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ブサメンガチファイター  作者: 弘松 涼
第四章 感謝の国と慈愛の王
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88/92

68 ナマケモノ王

「私が、リアさんを止められませんでした」


 支店へ戻ってから、聖華さんは同じ言葉を三度言った。


「違います。仕掛けたのはアベル王です」


 誠司さんも、同じ返事を三度した。


 伶亜さんは壁際に立ったまま、拳を握っている。


 アベルの光を浴びて、何も起きなかったのは伶亜さんだけだ。

 今、分かっているのはそれだけだった。


 加藤君は黒い事務机にされた。

 リアはオルゴールにされた。

 二人とも、アベルへ逆らった直後だ。


 ところが、シミターを抜いて斬りかかった伶亜さんには、何も起きなかった。


 聖華さんが、伶亜さんのサングラスをまじまじと見つめた。


「分かりました! 伶亜さんは、王様の目を見なかったんです!」


 自信満々だった。


 メデューサかよ。


「なるほど、さすが聖華だぜ! だったら次は、光が来た瞬間に目を閉じればいい!」

「ありがとうございます、伶亜さん! 私も名探偵になれるかもしれません!」


 そして心眼で倒すんだろ。

 少年漫画でも使い古された攻略法だぞ。


「申し訳ありませんが、その可能性は低いと思われます」


 胸を張っていた聖華さんを、リーズが静かに遮った。


「アベル王は、目元を覆っている伶亜さんへ、ためらわず光を放ちました。視線が発動条件なら、先に眼鏡を外させるか、少なくとも確認するはずです」


 なるほどな。

 俺は、そっちでは見ていなかった。


 誠司さんが紙へ三人の名を書いた。


「行動の違いはどうでしょう。加藤君は意見を述べ、リアさんは魔法を使おうとした。伶亜さんはシミターを抜いた」

「どれも、アベルからすれば逆らったことになるんじゃねぇか」

「男と女の違いでもありませんね」


 加藤君は男。

 リアと伶亜さんは女。


 性別は関係ない。


「感謝精度は?」


 伶亜さんが聞いた。


 会合でオウムが読み上げた数字を、誠司さんが書き加える。


 加藤君、64。

 リア、31。

 伶亜さん、44。


「低い方が効かないなら、リアさんではなく伶亜さんだけ無事だった説明がつきません」


 感謝精度でもない。


 他にも違いはあるはずだ。

 だが、当てずっぽうを増やしすぎれば、見えるものまで見えなくなる。


「いったん、ここまでにしよう」


 俺は椅子から立った。


「どこへ行くのですか?」


 聖華さんに聞かれ、俺は窓の外を見た。


「聖華さん。この国って、何歳だと思う?」

「え?」

「唐突ですね。建国からの年数を聞いているのですか?」


 誠司さんも首を傾げた。


「違う。人間にたとえたら、だよ」

「どういう意味ですか?」


「アベルが改革をしたらしいが、その前はどうだったんだろうって思ってね」

「それと、国の年齢に何の関係が?」


「率直に言うと、この国は『ありがとう』って言葉で、全部の問題に蓋をしているように見えちまう」


「僕にも、そう見えます」


 誠司さんが静かに同意した。


「けど、それが悪意で作られた国なのか、未完成なだけなのかは別の話だ。俺には、この国がまだ三歳にもならない幼子に見える。ようやく、自分の足で歩き始めたところだ」


「赤ん坊……ですか」


「転んだ理由も、腹が減った理由も分からない。けど、『ありがとう』と言えば立てると思っている」


 俺は、感謝裁判でうなだれていた男を思い出した。


「ダリオさんは、本当に悪い人だと思うか?」


 聖華さんは、首を横に振った。


「悪いことはしました。でも、ご家族のために、一生懸命働いてきた方だと思います」


「だろうな。あの太い腕を見れば、働いてこなかった人間じゃねぇことくらい分かる」


「それでも、暮らせなかった……」


「だから不正をした。俺たちが見落としちゃいけねぇのは、そこだ。ダリオさんが悪いかどうかだけじゃない。真面目に働いてきた人間が、不正をしなきゃ家族を養えなくなった。この国が、いつからそうなったのかだ」


 新しいセレノアは、感謝を看板にしている。

 だが、その下には、前王時代の水路が残っている。


「この国の歴史を見に行こう」


     *


 支店の裏手にある古い鉄扉の向こうは、真っ暗だった。


 前に水路の支柱を直したとき、俺が出入りした扉だ。


 聖華さんが杖を掲げると、淡い光球が生まれ、濡れた石壁を照らした。

 通路は人ひとりが通れる幅しかなく、足元では黒い水が流れている。


「地下へ行けば行くほど、臭くなってませんか?」


 俺が聞くと、伶亜さんが鼻を押さえた。


「聞くな。認識したら負けだ」


 すでに負けてますよ。

 俺も鼻をつまんだ。


 リーズだけは顔色一つ変えない。


「前方、20メートル。水門が半開きです」


 その言葉とほぼ同時に、腹へ響く音がした。


 水門の鎖が切れた。


 暗闇の奥から、水の壁が押し寄せてくる。


「戻って!」


 聖華さんが杖を向け、半透明の壁を作った。

 激流がぶつかる。光の壁がきしみ、彼女の靴が石床を滑った。


 水圧に耐えきれず、壁を支える石組みまで崩れ始めている。


 俺は、人に見られない角度から壁へ手を差し込み、外れかけた石を押さえた。

 聖華さんの魔法が持ちこたえても、通路ごと崩れたら意味がない。


 こういうときは、人を支えるより、石を支える方が気楽でいい。


「右上に点検路があります!」


 誠司さんが叫んだ。


 壁の右手、腰より少し高い位置に、錆びた格子がはまっている。

 伶亜さんがシミターを抜き、格子を斬り飛ばした。


 リーズが最初に飛び込み、奥の安全を確かめる。

 伶亜さんが続いた。


「しげるさん、先に!」


 俺は石組みから手を離し、点検口へ転がり込んだ。

 続いて誠司さんが入り、内側から聖華さんへ手を伸ばす。


「聖華さん、少しずつこっちへ!」


 聖華さんは光の壁を維持したまま、じりじりと点検口へ近づいた。

 最後の一歩で床を蹴る。誠司さんがその腕をつかみ、点検路へ引き込んだ。


 直後、光の壁が砕けた。

 濁流が主水路を埋め、俺たちの足元より下を轟音とともに通り過ぎていった。


「しげるさん、大丈夫ですか?」

「余裕です。くっさいだけで」


 俺たちは、地下をなめていた。


 古い水路は迷路だった。

 王宮の下を抜け、市場の井戸へ枝分かれしながら、農地の外れまで伸びている。


 水路沿いには点検用の横道がいくつもあり、その多くが板で封鎖されていた。入口には錆びた工具が置き去りにされ、壁には古い点検表が掛かったままになっている。


 壁に掛けられた点検表の最後には、見慣れない日付が記されていた。


『太陽の季節、虹の日』


「これは、ヴァレリア公国では旧暦として扱われている表記ですね」


 誠司さんが、日付を指でなぞった。


「ただ、セレノアでは当時も普通に使われていたのでしょう。現在の暦に直すと、去年の夏です」


「わりと最近だな」


「アベル王が即位した時期と、ほぼ重なります」


「もしかして、あいつが王になった日から、点検が止まってんのか?」


 さらに奥で、灯りが見えた。


 そこだけ、水路とは思えないほど生活臭があった。

 小さな炉。干した魚。積まれた本。古い王冠を鍋敷きにして、一人の老人が寝椅子で横になっている。


「待っておったぞ」


 老人は、目を閉じたまま言った。


「俺たちが来ると知っていたんですか?」

「いや。客が来たら、一度言ってみたかっただけじゃ」


「誰が来ても?」

「誰が来てもじゃ。こう言えば、何やらすべてを見通した王らしかろう」


 意味はねぇのかよ。


 伶亜さんがシミターの柄へ手を置いた。


「あんた、誰だ」

「先王じゃ。名はオルフェン」


 俺たちは、そろって言葉を失った。

 先王が、すさまじい悪臭の地下水路で、王冠を鍋敷きにして昼寝している。


「民はわしを、ナマケモノ王と呼んでおったがな」


 老人はようやく目を開けた。


「アベル王は、あなたがここにいることを?」

「知らん。退位した日に国外へ出たことになっておる。王座を譲り、表から消えた。昼寝は反逆にならんからの」


「なぜ、ナマケモノ王と呼ばれているんですか?」


「わしがナマケモノだからじゃろうな」


 先王は炉の火を見た。

 少し間を置いてから、ぽつりと付け加える。


「少なくとも、民にはそう見えておるんじゃろう」


「それでいいんですか?」


「よい。何も期待されん」


 こちらが名乗ると、先王は火に薪を一本足した。


「ダリオ・バスクを知っていますか」


 誠司さんが聞いた。


「知っておる。若いころから、水路の荷運びをしていた。字は下手じゃが、どの水門が何世帯を食わせるかは覚えておった」

「裁判では、感謝を偽造した詐欺師だと」

「それも本当じゃろう」


 先王は魚を裏返した。


「人間は、一つ悪いことをすれば、それまで働いた20年が消えるのかの」


 誰も答えなかった。


「アベルは、苦しんでいる者を救った。わしにはできんかったことを、ずいぶんやった。腹を減らした子へ、その日のパンを渡した。病人へ薬を届けた。だから民は、あやつを選んだ」


 炉の火が、老人の頬を赤く照らす。


「だが、あんたは、そのパンと薬を作ることを怠らなかった」


「ほう。豚どの、どうしてそう思うのじゃ?」


 また豚かよ。


「この水路だよ。点検は止まっているが、今も街へ水を流している。何もしなかった王の国に、こんなもんが残るかよ」


「これを作ったのは、わしだけではない。わしの祖父のころから――いや、そのずっと前からじゃ」


 先王は、炉へ薪を一本くべた。


「この国は、二つの強国に挟まれておる。戦が起きるたびに通り道にされた。勝とうとすれば国が消える。どちらかにつけば、もう一方に焼かれる」


 ただのナマケモノに、そんな国が治められるのだろうか。


 もしかすると、何もしないように見せることが、この国を残す唯一の方法だったのかもしれない。


「アベルは、『ありがとう』という国債を発行して、あんたたちが蓄えてきたものを放出しているように見える」


「面白い表現じゃの。豚どの」


 先王は、しばらく黙って炉の火を見つめた。

 地下を流れる水の音だけが聞こえる。


「わしは明日の飯を守ろうとして、今日泣いている者を救いきれなんだ。あやつは今日泣いている者を救うために、明日の飯まで使うた」


 先王は、足元を流れる水へ目を落とした。


「どちらが正しいのかは、わしにも分からん。ただ、この水路は感謝されなくても直さねばならん。礼を言われんでも、畑は耕さねばならん。国とは、そういう面倒なものじゃ」


 聖華さんも、先王の視線を追った。

 足元では、水がゆっくりと流れている。


「アベルさんは、どうして感謝を集めればパンを買える仕組みにしたのでしょう」


「感謝が人を働かせ、その働きが、また誰かの感謝を生む。そうして国が巡ると考えたのじゃろう」


 感謝循環システムか。

 着眼点は面白い。だが、実際に働いてみれば、穴だらけだった。


「でも、こんな無茶な仕組みに、なんでみんな従ったんだ? 反対したやつもいたんじゃねぇのか?」


「最初から、今の形だったわけではない」


 先王は、炉の中の薪を動かした。


「始まりは、腹を減らした者へパンを配ることじゃった。次に、人を助けた者の感謝を記録した。それを食事や薬と交換できるようにした。民は喜んだ。変わるたびに、暮らしがよくなるように見えたからの」


 いきなり国を作り替えたわけじゃない。

 一つずつ、正しいことを積み重ねた。

 気づいたときには、感謝なしでは暮らせない国が出来上がっていた。


「それでも、こんなルールには付き合いきれねぇって、俺なら国を離れるかもしれねぇ。誰も国を捨てなかったのか?」


「捨てた者もおる。じゃが、畑と家族と、先祖の墓を置いてどこへ行く。国を捨てるというのは、門を一つくぐるほど簡単ではない」


「国を出ようとした人を、アベルさんは止めなかったのですか?」


 聖華さんが尋ねた。


「知らん。そもそも、逃げる必要があると民が思うておるかも分からん」


「飢えた日にパンをくれた王じゃ。多少腹が減ったくらいで、民はすぐに疑わん。明日のパンがなくなったと気づくころには、今日もらった恩の方が重くなっておる」


「では、あなたはどうしてここにいるのですか」


 誠司さんが尋ねた。


「亡命するでもなく、アベル王へ逆らうでもなく。王座を譲ったあとも、この国へ残った理由です」


「民がアベルを選んだからじゃ」


 先王は、あっさりと答えた。


「わしは王座を譲った。じゃが、譲ったからといって、何が起きても知らぬ顔をして逃げてよいことにはならん。あれを王に選んだ民と、王座を渡したわしには、最後まで見届ける責任がある」


「それは、本心からですか?」


「さてな。責任という言葉を使って、逃げる勇気がないだけかもしれん」


 この爺さんは、何もしてこなかったんじゃない。

 何もしないという選択を、続けてきた。

 ナマケモノ王と揶揄されても、なお。


 先王オルフェンの判断が正しかったのか、俺には分からない。

 けど、少なくとも、自分が何を守れなかったのかは分かっている。


「もう一つ、聞きたいことがある」


「はて?」


 先王が首を傾げ、続きを促した。


「外国の商会がセレノアに支店を出した場合、王の許可なしで閉じられるのか?」


 誠司さんが、はっとしたように顔を上げた。

 すぐに荷物から、支店契約書の写しを取り出す。


 なるほど。

 そいつを持参していたってことは、誠司さんも、俺が疑っている線に気づいていたらしい。


 先王は契約書を受け取り、一度読んだだけで閉鎖条項を指した。


「閉じられる。おぬしらの組織なら、おぬしらの決裁でな。王の許しはいらん」

「アベル王になってからも?」

「この国の旧法でも、新しい登録書でも同じじゃ」


「始めるときには王国の承認が必要なのに、終わらせるときには必要ないのですか?」


 聖華さんが聞いた。


「出ていくこともできぬ国へ、外国の商人が店を出すと思うか?」


 先王は欠伸をした。


「国が商いを認める代わりに、商人は国の法へ従う。じゃが、撤退する権利まで王へ渡すわけではない。それが昔からの決まりじゃ」


「役所が、王の承認が必要だと言い出したら?」

「そのときは、この契約書を見せればよい。少なくとも契約を交わした時点では、王の許可など必要なかった。あとから法律を変えても、交わした契約までなかったことにはできん」


 先王は、契約書を指で軽く叩いた。


「捨てるでないぞ。王が法律を自分の都合で変え始めたとき、紙一枚が剣より強くなることもある」


 始めるには、王の承認がいる。

 だが、終わらせるのは、こちらの決裁だけでいい。


 俺は、その言葉を頭の中でもう一度転がした。


「しげるさん?」

「いや。まだ足りねぇ」

「何か分かったのですか?」

「分かりかけただけだ。決めつけるのは早い」


 帰り際、先王が俺を呼び止めた。


「豚どの」

「なんですか」

「アベルを嫌うておるか」


 少し考えた。


「嫌いになるほど、まだ分かってません。だから5です」

「なんじゃ、それは」

「こっちの話です」


     *


 地上へ戻ると、支店の扉に新しい封書が挟まっていた。


 二度目の会合への招待状。


 今回の参加対象者は、誠司さん、聖華さん、リーズ、俺。


 前回は外されていたリーズと俺が入り、伶亜さんの名前だけが消えている。

 シミターを抜いたから外された。普通なら、そう見えるだろう。


 けど、おいおい。

 招待状に答えまで書いちまったらダメだろう。


『ヴィスブリッジの正式な所属者に限る』


「ビンゴだな」


「もしかして、しげるさん。先ほどオルフェン前王へ質問していたのは……」


 誠司さんの言葉に、俺は小さくうなずいた。


「しげるさん、何がビンゴなんですか? 皆さんは分かっているのですか? 私だけ分かっていません」


「あたいもさっぱりだ。もうちょい丁寧に説明してくれ」


「あ、すまねぇ」


 俺は少し考えてから、聖華さんへ向き直った。


「聖華さん。知らねぇおっさんから、いきなり『ひざまずけ』って言われたら従う?」


「従いません」


「それは、そいつの命令に逆らったことになる?」


「え? いえ……。そもそも、従わなければならない理由がありません」


「このからくりは、つまりそういうことなんだよ」


 命令は、口から出せば成立するものじゃない。

 命令する側にその権限があり、相手がそれを聞く立場にいて、初めて「命令に逆らった」という関係が生まれる。


「少なくとも、アベルの能力ではそうなんだ。先に、あいつの命令を聞かなきゃならねぇ立場へ入っている必要がある」


 俺は招待状を机へ置いた。


「加藤君とリアは、ヴィスブリッジの社員だ。セレノアに置いた支店を通して、アベルの管轄へ入っていた。だから、あいつの意思に反した瞬間、『逆らった』と判定された」


「でも、伶亜さんは……」


「そう。伶亜さんにはねぇんだよ。アベルとのつながりが。ここの正式な社員じゃねぇからな」


 聖華さんが、はっとした顔で伶亜さんを見た。


「私が何度誘っても、断られました」


「寄り道しただけだからな」


 伶亜さんは、いつもの言葉で答えた。


「社員じゃねぇ。支店にも所属していない。つまり、アベルは伶亜さんの王じゃなかったんだ」


 だから、シミターを抜いて斬りかかっても、光は何も変えられなかった。


 あれは反逆ではない。

 ただの部外者からの攻撃だったのだ。


 そして二度目の招待状には、わざわざ答えが書かれている。


『ヴィスブリッジの正式な所属者に限る』


 誠司さんが、ゆっくりとうなずく。

 リーズは静かに目を閉じた。


 ヴィスブリッジは、セレノアへ正式に支店を置いた。

 俺たちの名前も、王国の登録簿へ載っている。


「招待状と伶亜さんの一例だけでは、まだ証明できません」

「そのとおり。これは、まだ仮説だ」


 特記事項は、無条件で一方的な力じゃない。

 強い力ほど、発動するための条件がある。


 以前の敵もそうだった。

 力を吸い取るには、先に嘘を見破られる必要があった。


 アベルも同じだとすれば、筋が通る。


 『逆らった者』を『檻』へ入れる。


 だが、誰でも檻へ入れられるわけじゃない。

 最初から奴の管轄にいない者まで、『僕へ逆らった者』にはできない。


「支店をこの国へ置いたことで、俺たちは自分から、あいつの力が届く場所へ入っちまった」


 始めるにはアベルの承認がいる。

 終わらせる権利は、こちらにも残っている。


 そうでなければ、こいつは契約にならない。

 ただのハメ技だ。


 それでも、まだ足りない。


 支店を閉じれば、本当に光を防げるのか。

 すでにオブジェにされた加藤君とリアまで戻るのか。


 そこは、まったく分かっていない。


「どうやって確かめるのですか?」


 聖華さんが聞いた。


「確かめにいく必要はねぇよ」


 俺は、招待状に並んだ四人の名前を指で叩いた。


「あいつは次の会合で、正式な社員だけを呼んだ。光が効かなかった伶亜さんは外した。俺とリーズは嫌われているのに、社員だから呼ばれた」


「なら、次に何を要求してくるかを見れば……」


「奴自身が、勝手に答えを教えてくれる」


 支店を閉じるというカードは、まだ切らない。


 切れることすら、悟らせない。


 アベル。

 お前の鎧、ここからきっちり、一枚ずつ剥がさせてもらうぜ。


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