表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブサメンガチファイター  作者: 弘松 涼
第四章 感謝の国と慈愛の王
PR
81/85

61 ありがとうで暮らしてみる

 翌朝、ヴィスブリッジ・セレノア支店は、開店前から深刻な経営会議を迎えていた。


 家具らしい家具は、昨日リアが占領していたソファ一つだけ。


 机がない。


 椅子もない。


 客が来ても、リアがどかなければ床へ座らせるしかない。


「床に座らせても、この国の人なら床に感謝してくれるんじゃね?」

「却下です。しげるさん、家具を買いに行きましょう」


 支店口座には、昨日みんなで入れた60グラティアがある。必要なものを書き出し、中央広場の配給商店へ向かうことになった。


 昨日は持ち込んだ保存食で済ませ、その残りも今朝で底をついた。家具だけでなく、食料も必要だ。


 俺は一歩遅れて歩いた。


 自分で稼いだ分は、0だ。

 みんなで使う金だと分かっていても、いざ買い物となると、少しだけ足が重い。


「しげるさん」


 聖華さんが立ち止まった。


「机は、しげるさんも使いますよね?」

「まあ」

「では、一緒に選んでください。しげるさんが直してくれた水を、この国の人が知らなくても、私たちは知っています」


 普通に言われると困る。

 俺は頭を掻いて、先へ歩いた。


「なるべく安いやつにしようぜ」

「はい」


 中央配給商店は、買い物をする場所というより、祭りの会場に近かった。


 青い天幕の下に、焼き菓子、衣類、家具、陶器、玩具が並ぶ。値札にはグラティアの数字だけが書かれ、店員たちは客へ品物の由来まで熱心に説明していた。


「こちらのカップは、東工房の職人さんが一つずつ絵を描いています」

「素敵ですね。詳しく教えてくださって、ありがとうございます」

「気に入っていただけて何よりです」


 聖華さんが礼を言った瞬間、店員の腕輪へ感謝の光が流れ込み、数字が一つ増えた。


 商品を売った代金ではない。

 よい品を紹介したことへの感謝だ。


「ちょっと待って。カップ代は誰が受け取るんだ?」

「国庫へ戻ります」


 店員の女性は、変なことを聞かれたという顔もせずに答えた。


「商品は国の認可工房から納められています。購入に使われたグラティアは国庫へ戻り、次の恩恵として配給されます」

「じゃあ、あんたの給料は?」

「私の案内を喜んでくださった方から、感謝をいただきます」


 店員が、にこりと笑う。


 俺も笑い返した。


 時間だけが流れた。


「しげるさん」


 聖華さんが、小声で言う。


「ありがとうって言わないんですか?」

「今、要求されると逆に言いづらくなった」

「要求していませんよ!」

「ありがとうございます」


 俺と店員の腕輪の間に光が生まれ、店員の数字が一つ増えた。

 俺の腕輪は0のままだ。こっちのグラティアを渡したわけではないらしい。

 店員の笑顔が、ほんの少しだけ深くなった。


 嫌な感じはしない。

 丁寧に接客をして、客に喜ばれれば暮らしていける。売上目標も、販売額に応じた歩合もない。この店員が品物を押しつけてこないのも、客の満足がそのまま収入になるからだろう。


 良い仕組みだ。

 少なくとも、目の前だけを見れば。


 支店用の机は、一台3グラティアだった。

 傷のない大きな机が三。折り畳み椅子が八。白い食器が一式。毛布と、来客用の茶葉。それだけ買っても、まだ余裕がある。


「安いな」

「生活に必要な品は、王国が値段を抑えているんです」


 家具売り場の老人が、誇らしげに胸を張った。


「誰でも、食べて、眠れて、病気になれば診てもらえる。アベル様が、そういう国にしてくださったんですよ」

「それは、すごいですね」


 誠司さんは心からそう言った。


 その一言で、老人の腕輪が光る。

 老人は金を受け取った顔ではなく、長く信じてきたものを認めてもらった顔をした。


 ここでは金と感情が近い。

 けれど、同じではない。


 少し離れた棚では、リアが勇者アルディーン人形を二体抱えていた。


「見て。こっちは通常版で、こっちは建国祭限定の赤い外套よ」

「いりません」

「支店の魔除けになるわ」

「一体12グラティアですよ」

「安いわね」

「机四つ分です」


 加藤君が冷静に奪い取って棚へ戻した。


 よく見ると、英雄人形は棚一面にある。アベルの肖像皿、感謝鳥の置物、青い花をかたどった砂糖菓子も山積みだ。


 その隣の食料棚は、妙に隙間が多かった。


「小麦粉は?」

「本日分は終了しました」

「パンは?」

「午後の入荷をお待ちください」

「井戸の弁に使う金具はあるか?」

「取り寄せに十二日ほどかかります」


 代わりに、青い花の形をしたクッキーなら、今すぐ百枚買えるらしい。


「食えりゃ一緒だろ」


 俺が一袋つかむと、誠司さんが静かに戻した。


「支店の運営費です」

「社員の生命維持費です」


 結局、聖華さんが「支店の食費です」と誠司さんを説得し、クッキーを一袋だけ買い物籠へ入れた。


 会計台で誠司さんが腕輪をかざし、支店口座を選ぶ。買い物の代金がまとめて引かれた。

 光は店員の腕輪へは入らず、台座に刻まれた王国の紋章へ吸い込まれていく。


 これで、商品代は国庫へ戻ったわけか。

 店員が受け取れるのは、客からもらった感謝だけらしい。


 昼すぎ、荷車へ家具を積み終えたところで、広場の鐘が鳴った。


 続いて、悲鳴が上がった。


 人垣の向こうで、果物を積んだ荷車が暴走している。御者が投げ出され、通りの先には母親と幼い子供が立ちすくんでいた。


 誠司さんが駆け出す。


 その頭上を、赤い影が越えた。


「人は僕のことをこう呼ぶ。さすらいの勇者アルディーン!」


 屋根から飛び降りた偽アルディーンが、子供を左腕に抱き上げる。

 右手で荷車の横腹を押し、石畳へ長い溝を刻みながら三歩で止めた。

 人垣から、今度は歓声が上がった。


 果物が空へ舞う。

 偽アルディーンは子供を母親へ返し、落ちてきた赤い林檎を一つ、何気ない動作で受け止めた。


「悪に名乗る名などない。だが敢えて名乗るのなら、不屈の紅蓮の魂――アルディーン!」


 誰も悪の名前なんて聞いていない。

 けれど、格好よかった。


 正直、めちゃくちゃ格好よかった。


 市民の感謝が光となって偽アルディーンへ集まる。

 彼は林檎を泣いていた子供へ渡し、左手を胸へ当てた。

 顔をわずかに傾け、微笑む。


「感謝は僕ではなく、君を愛する人へ。さらばだ。また、助けを求める声のもとで会おう」


 右足から振り返り、外套を翻して路地へ消える。


 誠司さんは、助けに出した手を中途半端に上げたまま立っていた。


「惜しかったですね」

「競争ではありません。人命が救われたのなら、それでいいんです」


 言葉は完璧だった。

 その横顔だけが、ちょっと悔しそうだった。


 人垣へ、青い腕章の感謝記録官が入ってきた。

 母親と御者へ同じ質問をし、偽アルディーンの名を大きく記録する。明朝には、町の感謝掲示板へ救助の公報が出るという。

 孤児院のときにも見た、手際のよい役人だった。


 聖華さんが抱えていた新聞の紙面に、黒い文字が走る。


『さすらいの勇者アルディーン、暴走荷車から母子を救う』


 事件が起きてから一分も経っていない。

 見出しの下には、赤い林檎を差し出す英雄の挿絵まであった。


「相変わらず最強だな、お前」


 新聞は答えない。

 自分が褒められたことなど知らないように、新しい記事だけを作っていく。


 その夜。

 午後になってもパンは入荷しなかった。荷解きが終わるころには、共同食堂も閉まっていた。


 真新しい机を囲み、俺たちは少し遅い夕食を取った。

 椅子はがたつかず、カップには青い花が描かれ、窓にはヴィスブリッジの看板がある。


 みんなで働いた感謝が、暮らしの形へ変わった。


 いい国だと思う。


 夕食が青い花のクッキーだけだったことを除けば。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
枯渇した必要物資が供給されたら、いっぱい感謝貰えそう。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ