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ブサメンガチファイター  作者: 弘松 涼
第四章 感謝の国と慈愛の王
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73 この子たちの「ありがとう」(前編)

 アベルは三つのオブジェを満足そうに見回すと、感謝の家を出ていった。


 扉が閉まる。

 鍵の回る音がした。


 俺は豚の貯金箱のまま、耳を澄ませた。


 一人。

 二人。

 三人。


 廊下に残っていた近衛兵の足音まで遠ざかる。


 完全に聞こえなくなってから、さらに十数えた。


 誰も戻ってこない。


 俺は三枚の葉へ意識を集中させた。


「解除」


 英雄像が誠司さんへ戻る。

 祈りを捧げる聖女像から、聖華さんが現れた。

 俺も豚の貯金箱をやめ、いつもの姿へ戻った。


 聖華さんが、胸へ手を当てて息を吐いた。


 アベルは、俺たちへ命令を入れたつもりでいる。

 明日の正午には、中央競技場で本物の英雄を決めるらしい。


 それまでに、こちらも準備を整えないといけない。


 天井から、かすかな音がした。


 誠司さんが身構える。

 俺は上を見た。


 通気口の蓋が持ち上がり、小さな影が音もなく下りてくる。


 リーズだった。


 続いて、黒いサングラスをかけた伶亜さんが降りてくる。


 保管庫には、扉の隙間から廊下の灯りが細く差し込んでいるだけだった。


「リーズさん、伶亜さん!」


 聖華さんが、ほっとしたように二人の名を呼んだ。


「よ」


 伶亜さんが軽く片手を上げる。


 リーズは小さくうなずくと、すぐに切り出した。


「街が騒がしくなっています。王宮の衛兵も、各地区へ応援に出されていました」

「警備は?」

「人数は増えていますが、命令系統は乱れています。侵入は難しくありませんでした」


 伶亜さんが鼻で笑った。


「素人には厳しくなっただろうけどな。あたいらには、こういうときの方が楽だ」


 プロの泥棒みたいなことを言う。


 伶亜さんが、石壁へ背を預けた。


「あいつ、いろいろ言ってたけどよ。結局、何がしたいんだ?」

「え、えーと……」


 聖華さんが、困ったように瞬きをする。


「本物のアルディーンを決めて、国を救いたい……のでしょうか」

「それだけではないと思います」


 誠司さんが答えた。


「国を救うことと、自分の正しさを証明することが、混ざっています」

「自分を否定した者への、深い憎悪も感じます」


 リーズまで、難しい顔で続けた。

 思惑まで考え始めると、話がややこしくなる。


 俺は話をまとめることにした。


「いったん、あいつがやろうとしていることを整理してみよう」


 みんなの視線が俺に集まる。


「あいつは、本気で国を救いたいんだと思う。それと同じくらい、自分が正しいとも認めさせたい。明日の試合で、両方まとめて証明するつもりなんだ。ルカを悪役にして、白い誠司さんが倒す――」


 しまった。


「白い誠司さん?」


 聖華さんが驚いて、誠司さんを見た。


「そういえばアベルさん、誠司さんに向かって『本物のアルディーン』と言っていませんでしたか? それに、アルディーン様も、どこか誠司さんに似ているような……」


 瓜二つだろ。


 誠司さんの顔には、まずいと書いてある。

 リーズは額を押さえた。

 伶亜さんは、あんたらまだこれやってたのか、という顔をしている。


「白いアルディーンは、誠司さんに代役をしてもらうんだ。な、誠司さん?」

「……はい。頑張ります」


 もうやめようぜ、この茶番。


「頑張ってください、誠司さん!」


 聖華さんだけは、ガッツポーズまでして本気で応援していた。


 俺は咳払いして、話を戻した。


「それから、聖華さんに白が正しいと言わせ、その結果を新聞で国中へ伝える」

「出来レース、ということでしょうか」

「もっとたちが悪い。自分で問題を作り、自分で答えて、自分で百点をつける。そのうえ、国民全員に拍手させようとしている」

「気持ち悪いな」


 伶亜さんが即答した。


「けど、国を救いたいって気持ちまで嘘なのか?」

「いや。そこは本気だと思う」


「それで、止まっている製粉所はどうするのですか?」


 聖華さんが尋ねた。


「何も変わらない。試合をしても、粉もパンも増えない。あいつは国の問題を解決するより、自分が正しいと国民へ見せようとしてるんだ」


「この戦いの完全勝利って、何だと思う?」


 最初に答えたのは伶亜さんだった。


「アベルをぶちのめすこと」


 迷いがない。


「あたいだって、褒められた生き方はしてねぇ。生きるために悪いこともした。けど、それを善意だなんて言ったことはねぇよ」


「アベルさんは、最初から誰かを苦しめたかったわけではないと思います」

「だから危ねぇんだ。自分が善いことをしてると思ってる奴は、どこまでやるか分からない」


「私は、仲間へ危険が及ぶ行動は避けるべきだと考えます」

 リーズが言った。


「アベル王が、苦しむ人を助けようとしていたことは理解できます。だからといって、犯したことが正しくなるわけではありません」


「僕は、まず能力を止め、オブジェにされた方々を元へ戻すべきだと思います」


 誠司さんは、そこで一度言葉を切った。


「そのあと、彼には自分のしたことと向き合ってもらいます」


「私は、アベルさんにやり直してほしいです」


 聖華さんが、胸の前で両手を握った。


「人を傷つけ、命まで奪ったことは消えません。それでも、間違いを認めることから逃げないでほしいです」


「何言ってんだ。あいつは一度ぶん殴られなきゃ分からねぇよ」

「暴力では解決しません!」

「そういうところがあめぇんだよ。だから偽アルディーンにいいところを持っていかれるんだ」

「偽アルディーンは、いま関係ありません」


「関係あるだろ。だいたい、あんたは――」

「伶亜さん。その先はいったん飲み込んで」


「リーズさんは、どう思いますか?」


「……沈黙をお許しください」

「だから、その沈黙はどっちなんだよ」


「まずは話し合うべきです」


「話して分かる相手なら、こうなってねぇだろ!」


 まずい。

 完全に収拾がつかなくなってきた。


「ちょっと待って」


 俺は二人の間へ割って入った。


「ごめん。俺から振っておいて悪いが、堂々巡りになっちまったな」


 俺はいったん、話を仕切り直した。


「みんなの意見で共通してるのは、まずオブジェにされた全員を戻す。これ以上、誰も消させない。アベルの力を止める。そこまでは全員同じですよね?」


 すぐには返事がなかった。


「……そこまではな」


 伶亜さんが、しぶしぶ答えた。


「異論はありません」


 リーズも同意した。


「だったら、最初に全員を戻す方法を考えよう」


 俺が言うと、誠司さんが声を落として続けた。


「こちらが試合に勝っても、加藤君たちは戻りません。鍵になるのは、『許す』です。ダリオさんは、自分の間違いを認めました。そのあと、アベル王が『許す』と言ったことで元へ戻った。同じ力なら、ほかの方々も『許す』の言葉でオブジェから戻る可能性があります」


「だったら、『許す』って言わせたらいいんじゃねぇか?」

「どうしたら、言ってもらえるのでしょうか?」

「脅して言わせりゃいいだろ。『許す』って言えって!」


「それでは、余計にこじれるだけではありませんか?」


 誠司さんが静かに問い返し、そのまま続けた。


「ダリオさんの場合は、本人が自分の過ちを認めたあと、アベル王が『許す』と言いました。おそらく、あれが正しい手順です」


 ダリオが反省し、アベルが許した。


 俺は、特記事項の一文を思い出した。


『僕に逆らったやつは、冷たく狭い檻の中で反省しろ。

 自分が何を間違えたのか、本当に理解するまで、そこから出てくるな』


 自分が何を間違えたのか。


 文章どおりに読めば、この〈自分〉は檻へ入れられた奴のことだ。


 だが、本当にそれだけか?


「この〈自分〉って、アベル自身でも通らないか?」


 みんなが、何を言っているのか分からないという顔をした。


「〈僕〉はアベルで固定されてる。けど、〈自分〉が誰を指すかまでは、能力の側がどう判断しているか分からない」


 俺は、頭の中で二つの言葉をつないだ。


 反省。

 許す。


「もしかして、反省するのは、閉じ込められた本人じゃなくてもいいのか?」


「アベル王自身が、自分のしたことを反省するということですか?」

「ああ。そのうえで、アベルが『許す』と言う。それでも力は動くんじゃないか?」


 誠司さんはすぐには答えなかった。

 顎へ手を添え、しばらく考え込む。


「……なるほど」


 やがて顔を上げた。


「面白い仮説です。文章どおりなら、反省するのは檻へ入れられた本人です。しかし、能力がこの〈自分〉をどう判断しているのかまでは分かりません。その理屈なら、アベル王自身の反省でも条件を満たす可能性があります」


 ただし、まだ仮説だ。

 もう一つ、確かめる材料が欲しい。


 ルカは何も教えてくれない。


 何か手がかりはないか。

 俺は、さっき拾った木の騎士を手に取った。

 こいつのことを、もっと聞けないだろうか。


「俺たちが競技場へ運ばれるのは、いつか分かるか?」

「はい。先ほど、アベル王が衛兵へ指示しているのを聞きました。予定では、日の出から一時間後です」


 月はもう出ているが、まだ商店が開いている時間だ。

 夜明けまでは、まだ余裕がある。


「なら、動けるな。時間があるかぎり、この仮説を確かめたい」


 俺は通気口を見上げた。


「リーズ。頼んでいたものはできてる?」

「はい」


 リーズが、細長い包みを三つ降ろした。


 中に入っていたのは、薄い板と布で作られた身代わりだった。

 英雄像と聖女像は、遠目ならそれらしく見える程度だ。


「よくできていますね」


 聖華さんが感心したように言った。


「近くで見れば、すぐにばれます。即席ですから」


 リーズは、最後の一つを取り出した。

 豚の貯金箱だ。

 完成度だけなら、三つの中で一番高い。


「もっと単純な形なら、すぐに用意できたのですが。これは簡単でした」


 俺って、そんな単純な形だったのか。


「これを置いておけば、少しの間は探索できるな」


 身代わりを、俺たちが置かれていた場所へ並べた。


「僕も、確認しておきたい場所があります」


 誠司さんが言った。


「私も、行っておきたい場所があります」


「分かりました。二人とも、見つからないようにしてください」


 誠司さんと聖華さんは、それぞれ別の目的地へ向かった。


 俺は例の高速移動で何度か王宮へ忍び込み、鏡の置かれた部屋をのぞいては戻っていた。


 元いた場所へ寸分違わず戻るのも、もう慣れたものだ。

 おまけに保管庫は暗い。誰にも気づかれていない。


 狙いはミレーユさんだったが、鏡のそばにはアベルがいる。

 のぞくたびに、同じ言葉を繰り返していた。


『僕が正しいと証明する』

『今度こそ、全員に認めさせる』


 声も怒りも、だんだん大きくなっている。

 あの状態では、ミレーユさんから話を聞くのは難しい。


 アベルが眠るまで待つか。


 ……そもそも、あいつは今夜寝るのか?


 俺は木の騎士へ目を落とした。


 ミレーユさんが駄目なら、ルカ本人に聞きたい。

 だが、オブジェにされたルカは何も話せない。


 この人形から、何か分からないか。


「しげるさん。さっきから、その玩具ばかり見てるけど、気になるのか?」


 伶亜さんが声をかけてきた。


「ああ。ルカって子のものらしい。本人は、向こうでオブジェにされちまってるけどな。アベルの力を一番よく知ってるのは、たぶんルカかミレーユさんだ」

「貸してみな」

「分かるんですか?」

「あたいを誰だと思ってる」


 誰って、伶亜さんだろ。


 ……あ。


 そういえば教団の地下でも、物に残った思念を読み取っていた。

 すっかり忘れてた。


 これは期待できるかもしれない。


 伶亜さんは木の騎士を受け取り、指先でゆっくり形を確かめた。

 やがて、その指が止まる。


「追えると思う」


 まじか。すげぇ。


「ついてきな」


 伶亜さんは木の騎士を持ち、通気口へ向かった。


 俺も慌てて、そのあとに続いた。


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