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突然ですが、娘ができました。2  作者: ほととぎす
第1章の5 中学3年生編 (日常2)
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杠藤十郎

川東老人の嫌がらせ、梨桜へ執着する同級生、それは意外な展開を見せ・・・

  【あいさつ回り】


 昨日、退職辞令を受け取り、社会から自由の身となった気がした。


 私の他に、係長以下3名も今年いっぱいでの退職がすでに知れ渡っている。そのためか特別な見送り等の行事はなかった。

ただ、社長と部長の二人だけはビルの外まで出て、私を見送ってくれた。そこにはおそらく申し訳なさがあったのだろう。

 

 昨日は文化祭の代休で梨桜も休みであり、11時には帰宅して昼飯を一緒に作った。

今、あの子が学校に出かけているこの時間にふと思うのは、こういう『専業父親』も悪くないな、という感慨である。


 一通りの片づけを終え、スーツを着込む。

今までお世話になった関連各社のそれぞれに退職の挨拶をしなくてはならない。それが礼儀というものだろう。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 先方も取っておいたアポイントの通りしっかりと空けておいてくれたため、予定通りに挨拶し終える事が出来た。

 ただ彼らが口をそろえて言っていたのが、『残念だが、今後仕事の付き合いはできない』という事だった。

 これは想定していた通りであったのだが、あの川東という老人のいやらしさも想定通りであることの証明でもあった。


 あえて『仕事内容は企業向けを考えていない』旨を直接言っておいたにもかかわらず、他社にまで圧力をかけるとは何ともあきれ果てる。


 午後3時過ぎ、数日分の食材とともに帰宅したところで、スマホが鳴った。


『ああ、本間君、霧島だ。昨日は大した見送りも出来ずすまなかったね。』

電話の主はなんと、霧島部長だった。


「いえいえ、とんでもありません。お二人が見送ってくれただけで十分です。」


『それでな。また一つ困ったことを言われてしまってね。

 今後しばらくは君の力を借りられると思っていたんだが、

 あの老人から直接くぎを刺されてしまったんだよ。

 それでなくてもどうにも手が回らない状態だと言うのに。』


 部長との間では、当面の協力体制ついて話はついていたのだが、そこにすら介入して来たらしい。既に運用しているシステムについては、今いる人材で今年中は何とかなるだろう。だが新規案件については新しく1課に来た杉谷では私のようにはいくまい。さらに年明けからは主力2人の係長と芹野もいなくなる。我々の協力なくして、滞りなく仕事を進めていくことなどとてもできないと言う事すら、あの老害には分からないのだ。ここは社長に頑張ってもらわないと会社の信頼すら損なわれかねないのだが。


「参りましたね、正直我々でどうにかできる事じゃありませんし。社長に頑張ってもらうしかないんですが。」


『そうなんだがね。君の方でも何とかできないものかなと、どうかな?』


どうやら、あの老人に頭を下げて軍門に下ってほしい、そう言っているようだ。


「残念ですが、それはどうにもなりません。あのような人に下げる頭もありませんし、それを置いておくとしても、狙いは娘ですからね。こればかりは部長の頼みでも聞けません。」


 老害の狙いは単純だ。圧力をかけて私を鎖につなぎ、梨桜を孫に与えたい。それだけなのだ。


だが残念ながら、私達二人が何不自由なく生活していく事も、これから起こす会社を健全に存続させていく事にも、何の不安もない。


 会社にも部長にも恩はあるが、一番大事なのは梨桜だ。

あの子の将来と引き換えられるものなど、何一つありはしない。


「ただ部長、他の手が無いかどうか、私も考えてみますので、部長も人員補強の方、引き続きお願いします。」


『あ、あぁ。そうだな。変なことを言ってすまなかった。』


 とは言ったものの、協力会社的な立ち位置が取れないのみならず、かつての知り合いとの間でも仕事のやり取りができない、となると迂回して仕事を受けることもできない。以前とは違いデータの持ち出しなどは厳しく制限されていることを考えると、取りうる手段は多くなさそうだ。



  【梨桜】


 文化祭の翌日、編んだ帽子を杠さんにプレゼントすると、それはもう大喜びしてくれた。お父さんの実家にはまだ帰ったことが無いのだけど、写真だけは見せてもらった。


 お父さんはおばあちゃん似かな・・・。


 そうしてあっという間に4日が過ぎ、今日出ればまた休みだ。


 お父さんが会社を辞めてから毎日がとっても楽しい。

毎日の『行ってらっしゃい』、『おかえり』が、こんなに嬉しいものだなんて思ってもみなかった。

 あれ?じゃぁ、お父さんは一年間この幸福感を味わっていたんだ!

うん、これでイーブンね!(笑)


「ちょっと梨桜~、突然笑いださないで。(笑)」


あ。しまった!(笑)


「ごめん、ちょっと幸福感に浸っていたのですよ。」


「もう、とんだ甘えん坊さんだね。

 うちにパパがいるだけでそんなに喜ぶなんて。

 てか、会社はいつからスタートだっけ?」


「1月5日って言ってたよ。前の会社の人と4人で始めるみたい。」


「そこには芹野さんも当然いるのよね?

 あ~、そういえば、文化祭の日にちょっとした話題になってたよ~、

 美人ばかり4人も連れていたとかなんとか。(笑)」


「あはっ、芹野さんが朱音さんと沙由里さん連れて来てくれて、縁君のお母さんも来たからね~。」


「あの二人も、ぐっと女っぽくなってたね。

 芹野さんも相変わらず綺麗だったし、

 土井君のお母さんには、ほんとびっくりしたよ!」


「でしょう~(笑)」


「で~、芹野さんの事は特に話題になってた。

 もうラブラブ・イチャイチャだったって、本当?」


「え~~?それ聞いてないっ!、

 縁君にバトンタッチしてからだなっ!

 よ~~し、後でお父さんを問い詰めてやる~~。」


「ていうかさ、呼んだの梨桜だよね?」


「あ。バレた!、え?なんで?」


「ん~~、その辺、ちょっと分かんなくてさ。

 くっついて欲しいような、欲しくないような、どっちなのかなって?」


「それは、んっとね、・・・あ。そろそろ学校だ。

 ごめん、あとで、ね。」


 私のたくらみを話したら、紗奏は引いちゃうかな・・・。


  ◇ ◇ ◇ ◇


 今日もあっという間に一日が終わり、さて帰ろうかって話をしていた、まさにその時。


 (ガラガラガラガラ。)


「本間と白石はいるかー。」

担任の古井先生が放課後の教室に顔を出した。


「は~い、なんでしょう~。」


「悪いな、時間があったらちょっとだけ来てくれないか。」


「は~い。ちょっとトイレ寄ってからでいいですか?」


「ああ。それじゃ、職員室で待ってるから。」


 私は紗奏に目配せして、トイレに誘う。

直感で、『あ、来たな』って思ったのだ。

文化祭の後、お父さんに相談して、紗奏とも打ち合わせ済みの案件だと予想した。


「どしたの?」

「たぶん、あれだと思う。だから念のため、これ。」

そう言ってポケットから取り出したのは、お父さんから貰ったパーティグッズ、『ボサボサヘアー』スプレー。


 文化祭の時、縁君が言っていたように、『私と紗奏のこと』に気づいた子がいたとすると、もしかするとやって来るかもしれないそう言う関係者。


 自意識過剰かもしれないけど。


 だけど、あの時の映像からアレが私達だとは(たぶん)到底分からないはず。だから、おそらく『声が似ている』という理由からだろうと言う事になり、大きく二つの戦略を立てていたのだ。


 ただ、どちらにせよ共通した前提が、今の見た目を崩すこと。

そのためのこの『ボサボサヘアー』スプレーなのです。


「あんまり掛け過ぎると、こないだみたいになるから、ほどほどにね。」


そう言って、頭に軽く吹きかけて、手櫛でボサボサってする。

「アハハッ、ウケる。」


ちょっとだけやり過ぎた。

もう、寝ぐせみたいだ。(笑)


 ほんの少し元に戻して落ち着け、職員室に行くと、校長室に案内された。


「あぁ。悪いねぇ。そんなに手間は取らせないから。」


校長先生はにこやかにそう言う。

私達が並んでソファに腰を下ろすと、校長先生は話を続けた。


「二人に会いたいと、芸能事務所の方が見えているんだがねぇ、

時間はあるかなぁ?もっとも、時間はあっても会いたくなければ私の方で断っておくから心配はいらないんだがねぇ。」


「別のところで待ち伏せとかされると困るので、お聞きします。」


ここは前もって立てておいた戦略通りに進める。


「うん。それじゃ呼んでくるから。

 私は外すけれども、イヤなことを言われたらすぐに呼んでくれて良いからねぇ。」


そう言って、校長先生は出ていった。

物腰から何から何まで、まるで仏のような校長先生の名前は何と「一文字正宗」という。

とてもよく切れそうな名前なのだ。


間もなく、中年というにはちょっと失礼に感じる男女二人が入ってきた。

私達を視界にとらえた時のその表情で、『これは勝ったかな?』って思ってしまった。イメージダウン作戦、まずは成功。


「初めまして、駿河と、谷川といいます。」


そう言って中学生の私たちに名刺を差し出す二人。


「はい。始めましてー、あたしが白石で・・・」

「私が本間と言いまーす。」


「この間の文化祭での映像、拝見いたしました。

 とてもお上手でびっくりしました。

 そこで、単刀直入にお聞きしますが、お二人はYoutubeなどの活動はなさってますか?」


(これはプランBで行けますね。大丈夫です。)


「いーえ、まったくー。」


回答役は、私よりはきはき喋れて押しも強い紗奏にお願いした。


「そうですか。

 実はこの文化祭の映像を見た方や、うちのスタッフの何人かも、お二人がある方に似ている、と申しておりまして、それを確かめたくてこうして伺ったのです。」


そう言って、以前上げた動画から印刷したと思われる写真を目の前に開いた。


「あー。二人の歌姫ね。知ってるー。

 去年凄く話題になったよねー。

 ひょっとしてこの歌姫に似てるの?私たちが?

 私たちまだ中学生だよー?」


 ぷぷっ、打ち合わせ通りとはいえ、紗奏のこんな口調を聞くのは初めてでとても可笑しくなる。


「ええ。若いのか大人なのかちょっと分からない、ミステリアスな感じも人気になった理由でしたよね。ひょっとしたら高校生くらいかも?なんて意見も出ていたんですよ?」


「そうなんだー。絶対25歳位だよー。

 見た目のまんまだって。」


「私達も個人的には、そのくらいの年齢かな?とは思いますが。

 お二人の声もかなり似ている、なんて意見も出まして。

 こうして時間を割いていただいた次第なんです。」


うーん、私達のフレンドリーというか、ちょっと無礼なものの言いように、あくまで丁寧に応じてくれるこの二人。


なんだかだんだん気が咎めてきてしまう。


「あたしたち、凄く良くカラオケ行くけど、そんなこと言われたこと一度も無いよねー?」


「うん。ないないー。

 声、ぜーんぜん違うと思うよー。

 ほら、私達『こんな』、『こんな』」


ちょっとわざとらしいかな?


「それにねー、こういう綺麗な人たちに間違えられるのって、決して嬉しいばかりじゃないんだよー?

 今こうやって事務所の人たちと話してるのが誰かにバレたくらいでも、『いい気になるな』みたいに叩かれるかもしれないしー。

 そしたらあたしら、自殺もんだよねー。」


「うん。ネットって怖いよね。

 炎上されて自殺してる子、いっぱいいそうだもん・・・。」


「ええ、それは分かります。

 我々も、仕事でして、念のため、という事で。

 お話もお聞き出来ましたし、この事はしっかり上に伝えますので、あまりご気分を悪くされないでくださいね。」


「はーい、分かりましたー。」

「よろしくお願いしまーす。」

どうか無礼を許してください、そう思い心から頭を下げた。

その頭が、

 『ゴチン!』

とテーブルにあたり、その場の雰囲気が壊れる。


「あははっ!

 あっ、ごっ、ごめんなさい。大丈夫?」

「イテテテテー。」


そう言って、私は頭をさすっておく。

不慮の事故とはいえ、ちょっとはこの人たちの慰みになったかしら。


その後、二人は何事もなかったかのように、あくまで柔らかい表情で校長室を後にしたのだった。


「なんかちょっと後味悪いね。」

「うん。ごめんね紗奏。嫌な役押し付けて。」

「いいっていいって。梨桜のフォローも凄く助かった。

 アイドル達でさえ、ほんのちょっとの失言であんなにボロボロになるまで叩かれる世の中だもん。関わらないように注意しないと。ていうか、最後のアレは演技じゃないよね?(笑)」



 (ガラガラガラガラ・・・)


「終わったようだねぇ。二人とも。

 大丈夫だったかな?」


「はい。校長先生、すみませんでした。

 芸能界と関わりたくなくて、ちょっと悪い子になりました。

 いい印象を持たれたくなくて・・・。」


「あぁ。そうなんだろうとは思ったよ。

 いつも綺麗にしているのに、今日は頭もボサボサだからねぇ。

 私も、可愛い生徒を彼らのいる大変な世界には、できれば関わらせたくないんだ。」


 そう言った校長先生は、なんだかとても重いものを背負っている、そんな気がした。

 長く教鞭をとっていると、良かれと思ったことが思わぬことになってしまう、そんなこともあったのかもしれない。


  ◇ ◇ ◇ ◇


「お疲れ様、思ったより早かったね。」

「ごめんね、待たせちゃって。」

「いや、僕が勝手に待ってるだけだから。」


 そんな私たちを、紗奏は目を細めて見つめている。

う~~ん、何か盛大に誤解されていそうな気配がする・・・。


◇ ◇ ◇ ◇


 彼女たちの用事が早かった、という事はバレなかったと思っていいのだろう。そう言う車が横付けしていたのは気づいている。


ただ、今日は気がかりなことが一つあった。だからたとえ遅くなっても僕は待たなくてはいけなかった。


 帰り道。

彼女たちはどうも元気がない。

作戦通りとはいえ、だいぶ気に病んでいるように見えた。

僕は『普通の中学生ならその程度の物言いはよくある事だ』と一応励ましはしたのだが、彼女らの心に刺さったイガイガを取るまでには至らない。


 こういう時、無理に明るい話題は逆効果だと言う。

だから僕は繰り返し、若い子の少々生意気な物言いなど大人にすれば可愛くすら映るものだ、だいたい小生意気な小学生に怒り出す大人なんていないだろう?むしろ撫でてやりたくならない?等と子供だから歓迎されることもあるのだと、少しだけ一生懸命になった。


いや、僕としては相当一生懸命に伝えた。


 こういうのは本当に苦手だ。

僕はつくづくそう実感する。


しかし・・・


 (むに~~・・・)

 突然伸びて来た手が、僕の頬を引っ張った。

「ありがとう、縁君。」


「ふぁ、ふぁあ。」


「縁君ってさ、いつ頃からそんなに達観した感じになったの?」

「達観、なんて立派なもんじゃないよ。

 なんでもかんでも深く考えるのが好きなだけの、変り者だ。」


「確かに変わり者だよね~~、この変わり者~~。」

そういって、また頬をつっついてくる。


平静を装ってはいるが、触れられた頬が熱い。


「ん~~・・・? ん~~?

 紗奏がイヤらしい目で見てる~!」


「アハハッ、この目のどこがイヤらしいのよ?」

(そういって、長いまつ毛をぱちぱちとさせる。)


「このへ~~ん!」

(と言って、今度は白石さんの頬をつっつく。)


 どうやらいつものスイッチが入ってしまったようだ。


(ガバッ!)


「わっ、わぁ~~」


(ぎゅ~~)


突然、白石さんは彼女をハグし、

そして目線を僕に向ける。


「どう?土井君、

    羨ましい?」


「あ、あぁ。うん。」

思わずそう言ってしまった。


『ウン』はまずいだろ、『ウン』は。


「土井君もハグしたいって~

 どうする~~?」


「えっ、いや、さすがにそれは!」

「えっ?嫌なの?」

「嫌というか、ほら私たちまだ中学生!

 中学生だから、ダメです!」


(嫌じゃないのか?嫌じゃ?

      高校行ったらいいのか?)

・・・まずいな。思考がプラスに向きすぎてる。

だが、もうほんの少しだけ距離を詰めても良いのかもしれない。


「アハハ。」


 そう軽く微笑んで彼女は梨桜さんをゆっくり離した。


少し肌寒い午後の駅前通り、周りの視線はちょっとだけ二人に集まっていた。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 電車で一駅揺られる。

白石さんと別れ、数分後には僕らの駅に停車する。


さて、僕の予想が正しければ、今日で梨桜さんの真のストーカーに繋がるはずだ。今日、たまたま欠席になっていた彼は、あの日もたまたま欠席だった。


梨桜さんを誘拐した後、どこに連れて行こうとしていたのか。

母さんも言っていたように、こんな町中に監禁することなど到底できない、いやかつてはそう言う事件だってあったが、こことはだいぶ条件が違う。とすると、郊外のどこか、という事になり、当然親も絡んでいると言う事だ。


一体全体どういう家族なのかと疑問は深まる。


駅からマンションまでおよそ10分ほどの道のりの間に、建設作業中になっている区画がある。

何か仕掛けて来るなら、そこだろう。

程よく体を緊張させたままゆっくりと帰路を進む。



「よぉ。今日が命日だなぁ。クソガキ。」


 そう言ってその作業現場敷地内から現れたのは、以前僕が相手をした不良達。

いくらなんでも分かり良すぎて呆れてしまう。


この間より人数は増え、5人だ。

こちらが怪我を負わず、梨桜さんには指一本触れさせず、相手にも怪我をさせず、無力化し、確保する。

少し骨が折れるな。


そう思っていると・・・


「私右。」


小声で彼女がそうつぶやく。

5人とも刃物を持ってる。殺す気で来るのなら、振り回さず刺してくるはずだ。立っている位置取りとその顔つきから、2の4の1の刃物を蹴って3の5。そう目算する。


 決して自分程度の眼力に溺れるわけではないのだが、思った通りに相手が出てくれた。

 踏み込みも甘く、速度も遅い。

 思い切りもない。そんな気持ちでは人は刺せない。

 (・・・たぶん。)


想定通り初めに動いた2番目を制し順番に無力化できた。


 ただ一つ計算違いだったのが、僕がそのナイフを蹴り上げる前に、宣言通り一番右の男を梨桜さんが無力化したことだった。突いてきたナイフを交わして懐に入るなど、とんだお姫様だ。


 君にかすり傷でもされた日には、僕が僕を許せなくなっただろう。

 どれだけ自傷を繰り返しても死ぬまで許せなかったはずだ。


いや、今でさえ彼女にそう言う行動をとらしめたことだけで、僕は僕に腹が立っていた。


「悪くねーじゃねぇか、縁。」


僕のそう言う後悔をよそに、剣崎さんが『そいつ』の首根っこをひっ捕まえて引きずってきた。


そして、後方からは警察官が2人走ってくる。


剣崎さんに引きずられてきた本郷は涙目になり、『自分は怖くて助けに行けなかっただけだ』と必死に訴えていた。


残念だが、家宅捜索を受ければPCの履歴から明らかになるだろう。

何なら、お前が手に取ったと思われるノートだって僕が持っている。


◇ ◇ ◇ ◇


 警察署で1時間ほど事情を聴かれて外に出ると、お父さんが迎えに来てくれていた。


「大丈夫か?」

「うん。頼れるガーディアンがいるからね~」

そう言って、横にいる彼をぽすんと叩く。


「そうか。縁君も怪我はないか?」


「はい。大丈夫です。

 それより、すみません。

 梨桜さんを事件に巻き込むようなことになってしまって。」


「いや、どうやら以前の事とは無関係そうだ。

 そうなんだろう?」


この間の事とは無関係?

そういえば、剣崎さんに連れてこられた彼、

今思えば縁君もさも当然のようにしていたけど、

彼はどう関係しているのだろうか?

警察官にも聞かれたけど、私は彼について『小3年の時と中1の時の2度一緒のクラスになったことがあるだけで話したことはほとんどない。』としか説明できなかった。


「はい。実は隠れていたストーカーがようやく尻尾を出してくれたようです。この間の誘拐未遂事件もおそらくはその彼の依頼でしょう。」


 と、そこへ警察署から出てきた剣崎さんが会話に加わる。


「いつでも飛び出せたんだがなー。

 今日は縁に花ぁ持たせた。」


そう言って縁君の頭を撫でる。


「にしても、姫には驚いたよ。

 てっきり縁の後ろに隠れてるもんかと思ったらよ、

 あんまり無茶しちゃいけねーよ。」


「はい、すみません、ご心配おかけました。」

私は渾身のお詫びをする。

そうだよね、当然見てくれているはず、何も心配いらなかったはずなのだけど、あの時はそのことがストンと抜けていたのだ。


やがて、ぞろぞろと警察署から出てくるこわもての人たち。

皆、私にとってもよくしてくれる優しい人たちだ。


「これで解決だといいんですが。どうでしょう?」

そう言うお父さんに・・・


「あぁ。あのガキがチンピラと話をしてるとこもちゃーんと撮ってある。縁の言うとおり、仕組んだのはヤツで間違いないだろうし、言い逃れは出来んだろ。それにあのチンピラどもも保護観察中の殺人未遂だ。ま、逆送は難しいにしても今度こそ少年院は堅いだろうな。」


 警察署の敷地を出ると、タクシーが3台停まっている。


「これからもお世話になりますが、ひと段落という事で旨いものでも食いに行きましょう。」


 そう言ってみんなでタクシーに乗り込んだ。

どうやら行先は決まっているらしい。



  【伸朋】


 明くる週は、設立する予定の会社について細部まで検討していた。

部長への協力については、何とかできないものかと、古巣の会社には全く関連のないところも当たってみたのだが、同じカテゴリーの会社には等しくあの老人が圧力をかけていたようだった。

 想像以上にやっかいでしたたかな奴だと思う反面、なぜそれほど力を持ちえたのか疑問が浮かんだ。


 晩飯の仕込みもあらかた済み、たまには映画でも見ようかと思い立って、外へ出た。


「あら、丁度良かった。今お伺いしようと思っていたところなの。」


ばったり出くわしたのはお向かいの気立ての良いご婦人、杠さんだった。


「今日は、今日はまたいい天気の分、ちょっと冷えますね。」


「そうねぇ、こんな日にはお鍋でもつつきたくなりません?」


ん?これは招待されているのだろうか?


「そうですね、鍋の恋しい季節になりました。」


「でしょう。実はね、主人が本間さんの独立をお祝いしたいそうなのよ。大変急なのだけれど、明日あたり、いかが?」


 これにはさすがに驚いた。数えるほどしか会ったことが無いと言うのに。

 しかし、彼女のかぶるその帽子を見てはたと気づく。

実はこのご婦人の強い提案なのかもしれないな。


「ええ、私の方は勿論大丈夫ですが、娘も連れて行って平気ですか?」


「ええ、ええ、もちろんよ。

 腕によりをかけて作りますからね。

 楽しみにしていてくれると嬉しいわ。」


 なんと、ご婦人自ら腕を振るわれると言う。


「もしあれなら、娘も4時過ぎには帰りますし、

 お手伝いにどうでしょう?

 あの子も喜ぶと思うのですが。」


「まぁ、それはとっても楽しみね。

 梨桜ちゃんが良ければ是非お願いしたいわ。」



  【杠藤十郎さんのお招きと一人の珍客】


「それじゃ梨桜、今日はまっすぐ帰っておいで。」

「は~い。千代子さんにいっぱい習おうっと。」

そう言って娘は出かけて行った。


 その後ろ姿を見て、一つだけほっとするのは、あの川東老人があの子には悪さを仕掛けていないと言う事だった。ひょっとしたら学校であらぬ噂などを立てられてしまうのではないかと、いくつかのカウンターも用意していたのだが、不要だったようで安心する。

 もっとも、あの子への嫌がらせはそのままあの子に嫌われるという結果になる。それ位の算盤は弾けた、というだけかもしれない。



 ◇ ◇ ◇ ◇


 今日になって、ようやく元いた会社との仲介をしてくれるところが見つかり、とりあえずしばらくの間だけは力になれそうだと安堵した。

 メインがソフトウェア、ではなくほんの自社内開発のためにやっている所をあたってみたのだ。

 さすがにこのレベルに落とせば、町中にあふれており一個人レベルでは介入不可能だろう。


 晩飯の支度が要らない今日は少しのんびりするとしよう、そう思い久々に積んだままになっている本の中から一冊を手に取る。


 3時過ぎ、『カチャリ』と玄関の方から音がした。

梨桜が帰って来るには早い、だがここのセキュリティは十分高い、ましてやこのマンションの合鍵など作れるとは思えない。

 そう、少し訝しみつつソファから腰を上げたところで、


「ただいま~~」

と、可愛らしい声がした。


「お帰り、今日は早かったね。びっくりした。」


「へへ~~、水曜日は5限なのですよ、お父様。」

 父親失格だな、一年一緒にいて今日初めてそれを知った。

この時間から、私が戻る7時過ぎまで・・・どれだけ寂しい思いをさせた事だろう。


「じゃ、さっそく着替えて行って来るね~~。」

と言って、もう上着を脱いでいる。


「ちゃんと部屋で着替えなさい。」


「は~~い。

 (急ぐんだもん)」


小さく不満を言う声が聞こえた。

よほどお向かいさんに行くのが楽しみのようだ。



梨桜を送り出し、続きを読むことにした。

好きなシリーズは出るとすぐに買うのだが、なかなか読む時間が無かったり、そう言う気にならなかったりしていた。梨桜と一緒に読むときは、なぜか私もラノベに手が行ってしまう。故に積んであるミステリ系、文学系の本はたまる一方で、そろそろ電子書籍にした方が良いのだが、紙が好きな私はなかなか電子化に移行できそうもない。


一区切りまで一気に読み、気が付くと2時間くらいが経っていた。


 ◇ ◇ ◇ ◇


6時になる僅か手前で部屋を出る。

こういった折、遅すぎては勿論ダメだが、早くてもダメなのだ。

ビジネスに浸かった人間はえてしてそこを勘違いする。


部下に教えるときには3分遅れて行けと伝えている。

理由はそう深くはない。5分とかでは記憶に残りにくいし守られにくいからあえて中途半端な時間を言っているだけだ。


マンションを出ると、和装を着こなす大丈夫がすでに門の前に立っているのが目に入った。


「今晩は、今日はお招きいただきありがとうございます。」

「今晩は本間君。さぁ。」

そう言って中に案内される。


 座敷に通され、まずはご挨拶をと思ったところで、


「あぁ、堅苦しい事は省こうか。

 今日は君のお祝いだからね。」

 そう言って、座敷の一番奥の席まで案内され、杠さんとは向かい合って座ることになった。


こうして間近で見ると、とても大きな圧を感じる。

いやはや驚くほど立派な御仁だ。


 程なく、ご婦人と梨桜、そしてなぜか芹野が料理を運んできた。


「私は客人にそんなことはさせられないと言ったんだが、彼女がどうしてもというので、折れてしまったよ。」


そう言ってからからと笑う。


「一緒に独立することになった皆を招待したんだが、青木君と鈴木君はとても忙しくて外せないらしい。それも無理ない事だが。」


驚いた。

そんなことまで知られていると言う事もだが、

それほど大切に思われている事実にたじろいだ。


「今日は本当にありがとうございます。」


「さっ、あなた。」


「今日はただのご近所づきあいだ。堅苦しい事は無しにして楽しもう。

 本間君、成功を祈っているよ。」


      『乾杯!』


「 「 かんぱーい! 」 」


 目の前の大皿には、透き通った綺麗な刺身が並んでいる。

 フグ、だな。


「千代子さん凄いんだよ、これ全部自分で捌いたの。」

「凄いな、皿が透けて見える。」

「さぁさ、どんどん召し上がってね。

 すぐに鍋も煮えて来ますから。」


「今日はね、い~~っぱい教わっちゃった。

 今度から、たまに教えてくれるって!」


 梨桜はそう言って目をキラキラさせている。

よほど勉強になったと見えるな。


「今日は私までお招きいただきまして、ありがとうございます。」


「そう畏まらんでくれ。私達には子供がおらんでな。

 千代子にとっては、この本間君が子供のように感じるらしい。

 さしずめ、芹野君は息子の嫁候補と言ったところかのぉ。」


そういって、また『ふぉっふぉっ』っと笑う。


超一流企業系列の会社から一緒に独立しようと言うのだ、そう思われても仕方がないな。


注ぎつ注がれつ、人肌に温まった日本酒を飲む。

話は経営学、経済学の事が殆どで、独立したばかりの私を導こうとしているかのようだった。


女性陣の方はというと、3人で料理の話をして盛り上がっているようだ。

もっとも、すぐ隣にいると言うのに私の耳には届かない。

それほど、杠さんの話から耳が離せないのだった。


 ◇ ◇ ◇ ◇


宴もだいぶ盛り上がった頃、座敷の外から声が掛かった。


「旦那様。」


「うむ。通してくれるか。」


程なくして、同じように座敷の外から声が掛かる。

「お召しにより、参上いたしました。」


ん?この声は・・・まさかな・・・。


「うむ。よろしい。」


すっと襖を開け、姿を現したのは、なんと川東老人だった。

ただ、まだ面は上げずじっとそのままの姿勢で待っている。


これはいったいどういう事だろう?

この宴にはどんな意図が?

そう、不安が持ち上がる。


「話は聞いているよ。川東君。」


「はっ、はい、どの・・・お話でございましょうか?」

「面を上げてごらんなさい。」


川東老人が顔を上げ・・・

そして、目を丸くして言葉に詰まる。

・・・その呼吸も、その動作もすべてが凍り付いたかのように止まった。


「申し開きがあるなら、聞くよ。」


「はっ、はっ、もっ、申し訳ございませんでした。

 そうとは存じ上げず。」


「うむ。引き際が遅れてはいかんよ。

 総会で恥は晒すな。」


「はっ、はっ、はいっ、たっ、直ちに。」


「それと。

 君の進退はうちの事情。

 『電算』の事はあちら次第だ。

 それも弁えておくよう。」


「はっ、ははぁ」


「うむ。よろしい。」


 そっと襖を閉めて川東老人は下がっていった。


「伊織、早まったことはさせんよう。」


 杠さんがそう声を掛けると、襖の向こうから、『はっ』とだけ返事があり、その気配が消えた。



 私たち三人は完全に固まってしまっている。

よもやまさかのこの老人のその素性に。


「本間君、すまなかったね。」


「いえ、何と言っていいのか・・・」


「もう引退した身なんだが、それでも『相談役』などというものをやってくれとせがまれてな。まぁ、それもこういう時くらいは役に立つ。」


「あなた。」


「おお、そうだったね。

 さぁ、飲みなおそうか。」


 ◇ ◇ ◇ ◇


「それでな。二つほど頼みがあるんじゃ。」


「ええ、何でも言ってください。」


「さっきのアレの息子もな、どうもよう人を育てられん男らしゅうて、不遇をかこっとるのがおるんじゃ。総務、経理畑なんじゃがな。うちからの出向で構わんし、どうかのぉ?」


だいぶ酔いも回って来たらしく、ずいぶん口調も砕けている。

反対に、私の方はいくら飲んでも酔えずにいた。


「ええ、そう言う事でしたらむしろありがたいです。

 ウチは技術屋ばかりですし。」


「おぉ。そうかそうか、ありがたいのぉ。

 あと一つなんじゃが。赤城がのぉ。」


「社長が?」


「うん。一課の後釜を任せられるのがおらんらしゅうてのぉ。わしも見せて貰ったんじゃが、なんじゃありゃぁ。どうしてああも差が出るんじゃ。他のもんが遊んどるように見えてしまう。」


「開発は、最初が肝心ですから。それだけでずいぶん後が違うんです。手戻りが一番痛い。」


「ほかほか、わしにぁあよう分からんが。

 そいでな、どうしても君のとこに一課に入ってほしい言うてなぁ。

 しかし、君はもう退職しとるじゃろ?

 出向ちゅうても、こんだぁ権威の勾配が崩れるじゃろう。」


「ええ。いわば下請け的になりますからね。」


「そうなんじゃよ。そいで一番困るのが意思決定じゃな。

 ダメなやつの意思決定程損をするもんはない。

 そいでな。二つ目の頼みなんじゃが、電算の非常勤の取締役をやってはくれんかのぉ。来月にぁあ臨時の総会をやるし。」


「しかしそれでは、逆にバランスが崩れませんか?」


「いや、それで丁度えぇんじゃ。

 それでだいたい次長クラスのように感じるはずじゃ。

 霧島は君をよう分かっとる。

 反対に、杉谷じゃぁまだまだ足りんからな。」


 私は相手に対してこれほど驚いたことはほとんど記憶にない。

小学校の頃、稽古をつけて貰った階生さん以来だろう。


「私にそんな大役が務まるでしょうか?それが不安です。」


「務まる。

 わしのたった一つの自慢が、この目じゃ。

 それ以外になーんも取柄はないからのぉ。」


「そうまで言われては、断れません。

 取りえのない身ですが、謹んで。」


「おぉ、おぉ、ほかほか。これであそこも今まで通りじゃな。」


 ◇ ◇ ◇ ◇


 そしてさらに夜は更けてゆく。


「しかし、あのこうやまきは立派ですね。」


そういって、雪見障子から覗く古木を指してみた。


「おぉ、あれはな。」


なんと、老人の目から涙が一滴こぼれる。


「あれは、時の陛下から賜ったものなんじゃ。

 年が明けると、316歳になる。正月の20日での」


「立派なわけだ。

 うちの子があの木を描いたんです。いい出来で。」


「おぉ、・・・それを見せてはもらえんかのぉ。」


「えへへ。じゃ、すぐ持ってきます!」


そう言って梨桜は走って出ていった。


「樹、よろしゅう」


「はっ」

そう声を掛けられ、一つの気配が現れて、すぐに消える。


もう何を驚いていいのかよく解らなくなってきた。

この家じゅうに何十人も忍者がいるのではないのか?


 ◇ ◇ ◇ ◇


「はい、あんまり上手じゃないよ?」


「おぉ・・・おぉ・・・。」


杠さんの目からはとめどなく涙が流れ落ちる。


「亡くなった恋人に似たのかもしれません。

 私にはそう言う才能が無いので。」


「いい絵じゃ。

 困ったことがあるとな、わしはいつもこの木に抱き着いて

 悩みを聞いてもろうとった。

 だから、よう分かる。

 木の幹も枝ぶりも、あの木そのものじゃ。」


「ありがとう、お爺ちゃん。

 下手だけど、それ貰ってください。」


「ありがとう。ありがとうな。梨桜ちゃん。」


いつの間にかやってきたたまちゃんが、梨桜の膝にのり、

そして丸くなった。


みなさま、新年あけましておめでとうございます。


心よりお喜び申し上げます。

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