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ブサメンガチファイター  作者: 弘松 涼
第四章 感謝の国と慈愛の王
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67 最初の敗北

 ヴィスブリッジ・セレノア支店の会議室で、俺は一枚の紙を机に置いた。


 ポケットにしまってある、リーズから渡された紙とは別のものだ。

 出どころを悟られないよう、筆跡だけは変えた。

 文章には手を加えていない。

 オレンジ色の線が引かれていた、能力として発現している部分だけを、そのまま書き写した。


「王宮の執務室を調べたら、こんなものが出てきた」


 嘘である。


「さすが元探偵!」

「さすが元探偵です」


 聖華さんと誠司さんが、ほぼ同時に言った。


 通った。

 元探偵設定、便利。


 ……いや、これだと探偵じゃなくて泥棒か。

 突っ込まれなくてよかった。


 全員が机を囲み、そこに書かれた文章を目で追った。


『僕に逆らったやつは、冷たく狭い檻の中で反省しろ。

 自分が何を間違えたのか、本当に理解するまで、そこから出てくるな。

 その力を、今度こそ正しく人々のために使え。

 どれだけ謝っても、許すかどうかを決めるのは僕だ――』


 読み終えた聖華さんが、紙から顔を上げた。


「これが……アベルさんの」

「能力の説明書と決めつけるのは早いです。ただ、昨日の裁判と重なる部分が多すぎます」


 誠司さんの声は落ち着いていた。

 けれど、机の上で組んだ両手には、はっきりと力が入っていた。


 誠司さんはその手をほどき、小さな紙片を八枚、机へ並べた。

 そこへ、特記事項の中で気になった言葉を一つずつ書いていく。


『逆らう』

『檻』

『反省』

『理解』

『力』

『正しく使う』

『許す』

『決めるのは僕』


 誠司さんは、その中から三枚を選び、机の中央へ並べた。


『逆らう』

『力』

『檻』


「まず、起点になりそうなのは『逆らう』です」


 俺もうなずいた。

 さすが誠司さんだ。俺も同じところが気になっていた。


 リーズへ視線を向ける。

 彼女は誠司さんの話へ集中していた。表情から答えは読み取れない。


「『逆らう』というのは、どこからですの?」


 リアが腕を組んだ。


「反対意見を言ったら? 命令を聞かなかったら? それとも、心の中で嫌いと思っただけで?」

「分かりません。何をもって『逆らった』と判断するのかを決めるのがアベル王なら、こちらから境界を確かめるのも危険です」


 加藤君の即答に、伶亜さんが横から口を挟んだ。


「なら、何も言わずに斬ればいいだろ」


「最も避けるべき確認方法です」

 誠司さんが即座に却下した。


「確認じゃねぇ。解決だ」


 それは解決じゃなくて開戦だ。


「質問するだけなら、逆らったことにはなりませんか?」

 聖華さんの問いに、加藤君が答えた。

「普通ならそうです。ただし、『逆らった』かどうかを決めるのがアベル王なら、安全とは言い切れません」


 特記事項は、法律の条文じゃない。

 書いたやつの感情から生まれた力だ。


「何をされたら逆らわれたと感じるのか。それは、あいつにしか分からねぇってことか」

「おそらく」

 加藤君が短く答えた。


 誠司さんは、次に『檻』と書かれた紙へ指を置いた。


「昨日、ダリオさんが連れていかれた〈感謝の家〉。この『檻』と関係している可能性があります」

「反省するための場所、でしょうか」


 聖華さんが言った。


「そんな生易しいもんか?」


 伶亜さんが眉を寄せる。


「拷問部屋ですわね」

「珍しく意見が合うな」


 リアと伶亜さんが、そろって悪そうに笑った。


 お前ら、趣味が極悪だな。


 だが、『檻』という言葉が気になるのは俺も同じだ。

 〈感謝の家〉という答えらしきものが目の前にあるから、つなげたくなる。

 けど、最初に答えを決めちまうと、それ以外が見えなくなる。


「〈感謝の家〉については、会合で聞けそうなら聞きます。質問するだけなら、すぐに『逆らう』とは判定されないはずです」


 誠司さんは、残った紙片を見渡した。


「そして、強い特記事項には、それに見合う発動条件か負荷があるはずです。『逆らう』ことで何かが始まり、『許す』ことで終わる。そう読むこともできます」


 そこで、なぜか俺を見た。


「しげるさんは、どう思いますか?」

「お、俺?」


 俺は紙片を三枚、手前へ引き寄せた。


『逆らう』

『檻』

『許す』


「予想を増やしすぎると、それに引っ張られて、見えるもんまで見えなくなる」


『力』と書かれた紙を指で弾く。


「これもかなり怪しい。けど、どうとでも読めちまう。『逆らう』と『許す』は、始まりと終わりで対になっている。『檻』だけは、具体的な形を持つ言葉だ。今は、この三つに集中した方がいいと思う」


 誠司さんはうなずいた。


「今回の参加者に、しげるさんがいないのはかなり厳しいですね」

「まだ喧嘩すると決まったわけじゃない。呼ばれてないメンバーまで行ったら、それこそ『逆らう』に引っかかるかもしれねぇ」


 誠司さんは、机の端に置かれた青い封書へ視線を移した。


 昨日、感謝裁判のあとで王宮の使いから渡された、正式な会合への招待状だ。

 内側の出席者欄には、五人の名が指定されていた。


 誠司さん、聖華さん、加藤君、リア、伶亜さん。


 その中に、リーズと俺がいねぇ。


 この五人が呼ばれて、俺たち二人が外された理由は――。

 まあ、だいたい予想できる。


【招待された人】

 誠司さん:感謝精度、88。

 聖華さん:感謝精度、98。

 加藤君:感謝精度、95。

 リア:感謝精度、68。

 伶亜さん:感謝精度、79。


【招待されなかった人】

 リーズ:感謝精度、不明。オウムは「ムカツク」と言った。

 俺:感謝精度、5。


「分かりやすいな」


 俺が言うと、リーズがわずかにうなずいた。


 王様からすれば、呼びたくない二人なのだろう。


「そうですね。しげるさんの言うとおり、まだ会談に招かれただけです。お二人は支店で待っていてください」


 誠司さんはそう言った。

 俺も「了解」と答えた。


 待つとは言った。

 見に行かないとは言っていない。


     *


 王宮の会議室は、やけに白かった。


 壁も、柱も、長い机も白い。

 窓から入る日の光まで、ここではアベルの味方に見える。


 俺は天井裏の梁に腹ばいになっていた。

 リーズは、会議室を見下ろす二階回廊の柱陰に潜んでいる。どうやって入ったのかは知らん。あいつに聞くと、だいたい「普通に」で終わる。


 会議室では、アベルがにこやかに両手を広げた。


 加藤君は、これまでの記事を確認するため、例の新聞も資料と一緒に持ち込んでいた。


「来てくれて嬉しいよ。ぜひ、君たちの力を、この国のために貸してほしいと思っている。そのためにも、今日は君たちの考えを聞かせてほしくて、この場を設けたんだ」


 肩には例のオウムがいた。


「セイジ、ロクジュウニ。セイカ、ナナジュウイチ。カトウ、ロクジュウヨン。リア、サンジュウイチ。レイア、ヨンジュウヨン」


 前に聞いた数字より、全員落ちている。

 それでも、アベルは笑っていた。


「昨日の感謝裁判を見に来ていたよね。数字が下がったのは、そのせいかな?」


 アベルが先に切り出した。


「公開された範囲では、筋の通った判決だったと思います」


 誠司さんは静かに答えた。


「なら、何が気になっているのかな?」

「率直にお聞きします。ダリオさんは、どこへ連れていかれたのですか」

「感謝の家だよ。彼が自分の過ちを理解するための場所だ」

「家族との面会は?」

「反省が済めば会える」

「誰が、反省が済んだと判断するのでしょう」


 アベルの笑顔が、ほんの少し止まった。


「僕だよ。王である僕が判断する」


 誠司さんは反論しなかった。


「もう一つ。感謝制度の不具合を指摘した人まで連行されている、という訴えがあります。制度を良くするための意見と、王への反逆は分けるべきではないでしょうか」


 ぎりぎりだ。


 俺は天井に開いた小さな穴からアベルを見た。

 オウムは黙っている。アベルも、まだ笑っている。


「もちろんだよ。正しい意見なら、僕は歓迎している」

「正しいかどうかを判断するのも、王ですか?」


 加藤君だった。


 アベルの視線が、ゆっくり動いた。


「そうだよ」

「では、王が誤っていた場合、制度には修正手段がありません」


 加藤君らしい。

 正しい。正しすぎた。


「僕が、誤っている?」

「可能性の話です。人間である以上――」


 白い光が走った。


 音はなかった。


 加藤君の足が四角く固まり、腰が木の引き出しへ変わる。両腕が天板となって広がり、悲鳴を上げる暇もなく、一台の黒い事務机がそこに残った。


「机か。なるほど、君らしい」


 アベルは、出来上がった形を確かめるように目を細めた。


「加藤さん!」


 聖華さんが弾かれたように立ち上がった。

 椅子が後ろへ倒れた。


 事務机の上へ、白い文字が浮かんだ。


『計算ヲ開始シマス。

 王ノ政策ニ必要ナ資源配分ヲ算出シマス』


「加藤さん!」


 聖華さんがもう一度呼んだ。

 机は答えない。天板に組み込まれた歯車と、白い数字だけが動き始めた。


 床へ落ちた新聞を、衛兵が拾った。


「それも預かるよ」


 アベルは、紙面を一度だけ見た。


「この国について、ずいぶん余計なことを書いているようだから」


「あなた……何をしましたの!」


 リアの周囲に、幾重もの赤い魔法陣が浮かび上がった。

 魔法陣が輝きを増し、周囲の空気が熱で歪む。


「待ってください!」


 誠司さんの声より、リアの炎が早かった。


 炎がアベルへ届く寸前、二本目の白い光が走る。


 リアの身体が小さく縮んだ。

 金色の髪はゼンマイへ、広げた腕は飾りの人形へ変わる。床に落ちたのは、赤い蓋のついたオルゴールだった。


 蓋が開く。


 優しい曲が流れた。

 その曲に合わせて、小さなリアが笑顔で回っている。


「オルゴールか。悪くない。君の力にふさわしいよ」


『王ノ心ヲ慰メマス。王ノ心ヲ慰メマス』

 オルゴールが平坦な声で繰り返した。


「てめぇ!」


 伶亜さんが腰のシミターを抜いた。


 斬撃が白い机を裂く。

 アベルは椅子ごと後ろへ下がった。肩のオウムが羽を散らす。


 まずい。完全に負の連鎖だ。

 こうなったら、俺が出ていって止めるしか――。


 三本目の白い光が、伶亜さんの胸へ命中した。


 伶亜さんまで、あいつらと同じに――。

 そう思った。


 だが。


 何も起きなかった。


「……え?」


 アベルの顔から、初めて余裕が消えた。


「なんで」


 もう一度、光が走る。

 伶亜さんは腕で顔をかばった。

 それでも、その身体には何の変化も起きなかった。


 彼女は床を蹴った。

 シミターの切っ先が、まっすぐアベルの喉元へ走る。


「伶亜さん、止まってください!」


 切っ先が届く寸前、誠司さんが背後から飛びつき、伶亜さんを羽交い締めにした。


「離せ! あいつ、リアを!」

「今は駄目です!」

「じゃあ、いつならいいんだよ!」


 衛兵が一斉に槍を構えた。

 聖華さんはオルゴールの前に膝をつき、手を伸ばすこともできずに震えている。


 俺は天井に開いた小さな穴から、リーズの様子をうかがった。


 柱の陰に潜む彼女の手が、弓へ伸びる。

 だが、触れる寸前で止まった。


 リーズの視線が、すっと天井へ向く。

 穴越しに、俺と目が合った。


 俺の判断を待っているのだ。


 弓へ手をかけ、矢をつがえた瞬間、それを〈逆らう〉と判定されるかもしれねぇ。

 だから、まだ動かない。


 けど、リーズの腕なら、矢をつがえてから放つまで0.1秒もかからないだろう。

 次の瞬間には、アベルの眉間を射抜ける。


 撃とうと思えば、いつでも撃てる。


 だが、撃ったら何が起きる?


 奴の能力は、まだ解読できていねぇ。

 次の光が誠司さんや聖華さんへ向くかもしれない。いや、光だけで済む保証すらない。


 それに、アベルを倒したら、加藤君とリアは元へ戻るのか?

 戻らなかったら、一巻の終わりじゃねぇか。


 俺は梁を、爪の先でごく小さく二度叩いた。


 ――待て。


 少し間を置いて、リーズがこちらへ一度だけうなずいた。


 分かった。そう伝える合図だった。


 その直後、会議室から誠司さんの声が聞こえた。


「こちらは武器を収めます」


 誠司さんは伶亜さんを押さえたまま、アベルへ告げた。


「ですから、これ以上、誰も傷つけないでください」

「それは君たち次第だよ」


「それは、どういう意味ですか」

「最初に逆らったのは、君たちの方だと言っているんだ」

「逆らうも何も、あんたが先に二人を――」


 誠司さんがゆっくり腕を離すと、伶亜さんはアベルを睨んだまま、シミターを鞘へ戻した。


 伶亜さんの言葉を無視して、アベルは立ち上がった。

 先ほどまで動揺していた声は、いつもの穏やかなものへ戻っている。


「今日は帰っていい。頭を冷やして、僕の提案を考えてほしい。君と聖華さんには、まだ期待しているんだ」


「加藤君とリアさんは?」

「反省が終われば戻すよ」


 信じていいのか?


 だが、このまま戦ってどうなる。

 加藤君とリアを戻す方法も分からない。ここはいったん時間を稼いだ方がいい。


 そして、時間が欲しいのはアベルも同じらしい。

 奴の口元が、わずかに動いた。


「馬鹿な……なぜだ。どこで間違った……」


 普通なら、耳を澄ましても聞き取れないほどの小声だ。

 だが、俺の神クラスの聴力は聞き逃さなかった。


 伶亜さんに、あの光が効かなかった。

 それはアベルにとって、明らかな計算外だった。


 つまり奴は、この会議へ呼んだ五人全員に、あの術が通じると踏んでいた。

 話し合いが決裂しても、最後には全員を黙らせられる。そう考えて、この場を用意したのだ。


 今、奴自身が、その前提を疑い始めている。


 誠司さんは、オルゴールへ視線を落とした。


「必ず、迎えに来ます」


 その日、俺たちは二人を置いて帰るしかなかった。


 最強新聞も、王宮へ奪われた。


 ヴィスブリッジが、初めてアベルに負けた瞬間だった。


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