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ブサメンガチファイター  作者: 弘松 涼
第四章 感謝の国と慈愛の王
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89/94

69 咸謝

「あえてオブジェにされるのは、どうでしょうか?」


 誠司さんが言った。

 支店の会議室が、しばらく静まり返った。


「誠司さん。頭まで机になったのか?」

「まだ人間です」

「だったら、どういうつもりか説明しろ」


 誠司さんは立ち上がり、ホワイトボードの中央へ縦線を引いた。

 左側には〈アベル王からの見え方〉。

 右側には〈実際の状態〉と書く。


『セレノア支店は存続している』――そのとおり。

『会合に呼ばれた四人は、全員ヴィスブリッジに正式所属している』――そのとおり。

『支店がある限り、四人が逆らえばオブジェにできる』――今のところ、そのとおり。


 そこまで書いてから、誠司さんは最後の一行を加えた。


『ヴィスブリッジのメンバーは、発動条件に気づいていない』――そこだけが違う。


「なるほどな」


 伶亜さんが悪そうに笑った。


「先に支店を閉じて、あいつの光を無効化してから、『くくく、そんなもん効かねぇぞ』ってぶん殴るんだな。いい作戦だぜ。あたいが参加できねぇのが残念だ」


「いえ、違います。支店は閉じません」


「はぁ? だったら、なんのために条件を調べたんだよ」


「そうですよ。私も、言っている意味が分かりません」


 聖華さんまで首を傾げた。


「支店を閉じるのは、こっちの決裁だけでできる」


 俺はホワイトボードを見ながら言った。


「けど、今そのカードを切ったら、俺たちが発動条件に気づいたことまで、アベルに教えちまう」


「そのとおりです」


 誠司さんがうなずいた。


「最強新聞も、現在は王宮にあります。支店を閉鎖したという事実が記事になれば、アベル王はすぐに気づく可能性があります」


 聖華さんは、まだぴんときていないのか、目をぱちくりさせている。


「聖華さんがアベルだったら、どうする?」


「私が、アベルさんだったら……」


 聖華さんは一生懸命に考えた。


「あっ。支店を閉じたと分かった時点で、会合そのものを中止します」


「だよね」


 支店を閉じるカードは、いつでも切れる。

 だからこそ、今は切らない。


 罠を見破ったことを隠したまま、罠の中へ入る。

 その方が、こちらの得た情報を最大限に使える。


 伶亜さんは感心したように一度はうなずいたが、すぐに眉根を寄せた。


「だからって、あえてオブジェになるってのは、どういうことなんだ?」


 誠司さんは机の上へ街の地図を広げ、王宮の奥へ続く道を指した。


「感謝の家の正確な場所は分かりません。ただ、ダリオさんを乗せた馬車は、この先へ消えました」


「支店を閉鎖すれば、新たなオブジェ化は防げるかもしれません。しかし、加藤君とリアさんが戻る保証はない。解除条件を調べるには、感謝の家へ入る必要があります」


「入ったあと、どうやって調べるんです?」


 聖華さんの声は震えていた。


「オブジェにされたら、動くことも話すこともできません」

「本当にオブジェにされる前に、別のものへ変身してしまえば、アベル王の力を受けたふりができるかもしれません」


 なるほど、その手があったか。


 誠司さんは聖華さんへ顔を向けた。


「聖華さん。トランスフォームという魔法を覚えていませんか?」

「えっと……」


 聖華さんが、泣きそうな顔になった。

 手そのものは悪くねぇ。

 だが――。


「いや、それはきついと思うよ」


 俺は横から口を挟んだ。


「まず、術を覚えているか。覚えていても、その瞬間に間違えず発動できるか。何に変わるか。変わったあと、置物を装いきれるか。全員がやりきる胆力があるか。そのうえ、感謝の家へ入ってから、ばれずに元へ戻れるか。全部成功して、ようやく勝負になる。その初手を聖華さん一人へ預けるには、負担がでかすぎる」


「……忘れてください。僕の悪い癖です」


 誠司さんが小さく頭を下げた。


「い、いえ。だ、大丈夫です。でも、私……もし失敗したら……」


「誠司さん、可能性としては悪くないと思いますよ。俺も聖華さんへ全部ぶん投げるような言い方をして、悪かったです」


 そして俺は、懐へ手を入れた。


「実はですね。俺、すげぇものを持っているんですよ!」


 三枚の葉をつかみ、机の上へ突き出す。


「じゃーん! 元探偵の秘密道具。その名も――変化の葉!」


 緑というより茶色だった。

 端は虫に食われ、うち一枚には泥がついている。


「……落ち葉では?」


 聖華さんが遠慮がちに聞いた。


「違います。たぬき王との知恵比べに勝って手に入れた、あやしくてばっちい秘宝です」

「説明の後半が、信頼を大きく損なっています」


 誠司さんが、葉を一枚手に取った。


「これは、どういう道具なのですか?」

「葉一枚につき、変身させられる相手は一人です。葉を発動させられるのは、たぬき王と契約した俺だけ。俺が葉を握って、対象と変身後の姿を念じれば、その相手が変身します」

「なるほど。葉っぱ一枚で、一人を変身させられる。そして、起動スイッチを押せるのは、しげるさんだけということですね」


 俺はうなずいた。


「便利な道具ですね。しかし、三枚しかないのですか?」

「はい。たぬき王は手ごわくて」

「一枚の使用期限は決まっていますか?」

「ええ。使い始めてから1日です。その間は何度か変身と解除を切り替えられますが、使うたびに枯れ、最後は粉々になります」

「解除するときは、どうするのですか?」

「俺が鼻息を耳から出したら、三人まとめて元へ戻ります」

「そんな雑な解除方法なんですか?」

「はい。たぬき王はわりと雑でした」


 誠司さんは、葉を机へ戻した。


 もちろん嘘である。


 葉っぱは、さっき裏庭で拾った。

 本物は俺のトランスフォームだ。

 鼻息を耳から出す必要もない。というか、出せない。


 三人分の術を同時に維持し、しかも何度か解除して、同じ形へ戻す。できなくはない。だが、ずっとは無理だ。


 用が済んだら葉を握りつぶし、「使い切りました」で押し通す。

 変な便利道具を今後もあてにされては困る。


「ただし、同時に三人で試すのは危険です。まず一人が先行します」


 誠司さんが、机に置かれた三枚の葉を見つめた。


「俺も、それがいいと思う」


「どういうことですか?」


 聖華さんが首を傾げる。


「先に変身していれば、本当にアベルの能力をかわせるのか。それがまだ分からねぇんだ。向こうの力が俺の術を上回っていたら、そのままオブジェにされて終わりだ」


「いや、あたいは、そもそもこれで防げるとは思えねぇ」


 伶亜さんが腕を組んだ。


「アベルの管理下に入ったから逃げられねぇって話だっただろ。先に姿を変えたくらいで、そんなもん誤魔化せるのか?」


「私も、そこが心配です」


 聖華さんも、不安そうに同意した。


 当然の疑問だった。

 俺のトランスフォームが、アベルの力そのものを打ち消せる保証はない。


「聖華さん。言うことを聞かなかった子供が、自分から反省していたら、叱りますか?」


「いえ。きちんと反省しているなら、まず話を聞きます」


「僕が考えているのは、それと同じです。アベル王の力が『逆らった者を物へ変える』ものなら、光が当たるより先に物になっていれば、力が空振りするかもしれません」


「そんな理屈で、本当に防げるのかよ」


「分かりません。だからまず一人目が確かめます」


 誠司さんは、迷わず自分を指した。


「最初に行くのは僕です」


「失敗したら、どうする?」


「その時点で支店を閉鎖してください。残った皆さんがオブジェにされることだけは、防げるかもしれません」


「誠司さんは戻れないかもしれねぇぞ」


「承知しています」


 あっさり答えやがった。

 だから、この人は困る。


「作戦の目的は二つです」


 誠司さんは、地図にある王宮の奥へ続く道を指した。


「一つは、オブジェになったふりをして感謝の家へ入り、加藤君とリアさんを探すこと。もう一つは、アベル王がどのようにオブジェ化を解除するのかを確認することです」


「『許す』か」


「はい。あの特記事項で、『逆らう』と対になっている言葉です。解除条件に関係している可能性があります」


 アベルが俺たちの変身を、自分の力によるものだと思い込めば、感謝の家まで運ばせられる。

 そこで油断して手の内を見せれば、加藤君とリアを戻す方法まで分かるかもしれない。


 かなり危ねぇ。

 だが、ただ支店を閉じて逃げるより、得られるものは大きい。


「あたいは反対だ」


 伶亜さんが机を叩いた。


「成功するかどうかも分からねぇ作戦に、誠司さんを一人で突っ込ませるのかよ。聖華、お前も止めるよな?」


「私は……」


 聖華さんは胸元で両手を握った。


「可能性があるのなら、やるべきだと思います」


「は?」


「私も最初は、支店を閉じてから話し合えばいいと思っていました。でも、そうしたらアベルさんは警戒して、もう私たちと話してくれないかもしれません。能力のことも、感謝の家のことも、隠してしまうと思います」


「……そっちか。お前、まだアベルのことまで心配してんのか」


「すみません。でも、加藤さんとリアさんを助けたいのも、本当です」


「謝るなよ」


 伶亜さんは困ったように笑った。


「そういうところが、聖華らしいんだからよ」


 感情に任せて飛び出さない。

 だからといって、目の前の人から逃げない。


 学校で「嫌い」と言われたときから、聖華さんは少しずつ変わっている。


 作戦の骨組みは決まった。

 だが、まだ一つ問題が残っている。


「成功したか、どうやって外から分かる?」


 伶亜さんの問いに、全員が黙った。


 変身した姿が現れても、俺の術が間に合ったのか、アベルの力を食らったのか、見分けがつかない。


 まず、変身する姿を決める必要がある。


 誠司さんは紙の中央へ線を引き、二人の名前と、変化した姿を並べた。


〈加藤君 → 机〉

〈リア  → オルゴール〉


「問題は、なぜ加藤君が机で、リアさんがオルゴールだったのか。この形が、どのような規則で選ばれたかです」


「そういや、覚えてるか?」


 俺は、あの会合でアベルが口にした言葉を思い出した。


「加藤君が机になったとき、あいつは『机か。なるほど、君らしい』と言った。リアのときも、『オルゴールか。悪くない。君の力にふさわしい』だ」


 誠司さんが、それぞれの横へアベルの言葉を書き加えた。


〈加藤君 → 机     → 君らしい〉

〈リア  → オルゴール → 力にふさわしい〉


「最初から、その形を選んでいた言い方ではありませんね」


「そういうことだ。何が出てくるか、あいつにも正確には分からねぇ。けど、出てきた形を見れば、なぜそうなったかは分かっていた」


 誠司さんが、紙に並んだ二つの対応を見比べた。


「本人の能力や性質。そして、アベル王がその人物をどのように認識しているか。そのどちらか、あるいは両方が、形の選択に影響している可能性があります」


「だったら、あいつから俺たちがどう見えているかを考えれば、変身する姿もある程度は絞れる」


「正解を完全に当てる必要はありません。アベル王が見ても、不自然に思わない姿にできればいい」


 全員で候補を挙げていった。


 誠司さんは、人々を導く英雄の記念像。

 アベルは何度も、誠司さんの公正さと力を国のために使いたがっていた。異論は出なかった。


 次は聖華さんだ。


「救護院では、献身的に働いていたと聞いた、と言われました」


「学校で制度の話をしたときは、あいつに『本当に清い人だ』とまで言われてたからな。人を癒やしたり、祈ったりする聖女像あたりか?」


「自分で自分をそのように考えるのは、少し恥ずかしいです……」


「聖華さんが自分をどう思ってるかじゃねぇ。アベルからどう見えているかだ」


 紙には、両手を胸の前で組み、祈りを捧げる聖女像が描かれた。


「最後に、しげるさんですね」


 急にみんな無口になった。

 おい、うつむくんじゃねぇ。

 誰か候補を出せよ。


 くそったれ。俺が言うしかないのか。


「豚の貯金箱……とか」


 誰も否定しなかった。


「他に俺っぽいのあるだろ? なんか?」


 返事はない。


「リーズ。どう思う?」

「……沈黙をお許しください」


 それって遠回しに「豚の貯金箱で合っています」って言ってんのか? おい、そうなのか?


 何はともあれ、こうして三つの候補が決まった。


 誠司さんは、感謝を捧げる英雄の記念像。

 聖華さんは、祈りを捧げる聖女像。

 俺は、豚の貯金箱。


「このとおりの姿に変身できるのですか?」


「俺が――じゃなくて、葉が大まかな形を決める。ただ、細かいところは変身する本人のイメージにも引っ張られるらしい。全員で同じ完成図を頭へ入れておこう」


「もう一つ、問題があります」


 誠司さんが、英雄像の絵を指した。


「像が現れても、それが変化の葉によるものなのか、アベル王の力で本当にオブジェにされたのか、外からは見分けられません」

「見た目が同じなら、作戦が成功したかどうかも分からねぇってことか」

「はい。ですから、変化の葉で変身したときにだけ現れる目印が必要です」


 誠司さんは、英雄像の台座へ小さく〈感謝〉と書いた。


「三人とも、正面から見て右下へ、この文字を出すのはどうでしょう」

「普通の〈感謝〉じゃ駄目だな」


 アベルの力で変えられた像にも、同じ文字が刻まれるかもしれない。

 それでは見分けがつかない。


「俺たちだけが分かって、アベルには〈感謝〉に見える文字にしよう」


 俺は鉛筆を借り、〈感〉から心を抜いた。


 咸謝。


「……なんと読むのですか?」

「知らん。でも、遠目なら〈感謝〉に見えるだろ」

「でも、アベルさんの力でも、同じ文字が浮かぶかもしれません」


 聖華さんの疑問に、俺は首を横に振った。


「それは絶対にない。新聞を覚えてるか?」

「はい」

「あれは十中八九、アベルの力で記事を上書きされていた。新聞はどうにか自分の声を絞り出したが、すぐに消されちまった」


 あの〈タスケテ〉も、長くは残らなかった。

 次の瞬間には、何事もなかったように別の記事へ書き換えられていた。


「アベルの力で出てくるのは、あいつにとって都合のいい、正しい〈感謝〉だ。あいつ自身を否定するような言葉は、最初から出せない仕組みなんだと思う」


 俺は、〈咸謝〉の二文字を指した。


「心のある感謝と、心を抜いた咸謝。こいつを正面から見て右下へ、小さく出す。俺たちは場所を知ってるから、一発で分かる。遠目なら、あいつには普通の〈感謝〉に見えるはずだ」


 誠司さんが、その文字をじっと見つめた。


「僕の目は開いている。そして、あなたの感謝には心がない」

「そこまで意味を盛ると、急に中二っぽくて格好いいですね」

「採用しましょう」


 聖華さんまで乗った。


 誠司さんは、英雄像の台座の右下へ〈咸謝〉と書き込んだ。


 俺は三枚の葉を指した。


「最初は誠司さんだけだ。咸謝が出れば俺の術が間に合った。出なければ、アベルの力を食らった可能性がある。その場で作戦を中止する」


「分かりました。僕が先陣を切ります」


「リーズは外へ残ってくれ」


 俺が言うと、リーズは一度だけまばたきした。


「ですが、今回の参加対象には、私も含まれています」

「参加資格があるってだけだ。それもアベルが勝手に決めた条件で、全員出ろなんて強制する文言はねぇ。こっちが律儀に乗る必要もない。それに、お前まで中へ入ったら、外で何が起きても誰にも伝わらん」


 リーズは葉を見た。

 三枚しかないという俺の話も、こいつだけにはたぶん通じていない。


「承知しました。会合の外から監視します」


 俺は小さく親指を立てた。

 リーズは何も言わず、一度だけうなずいた。


     *


 二度目の会合で、アベルは4人分の椅子を用意していた。


 空席になった一脚を見て、肩のオウムが鳴く。


「リーズ、フメイ。リーズ、イナイ」


「体調を崩しました」


 誠司さんが答えた。


「そう。残念だね」


 アベルは、まったく残念そうではなかった。


 俺を見ると眉が一瞬だけ動いたが、誠司さんと聖華さんへ向き直ったときには、慈愛に満ちた王の顔へ戻っている。


「こうして話し合いを再開できて嬉しいよ。君たちなら、冷静に考えれば分かってくれると思っていた」


 白い会議室には、衛兵が十人。

 扉の外にも足音がある。


 誠司さんが座り、聖華さんが隣へ続く。

 俺は出口に一番近い椅子へ腰を下ろした。


「加藤君とリアさんを、戻してください」


 誠司さんが言った。


「そのために、君たちを呼んだんだ」


 アベルは両手を広げた。


「二人はまだ、自分の間違いを理解していない。けれど君たちが僕の臣下となり、正しい力の使い方を示せば、二人も学べると思う」


 アベルは、握手を求めるように誠司さんへ右手を差し出した。


「僕は記録を公開し、制度の欠陥を改め、二人を元へ戻す。そうすれば、君は僕に協力してくれるね?」


 誠司さんは、すぐには答えなかった。

 差し出された手ではなく、アベルの目を見る。


「本当にそれが実行されるなら、協力します」


 一度だけ、はっきりとうなずいた。


 オウムが大きく翼を広げる。


「アベル、ウレシイ! アベル、ウレシイ!」

「通った!」


 アベルの口から、歓声がこぼれた。


「何が、通ったのですか」

「僕の気持ちが、ようやく君へ通じたという意味だよ」


 アベルは笑って取り繕った。

 だが、肩のオウムを撫でる指だけが、興奮したように何度も動いている。


「では、まず記録を公開し、加藤君とリアさんを戻してください。それを確認するまでは、臣下になることへ同意できません」


 アベルの笑顔が固まった。


 誠司さんは、最後まで声を荒らげなかった。

 それでもアベルには、質問ではなく拒絶に聞こえた。


「君は、また僕を疑うのか」


 空気が白く染まる。


 来る。


 俺は机の下で、一枚目の葉を握った。


「疑うことと、逆らうことは違います」


「同じだよ。そして君には失望した」


 光が走った。


 その一瞬前に、俺は誠司さんへトランスフォームをかけた。


 白い光が消える。


 椅子の前に、一体の像が立っていた。


 剣を地面へ突き立て、片膝をつく英雄。

 台座には、大きく〈感謝〉の二文字。


 右下に、小さな文字がある。


 咸謝。


 聖華さんの指先が震えた。

 俺も、机の下で小さくうなずく。


「くく……感謝か」


 アベルが像へ近づいた。


「せいじ……。オブジェになって、ようやく僕の価値が分かったんだね」


 アベルは像の額へ手を当て、満足そうに目を細めた。


「誠司さんを戻してください」


 聖華さんが立ち上がった。


「せいか。君は、苦しんでいる人を放っておけないんだろう?」

「はい」

「感謝の家には、自分の過ちを認められず、苦しんでいる人が大勢いる。彼らを救うために、僕へ力を貸してくれるね?」

「困っている方がいるなら、私は助けます」

「アベル、ウレシイ! アベル、ウレシイ!」

「ふふふ。またしても、通ってしまったじゃないか」


 アベルは目を細め、オウムの喉を撫でた。


「ですが、誰かを助けることと、あなたに従うことは違います。私は、間違っていると思ったことを、間違っていると言います」

「それはどういう意味だ?」

「あなたが間違っているときは、間違っているとはっきり注意します。そして、今のあなたは――」


 アベルの手が止まった。


「君もそうか。がっかりだよ!」


 二枚目の葉を握る。


 光が聖華さんを包んだ。


 次に現れたのは、両手を胸の前で組んだ聖女像だった。

 穏やかな顔で、誰もいない斜め上を見つめている。

 正面から見て右下には、小さな〈咸謝〉。


 しまった。

 正面を向かせるつもりだった。


「なんて神々しい」


 だが、アベルは疑わなかった。

 どうやら、ごまかせたらしい。


「やはり君は、ミレーユに代わる第二の聖女だ」


 ミレーユ?


 今は、そんなことを考えている余裕なんてねぇ。


 残ったのは俺だけだ。


 奴の視線が、こちらへ向いた。


 オウムが首を傾ける。


「シゲル、ゴ」


「なぜだ」


 アベルが、また同じ疑問を口にした。


「どうしてお前は、まだ5なんだ」

「何をそんなに不思議がるんだ? オウムの数字なんて、ただの余興だったんだろ?」


 そんなわけがないことくらい、知っている。

 だから、あんたはこの数字にこだわっていた。


 問題は、この数字とあんたの力が、どうつながっているかだ。

 どこまで吐かせられる?


「お前だけだ。減りもせず、増えもせず」


 さっきから、ずいぶん言葉が汚くなってんぞ。


「これ、あんたへの好感度なんだろ? なら、合ってるぜ」

「なんなんだ、お前は! 僕を馬鹿にしているのか!」

「最初から5だよ。んで、今は『なるほどな』って思ってる」


 もっと吐け。

 この数字と、あんたの力はどうつながっている?


「言いたいことがあるなら、吐いちまった方が楽になると思うぜ?」

「この……豚ぁぁぁ!」


 白い光が膨れ上がった。


 ここまでか。


 三枚目の葉を握る。

 光が届くより早く、俺は自分へ術をかけた。


 視界が一気に低くなり、目の前に豚の鼻先が突き出た。


 床へ落ちたのは、丸い豚の貯金箱。

 背中に投入口をつけるつもりだったが、なぜか額についていた。


「……所詮、豚は豚か。ん? 前より醜くなっていないか?」


 うるせぇ。


 蹴らなかった俺を褒めてほしい。


「感謝の家へ」


 アベルが命じた。


 衛兵が三体を台車へ載せる。


 車輪が動き出す。


 俺たちは勝っていない。


 敵の腹の中へ、ようやく入っただけだ。

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