を置く時間が長いほど、自分の命も他人の命も随分と軽いものになってくる。
そうなったらもう、真人間ではいられんぞ。」
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
しばらくの問答の末、結局ダムはレイピアを新調することはなかった。
しかし、どういうことか必要な物資の調達に赴いた際のダムの足取りは思いのほか軽いように感じる。
「やけに上機嫌だな。
断られたのに。」
「なに。
彼の手元を見ればわかっただろ?」
手元...
確かに気にはなっていた。
どういう訳か、刀を打たなくなったというのに掌には真新しい幾つもの火傷や切り傷...
「私も剣士の端くれだ。
あれは、今も熱を帯びてる。」
「俺が言えた義理じゃねぇが。
あの爺さん、相当の頑固もんだぞ。
口八丁の下手くそが極まったお前が、口説き落とせるもんかね。」
近くの喫茶で軽口を叩きながらお互いの今後の方針を再確認する。
リラはこれから歌劇にご執心のピグを連れて恵土の他里で情報収集。
ダムは王都で情報を集めながら、マレットを口説き落とす。
別働隊のヒノには声をかけているため、ヒノの別任務終了次第合流。
その後情報精査の後敵勢力の本拠地制圧に入るという縮図だ。
「ピグとヒノとの合流が最優先事項だな。
多勢くらいなら何とかなりそうだが、リーダー格が厄介すぎる。」
あの戦場にいたら嫌でも感じた。
サラを前にしても引けを取らない圧倒的な威圧感...
あれは間違いなく、手を出したら痛い目を見る類のものだ。
「そうだな。
だが、情報が揃い次第いきなり本陣を叩くのは無理があるだろ。
実を避け虚を衝くが兵法の基本じゃないか?」
「まぁそうなんだが...
今回ばっかりはそうもいかん。
恐らくだが、今回の一件を俺たち学生に任せた以上、神騎側としても情報不十分なこの試合に数避けねぇってことだろ。
なら、君子曰く兵は拙速を尊ぶだ。
本来の長期戦想定よか、スピード重視の点突破の方が無理はあっても理にかなってる。」
ダムが少し長考に入る。
確かに現時点で出せる手札が限られている以上長期戦はこちらへの分が悪い。
だが、情報を開示し兵の必要性を顕にすれば軍も動かざるを得ないのではないか。
それがダムの考えだった。
「...まぁ、誰かさんと一緒でよ...」
ゆっくりと珈琲を飲みながら。
語りかけるようにリラは話す。
それは、今までニンリルにすら吐露したことのない自分の胸の内...
「早くここ卒業して、妹に言ってやりたいんだよ。
俺らの両親は、ちゃんと立派だった...てな...」
はにかんだ笑顔を見せるが、その実誰よりも家族を思う兄の顔...
ダムも口にはしなかったが、己の姉と重なるその顔に呆れながらも嘲笑など微塵も持てなかった...
「じゃあ、とりあえず定期連絡はここでするようにして、一旦解散だ。
俺はピグの野郎を引き摺ってでも連れてくる義務も権利もあるからな。」
「程々にな。」
互いに行く道は違えど、双方の足取りには確かな想いが踏み込まれていく。
今日という日は、そんな何気ない日常の一幕であった...
不定期です。
ただ努力は認めてほしい!!




