縁君のお引越し
父親が異動することになり、息子の縁は本間父娘のマンションへ引っ越すことに。
※作中の地名、団体名等は架空です。
【縁】
父さんの異動は7月1日と内示がでて、僕の転校は2学期の9月からという事になった。
スマホに登録されている、梨桜さんの電話番号、メルアド、Lineを繰り返し見ては、どれで連絡したら妥当なのかと悩んだ。
『決まったら連絡してね。』と言われているから、連絡しない選択はない。
電話はこの中で一番距離感が近いし、選択としてはたぶん下位。
すると、メールかLine。
丁寧なメール文を打ちたい気持ちはある。
だけどそれだと重いか。
Lineメッセージにすると反対にちょっと軽そうに見えないか?
そう考えたが、やっぱり送りたい方で送ろうと決め、メールで連絡することにした。
あれから一週間、僕は相変わらず勉強の合間と寝る前には彼女の歌を聞いている。はるか遠い存在だと思っていた彼女がこうも身近だっとと知り、気持ちに変化があるのかと思っていたのだけど、特にそれもなさそうだ。
【梨桜】
『容疑者xの献身』以来、私は『東野圭吾』さんの小説を読み漁っている。
お父さんが最初に進めてくれただけあって、これは本当にガチ泣きした。本を読んで『ヒック』ってなるまで泣いたのは初めてのことだった。
あれからまずは『ガリレオ』シリーズを読み終えて、今は加賀刑事シリーズを読んでいる。
なるほど・・・こうして警察官の仕事に詳しくなっていくのね、お父さん。
と、携帯が着信を告げる。
見ると、縁君からのメールだった。
まぁ・・・。
思わず私は唸ってしまう。
時候の挨拶に始まり、7月1日に父親の異動があり、2学期・9月からこちらの学校に転校する旨が丁寧に綴られている。
・・・これは重い。
どこかの国語教師みたいだ。
そこで私はすかさず返信することに。
『了解だよ。引っ越しには手伝いにいくね、あと文面堅すぎ。(笑)』
そういえば、目標はお父さんって言ってたからなぁ、国家公務員を目指すとなると、大変なんだな。
【土井家の引っ越し】
「おー、悪いな。」
「いや、これでおあいこだ。」
今日は土井さんの引っ越しの手伝いに来ている。
といっても、土井さん達の引っ越しは業者を使うらしいので、縁君分の引っ越しだけだ。
僅か一週間とはいえ、元住んでいた部屋に同級生が住まうことになり、荷物を運び入れる。
なんだか複雑。
「しかし、1年も売れ残ってたんだな、お前の元の住処も。」
「なつかしいな。」
その会話を聞いてた縁君は、ちょっとびっくりしている。
「私は一週間しかいなかったんだよね、ここ。」
「あの時はほんとにびっくりした。
いきなり、『あなたがお父さん』って言われて。」
「良く受け入れてくれたよねぇ。」
「あの時は・・・たとえ嘘をついてでも唯さんの娘のお前を放ってはおけなかったからな。」
「ん?どういうことだ?」
「お父さんは、私が訪ねてきた時、私のことを知らなかったんです。」
「まぁ、・・・そうだったの。」
「もうすぐあれから1年か。」
・・・
梱包を解いて仮置きしたところで、
『こんなもんか、後は自分で好きに配置しろ。』
と土井さんが言い、私たちは少し遅いお昼を食べに行くことに。
近くて安くておいしい、いつものファミレスだ。
【伸朋】
「今度はどこへ行くんだ?」
「警察庁勤務だ。」
そりゃそうか、つまらない事を聞いたなと我ながら自戒した。
異動の話を聞いたのは、本人からじゃなく梨桜からだった。こいつを見ていると、自分から進んで貧乏くじを引いてるようにも見えるが、本人は意外とそれが気に入っているらしい。
去年、この町に異動してきたばかりの時は何も気にしていなかったのだが、その後すぐに警察官の変化が見て取れるようになった。
まず、一番目にする交番勤務、それから交通課の取り締まり、このあたりの物腰がはっきり変わってきた。
(もっとも、私が日ごろ目にする範囲という極めて狭いエリアでのことだが。)
事件、事故件数の低下は県警HPでも紹介されており、いつかの挨拶でも総務部長自らが盛んに『県民の皆様のおかげ』を述べていたのは記憶に新しい。
一警察署長が変わった位でここまで県に影響はないだろうから、こいつの存在が県警上層部に影響を与えた、と見るべきだろう。
トップの意識が変われば、会社が変わるのは自明だが、トップの意識を変える部下というのもなかなかいるものではない。
こういうヤツにはさっさと上に上がってもらいたいものだが・・・
「そのまま管理する立場になれ。」
「署長も悪くないぞ。」
「とはいっても、間もなく警視長に上がるだろ?
部長クラスになるんじゃないのか?」
「お父さん、それってきっと小説の知識だよね?」
「バレたか(笑)」
最近、この子はやたらと推理ものや警察ものの小説にはまっているようだ。もともと洞察力がある子だから余計に興味をそそられるのかもしれないな。
私が小さいころ、よく親父に『お前に嘘はつけんな』と言われたものだが、この子を見ているとあの頃の親父の気持ちがよく解る。
「小説もドラマも見る時間が無いぞ、こっちは。」
「楽しいわよ。
キャリア幹部は踏ん反り返って命令してて、
そして大抵、腹黒くて、地元と反りが合わないの。」
「ドラマだからな、現実に即すと面白くもないだろう。
その位オーバーなほうが面白い。
それはそうと、今回は助かった。ありがとさん。」
また、改めてそう言う。律儀な奴だ。
「たまたまだ、本当に運が良かった。
初め聞いた時は、ほとんど保険のようなつもりだった。
まさか本当に飯だけの援交をしていたとはな。」
それが本心だった。高校生くらいで反抗期を迎える子は多い。梨桜の話を聞いた時はほとんどそんなものだと思っていた。
ただ、どうしてだろうな・・・この子が何か感じた、と私が感じたのかもしれない。
「だからなおさら見つけ辛かった。
報道されてたのは16件だが、実際にあいつが関わっていたのはその倍以上あったのにな。多くの子たちは、本当にただ相談に乗ってもらっていただけだと言い張るし、そうするともう手も足も出ん。あの子たちは供給があればまたやるぞ。」
「ふたりとも。」
「あぁ、悪い。」
「いや、この子の友達の事でもあるし聞いてもらっておいたほうが良い。」
そうだ、この先をこいつに話してもらわなきゃならない。
・・・おそらく、私の想像が正しいはずだ。
「もう・・・。」
「・・・驚いたことに、あいつはこれから中学生に手を広げようとしていたようだ。」
「だと思った。この子が顔を出した時のあいつの造った笑顔にはぞっとした。」
「お前、あれだけ徹底的に調べさせたのは、その腹いせか?」
「どうかな。」
やはりな。
あの男の下卑た視線がよみがえる。
・・・それにしても、その話はここでしていいのか?
まぁ、別に問題ないのか。
「ところで、梨桜さん、高校はどこを受けるのかしら?」
「はい、すぐ近くの南校にしようと思ってます。」
「ふ~ん。やっぱり近いものね。進学率も悪くないみたいだし。
縁はどこへ行きたいの?」
「僕も南校に。帝都大への推薦枠も持ってるみたいだよ。
ガチガチの進学校じゃなく、結構懐の広いところみたいだしね。
それにマンションからも近いし。」
「それじゃ、ますますこの先もよろしくお願いしないとね。(微笑)」
「いえ、こちらこそ。(にっこり)」
「・・・仕事より家庭で胃が痛くなりそうな気配なんだが。」
そう言いながらも笑っている。
別にそう気にする事は無い。
ウチの梨桜はそうやすやすと嫁にはやらん。
お立ち寄り頂きありがとうございます。
どうぞ良い秋の夜長をお過ごしください。




