第6章
リラが口を開き、答えようとしたところで、フョードルは片手を上げた。
新しい手だった。
大きく、濃い灰色で、黒い爪がある。皮膚の下には《刻印》の細い線が走っていた。思ったより重い仕草になった。指先の前で空気が揺れ、どこかで鎖が小さく鳴る。
彼は自分の手をもう一度見た。
「いや。先に別のことだ」
リラはすぐに記録板を下げた。
「はい、君主様?」
彼は顔をしかめたが、今はもう争わなかった。
「案内してくれ」
マルヴェインがわずかに眉を上げる。
「案内、ですか?」
「宮殿でも要塞でもいい。さっき俺をでかくて角のある、政治的に面倒な存在へ作り替えたこの場所をだ。お前たちは何て呼んでる?」
「黒の城塞です」
シアナが答えた。
「だろうな。ほかにない」
マルヴェインの唇に細い笑みが浮かぶ。
「名付けられたのは、私たちが生まれるよりずっと前です」
「蝋燭の明かりだと、もっと劇的に聞こえるんだろうな」
「青い炎です」
シアナが訂正した。
フョードルは彼女を見る。
「もっといい」
リラが頭を下げた。
「主要広間、防護通路、君主様の居室、執務室、軍議室、公文書庫への通路、小評議室、内庭へ出る専用口をご案内します」
「居室は特にな。そもそも俺がどこで寝るのか知りたい」
「今後二十四時間ほどは、眠るのが難しい可能性があります。融合後は魔力回路が高活性状態を維持することがあり、新しい神経構造が――」
「シアナ」
彼女は黙った。
「分かった。眠りにくい。それでもベッドは見たい」
リラが記録した。
「それと、衣服を選ぶ必要があります」
彼は自分を見下ろした。
古い人間用の服は、もはや服と呼べる状態ではなかった。ジャケットは肩からぼろ布のように垂れ、シャツは胸と背中に沿って裂け、ズボンは布地の意地だけで辛うじて留まっている。持ち主に尾が生え、腰回りの幅が変わり、足に爪まで生えるなど、誰も事前に教えてくれなかったのだろう。靴も死んでいた。完全に。名誉もなく。
翼を持ち上げ、付け根に引っかかった布切れを見る。
「うん。服は要る」
マルヴェインが穏やかに言った。
「新しい君主のための礼装がございます」
「いらない」
「まだご覧にもなっていませんが」
「もう聞こえた」
リラが少しだけマルヴェインの方へ顔を向ける。
「まず実用的なものからにしましょう」
「助かる。服が欲しい。裸が恥ずかしいからじゃないぞ」
シアナの顔がまた一気に赤くなり、書類へ全力で視線を落とした。
マルヴェインは当然、笑った。
フョードルは続ける。
「単に見た目の問題だ。どうせ俺そのものが政治的事件として眺め回されるなら、せめて予言と事故った人間の残骸じゃなく、多少はまとまったものを見せてやりたい」
リラはほんのわずかに頷いた。
「承知しました」
彼は破れたジャケットの端に触れた。
爪のある指はまだ加減が荒い。布はさらに裂けた。
「……ちょっと惜しいな」
「服が、ですか?」
リラが尋ねる。
「ああ。慣れてた」
口にしてから、自分でもその素っ気なさに驚いた。
ただのジャケットだった。高価でも、美しくも、大それた思い出の品でもない。昔の生活にあった、ただの物だ。靴のサイズを知っていた生活。店までの道を知っていた生活。職場のパソコンのパスワードも、まともなチーズの値段も知っていた生活。
今やそれは、彼の身体にぼろ布としてぶら下がっている。惜しむなんて馬鹿げている。
それでも惜しかった。
リラは破れた布を、嘲笑うことなく見た。
「残しておけます」
フョードルは彼女へ目を向けた。
「なぜ?」
「もう身につけられない物でも、覚えておくことはできますから」
彼はしばらく黙った。
「残してくれ」
「かしこまりました」
リラは素早く彼の身体から残った服を外し、畳んで脇に抱えた。
マルヴェインがわずかに首を傾げた。新しい視覚の端で捉えられる彼のオーラに、興味が動いたのが見える。何かを記憶したのだ。当然だ。この魔族は呼吸まで諜報網として機能していそうだった。
「それと、もう一つ」
全員がまた姿勢を正した。
「候補者だ」
広間が少し冷えた。
気のせいかもしれない。
「残りはどうなる?」
リラはほぼ即答したが、いつもより声が少し硬かった。
「融合完了後、選ばれなかった候補者は処分されます」
フョードルはゆっくり彼女へ顔を向けた。
「全員?」
「有罪者は判決に従って。志願者は、自ら行った誓約に従ってです。彼らはすでに以前の身分を放棄し、待機の魔法陣へ入っています。法の上では――」
「待て」
声は静かだった。
それでも広間中に届いた。
離れた魔法陣に立っていた候補者たちまで顔を上げる。
フョードルは列を見渡した。
巨大で、不気味で、千差万別。殺人者。狂信者。一族の駒。普通の人間なら三ブロック先から避けるような存在。
だが今は全員、手続きが終わったというだけで「処分」されるのを待っていた。
都合がよすぎる。
〈光〉の人間たちに対して、すでに嫌悪していたものと似すぎていた。
言葉。法律。判決。文言。
それさえ揃えば、考えなくて済む。
「駄目だ」
リラが動きを止めた。
「君主様?」
「囚人は牢へ戻せ。事件記録は閉じるな。遺体にするな。刑の執行も、俺が個別に判断するまで止める」
アズガルが一歩近づいた。
「極めて危険な者も含まれています」
「だから牢だ。庭でも散歩でも名誉ある客室でもない。牢屋だ」
アズガルは頷いた。
「承知しました」
シアナが慎重に言う。
「一部の待機陣では、すでに身体を接収するための前処理が始まっています。急停止させると、魔力回路に損傷が出る可能性が」
「生き残るように止めろ」
「はい。それは可能です。ただ、作業が必要になります」
「やってくれ」
シアナは書類を胸へ抱えた。
「はい、君主様」
マルヴェインは非常に注意深く彼を見ている。
「志願者は?」
「誓約から解放する」
広間にざわめきが走った。
今度ははっきりと。
「大貴族家の受け止めは割れるでしょう」
マルヴェインが言った。
「ちょうどいい。練習させろ」
「志願者自身が、辞退を恥辱と考える場合もあります」
「なら生きたまま腹を立ててもらえ」
リラは視線を少し落とし、素早く記録を取った。
「根拠条文には、何と?」
フョードルの口元がわずかに動いた。
「新しい影の君主は、選ばれなかったから余った、という理由で大量処分することから治世を始めるつもりはない――そう書け」
マルヴェインが静かに言った。
「ほとんど政治綱領ですね」
「台無しにするな」
「もう遅いでしょう」
フョードルは志願者たちをもう一度見た。
あの黒い翼の魔族の女もいる。自分のことではなく、一族の栄達について語っていた女だ。英雄的な歌に酔ったような目をした若者もいる。ほかにも何人か。大人。落ち着いた者。怯えた者。空っぽになった者。
「家を出世させるためにここまで来たなら」
彼は言った。
「せめて金くらいはもらわせろ」
シアナが顔を上げた。
「お金、ですか?」
「ああ。報奨金。補償金。好きな名前を付けろ」
マルヴェインが柔らかく指摘する。
「金銭を侮辱と受け取る家もあります。彼らが求めていたのは、玉座への近さです」
「家族の命を出資金みたいに差し出したんだろ。なら報酬を受け取ったっていい」
「額は?」
彼はシアナを見る。
「財務担当は君だ。国庫を潰さず、しかも侮辱にならない額を提案してくれ」
シアナが固まる。
そして目つきが変わった。羞恥が引き、計算が始まる。
「最高等級の軍人死亡補償額を基準にして、身分の自発的放棄係数を掛け、さらに待機陣参加加算を――」
素早く書類をめくり始めた。
「いえ、違います。これは良くありません。支給が弔慰金に似すぎると、各家は『犠牲そのものは受理された』という含意だと解釈します。奉仕の意思に対する君主からの下賜として処理すべきです。ただし請求権は発生させない。そうすれば売買にも、債務にも、政治的承認にもなりません。支給先も分けられます。本人分と家への分。ただし家へ渡すのは、本人が家族へ分配する意思を確認した場合だけに――」
フョードルは笑った。
「君が財務担当でよかった」
シアナはまた赤くなったが、今度は明らかに嬉しそうだった。
「準備します」
「頼む。それと別項で、金を本人に渡すか家に渡すかは、志願者本人が個別に確認する。家族を同席させるな。圧力なしだ」
マルヴェインが小さく笑う。
「本日だけで、すでに大貴族家を三つ、中堅家を二つ、それから犠牲的忠誠という伝統そのものを侮辱なさいました」
「代わりに葬式代を節約してやった」
「その利点に気づくのは最後でしょうね」
「客の反応が悪いのには慣れてる」
リラが記録板から顔を上げた。
「命令を記録しました。選ばれなかった有罪者は、君主様による個別再審まで牢へ戻す。志願者は誓約から解放し、シアナ・ヴェイルが作成する財務方式に従って君主からの下賜を受ける。本人への支給先確認は、家族不在で行う」
「ああ」
アズガルが衛兵へ向き直った。
「執行せよ」
今度、広間を満たした動きは別の種類だった。
礼でもない。
力への服従でもない。
困惑だった。
衛兵たちが候補者を分け始める。魔法陣は一つずつ消えていった。有罪者の鎖は残ったが、処分場所へ連れて行かれることはない。志願者たちは違う足取りで出ていく。呆然とする者。腹を立てる者。魔族の顔でも隠しきれないほど安堵している者。
黒翼の女は、彼の前を通り過ぎようとして立ち止まり、不意に片膝をついた。
「私の家は、不満を持つでしょう」
「君は?」
彼女は顔を上げた。
長く黙った。
「……分かりません」
「まず、そこから始めろ」
女はさらに頭を下げて去っていった。
英雄のような目をした若者は、礼もしなかった。戸惑いと怒りを浮かべてフョードルを見ている。
自分が準備していた、美しい死を奪われたのだ。
彼は少しだけリラの方へ顔を向けた。
「こいつとは別に話せ」
リラが記録する。
「理由は?」
「意味を取り戻すために、馬鹿をやりかねない」
アズガルが短く、肯定するように頷いた。
「その通りです」
「俺の世界にもいたよ。角がなかっただけで」
マルヴェインが微笑む。
「ますます、あなたの世界を知りたくなってきました」
「俺もお前たちの世界を知りたい。飯のあとでな」
シアナがはっとした。
「融合後は本当に食事を取ってください。大量に。できれば蛋白質、ミネラルを多く含んだスープ。血液は必須ではありませんが、一部の身体系統では――」
そこで言葉を止めた。
「血?」
「必須ではありません」
シアナは素早く繰り返した。
「その『必須ではありません』って、妙によく出てくるな」
「新しい身体は、非常に広い食物範囲を消化できます」
「普通の昼飯が食いたい」
リラが確認した。
「人間基準の普通ですか。それとも魔族基準でしょうか」
彼は考えた。
「まず人間基準で始めて、シアナが致命的な実験じゃないと判断した魔族側のものを足そう」
シアナは真面目に頷いた。
「致命的ではありません。確実に」
「素晴らしい。もう進歩だ」
黒の城塞の案内は、フョードルが三度、翼を戸口にぶつけるところから始まった。
三度目で足を止め、ゆっくりリラへ顔を向ける。
「何も言うな」
彼女は完璧な無表情を保っていた。
「何も申し上げておりません」
「考えた」
「いろいろと」
「特に『狭い場所では翼を広げない方がいい』については何も言わないでおきます」
後ろからシアナがぼそりと呟いた。
フョードルが振り返る。
彼女は即座に書類へ顔を埋めた。
反対側を歩くマルヴェインは、実に幸せそうだった。
「俺の身体慣らしが、皆の娯楽になってるようで何よりだ」
「全員ではありませんよ」
マルヴェインが答える。
「アズガルは戦闘能力を評価し、リラは随行手順を、シアナは運動上の危険と消費エネルギーを、私は今後流れる噂を評価しています」
「どんな?」
「『影の君主は融合から一時間も経たぬうちに、自らの翼で宮殿を破壊しようとしたが、建築物に慈悲を示した』」
「もう真実よりましだ」
彼らは下層の広間、階段、回廊、岩の天蓋に覆われた内庭を抜けた。
城塞は巨大な裂け目か、山の内部に築かれているらしい。すぐには判断できない。空間は細い廊下に締め付けられたかと思えば、突然、途方もない広間へ開く。黒い石の壁は遥か上まで伸び、壁面の灯火が星のように見えるほどだった。
内庭にも空はなかった。
頭上には中央に裂け目のある石の大アーチが掛かり、その裂け目では〈闇〉がゆっくり渦巻いている。
煙ではない。雲でもない。
生きた深淵だった。断崖の縁から夜の海を覗き込んだような。
「これは空か?」
シアナが答えた。
「いいえ。〈影〉の上層を映したものです。本物の空は東塔から見えます」
「お前たちのところじゃ、空まで探さないと見つからないのか」
「黒の城塞では、そうです」
彼らは地図の間を通った。
巨大な垂直板の上で、〈影〉の地図が生き物のように動いている。国境線が明滅し、赤い点は駐屯地、銀色は外交拠点を示していた。白い点についてアズガルに尋ねると、係争地に建てられた〈光〉の神殿だという。
フョードルは地図の前で立ち止まった。
白が多すぎる。
「これは後だ」
アズガルが頷く。
「昼食後に」
公文書庫は入口から覗いただけで十分だった。
果てしない棚。梯子。吊り橋のような通路。輝く封印。薄闇の中を動き回る魔族の書記たち。
巨大な書類の巣箱の中を這う虫の群れに見えた。
「これ、全部俺が読むのか?」
リラが答える。
「いいえ。大部分は私が代わりに読みます」
フョードルは心から敬意を込めて彼女を見た。
「やっぱり君はアズガルより怖いかもしれないな」
アズガルは気を悪くしなかった。
「はい」
リラはただ言った。
「今の発言は記録しません」
「惜しいですね」
マルヴェインが言った。
その後は武器庫の回廊、小評議室、謁見の間、古い術式で壁を埋め尽くされた複数の防護通路を抜け、ようやく私的区画へ着いた。
彼の居室だ。
玉座の間よりは小さい。
それでも、以前住んでいたアパートと比べれば犯罪的に広かった。
警護付きの前室。長机と地図と棚のある執務室。図書室。交渉室。黒大理石の地下温泉と呼んだ方が近い浴室。小隊くらいなら、疲れていれば一緒に寝られそうな寝台。
その寝台にはくぼみがあった。
リラの説明によれば、翼を半開きにしたまま眠るためのものらしい。
フョードルはくぼみを見る。
リラを見る。
もう一度くぼみを見る。
「本気か?」
シアナが口を挟んだ。
「有翼の魔族は、睡眠中に翼を完全に押さえ込むと不快感が生じることが多いんです。特に融合後の最初の数週間は。痙攣、無意識の力の放出、家具の破損などが――」
「家具が壊れることだけは、なぜかあまり心配にならない」
リラが隣の扉を示した。
「衣装室です」
「今はそっちが重要だ」
衣装室は広かった。
入口で彼は立ち止まった。
「いや、ない」
リラが平然と尋ねる。
「何がでしょう」
「全部だ。一人が持っていい服の量じゃない」
「もう完全な人間ではありませんので」
「始めるな」
壁沿いには外套、長衣、ベスト、シャツ、戦装束、帯、装飾品、鎖、手袋、靴、それに用途が一目では分からず、今は質問しないことにした服飾品まで並んでいた。
多くは翼と尾に合わせて作られている。切れ目、留め具、補強された縁、柔軟な差し込み。
色はほとんど暗色系だった。黒、炭色、深い葡萄色、濃紺、銀、ときどき艶消しの金。
礼装一式は、権力と血と何重にも仕込んだ含意を心から愛する連中が仕立てたように見える。
彼は、特に重そうな外套を指差した。
高い襟。異様に幅広い肩。棘。銀の鎖。
「これは誰用だ?」
マルヴェインが答える。
「影の君主です」
「扉に引っかかって、荘厳さで窒息死したい影の君主用か?」
「大規模な謁見用です」
リラが別の一式を取り出した。
もっと簡素だ。
尾に対応した濃色のズボン。柔らかいブーツ。翼を通せるよう背中の開いた厚手の袖なし下衣。その上に、胸元を銀の留め具で留める長い濃色のベストと太い帯。外套は短く実用的で、翼を邪魔しない位置に固定する。
「適応期用です。近しい者の前に出るには十分な格があり、毎分服のことを考えずに済む程度には動きやすいものです」
フョードルは眺めた。
「それでいい」
着替えは、それだけで一つの試練になった。
裸だからではない。
誰に何を見られようが、どうでもよかった。
この数時間で、元の世界と、元の身体と、血をコップ二杯ほどと、今夜を普通の夜だと思う権利まで奪われた。尻を見られて恥ずかしがる余裕など、今の彼には贅沢だった。
問題は翼と尾と爪だ。
リラは事務的に手伝い、気まずさの欠片もない。シアナは正確すぎる指示を出しては、自分の言い方に自分で赤くなった。
マルヴェインだけは最初に追い出した。
「ですが私は政治的な印象管理の担当ですよ」
「だから扉の外で担当してろ」
「後世の物語から重要な細部が失われます」
「君の命を守ってやってるんだ」
「もっともです」
ジャケット、シャツ、ズボンの残骸はリラが持ち歩き、丁寧に別に畳んでいた。
彼は気づいたが、何も言わなかった。
新しい服は驚くほどよく馴染んだ。
ケイルの身体は以前の自分より大きく、重く、強い。それでも服は彼を彫像にしようとはしなかった。
動ける。翼は背中で自由に休める。尾は専用の切れ目を通っている。
フョードルは鏡を見た。
背の高い、暗い鏡だった。銀の枠がある。
そこから魔族がこちらを見ていた。
背が高い。成熟している。絞られていて、強い。
暗い灰褐色の皮膚。後ろへ湾曲する角。大きな革翼。長く力強い尾。黒い爪。
肩は広くなり、背中は厚く、胸板も密度を増している。筋肉を誇示するような身体ではない。ただ、体格で証明する必要などない種類の力があった。腱が締まり、まとまり、危険なほど持久力に満ちている。
顔はケイルの顔のまま、それでいてもう完全にケイルのものではなかった。
鋭い頬骨。銀の混じる黒髪。疲れた口元。目尻と唇の脇に残る浅い皺。
それらは残っているが、《刻印》とフョードル自身の表情が、顔立ちの印象をずらしていた。
瞳には深さが宿っている。明るくも、美しくもない。瞳孔の奥に暗い水が溜まっているような深さだ。
少し顔を傾けると、鏡の中に異質で、それでも見覚えのある何かが浮かぶ。
魔族の顔に居座った、人間じみた皮肉だった。
服は思った以上に、新しい輪郭をうまくまとめていた。
濃紺と灰色の布。黒い差し色。胸の銀留め。太い帯。翼のために開いた背。
実用的で、厳格で、縫い目一つ一つに芝居がかった王冠を付けてはいない。
昔の自分ではない。
店へ買い物に行っていた人間でもない。
だが、他人の予言から抜け出してきた彫像でもなかった。
疲れた口元に、不意に自分を見つけた。
以前の自分ではない。
それでも、自分だった。
胸元の留め具を直す。
「まあ」
フョードルは言った。
「見た目としては悪くない」
リラが鏡像を見る。
「はい」
その声には、単なる服の評価以上のものがあった。
脇に立つシアナが、小声で付け足す。
「外形適合は安定しています。顔面の変化も定着済み。オーラの拡散もありません。非常に良い兆候です」
「つまり、見た目は普通?」
彼女は赤くなった。
「魔族の基準では……かなり威圧的です」
「十分だ」
昼食は妙だった。
食べ物は、知っているものと知らないものが同時に並んでいた。
肉。濃く暗いスープ。ずっしりしたパン。渋味のある果物。チーズ。それから、原材料を聞かないことにした料理がいくつか。
血は出なかった。
その点は評価した。
かなり食べた。
最初は慎重に口へ運んでいた。
そのうち身体の方が、儀式と痛みと魔法と骨格の再構築と翼の誕生には補償が必要だと判断したらしく、慎重さは消えた。
シアナは満足そうだった。
「融合後の食欲が良好なのは、代謝が安定している証拠です」
「少なくとも俺の胃は、政治的に信用できるようだな」
リラは隣に座っていたが、食べてはいない。
次々運ばれてくる報告、命令書、大貴族家の最初の反応、警備一覧、志願者と有罪者に関する報告を処理している。ときどき使用人の質問へ短く答え、ときどきフョードルに要点だけを見せた。
「昼食のあと」
彼はようやく言った。
「全体報告の会議をやろう」
「すでに準備しています」
リラが答える。
「誰が来る?」
「アズガル、マルヴェイン、シアナ、私です。警護はグロム。また、宮廷警備隊長、公文書庫の管理官、筆頭医師も招集可能です」
「新顔が多すぎる。今はお前たち四人だけでいい」
リラが頷いた。
「形式は?」
「報告だ。短く。ただし、大事なものを隠せるほど短くはするな。〈光〉の人間。軍の状態。各家の政治。金と研究。俺の身体と危険。あの四人の捕虜。候補者。明日までに爆発しそうなもの全部」
「ほとんど国家全体ですね」
「なら、一番でかい地雷から始めよう」
リラが記録した。
昼食後、マルヴェイン、アズガル、シアナはそれぞれ報告の準備へ散った。
リラだけが残った。
フョードルはすぐには気づかなかった。小評議室へ運ばれてきた地図を眺め、何か訊こうと顔を向けて初めて、彼女が右後方に立っているのに気づく。
首をかなり捻らなければならなかった。
新しい首は以前よりよく回る。それでも苛立ちは昔のままだ。
「リラ」
「はい、君主様?」
「もう少し右。それから、そんなに後ろに立つな」
彼女がわずかに位置を変えた。
フョードルはもう一度顔を向ける。
「駄目だ。まだ首を回さなきゃならない」
「個人随行時の秘書兼助言者の標準位置です」
「その標準を作った奴は首がなかったか、自分の横顔を見せるのが好きだったんだろ」
リラは黙った。
彼は手で位置を示した。
「ここ。左。ほとんど横だ」
彼女は動かなかった。
「何だ?」
「そこは護衛の位置です」
「俺にはもう護衛がいるのか?」
「専属護衛はまだ任命されていません。現在は外周警備で代用しています」
「なら解決だ」
「専属護衛が決まれば、左側を取ります。右利きの攻撃から君主様を庇い、攻撃線から外へ押し出すには左の方が都合がよろしいので」
フョードルは彼女を見る。
「今、暗殺対策の観点から俺の身体の周りの人員配置を真顔で説明してるのか?」
「はい」
「分かった。なら右でいい。ただし、もっと前」
リラが一歩動く。
まだ後ろすぎる。
彼は顔を向けた。
彼女は完全に平静な顔で見返した。
「もう一歩前」
一歩。
「あと半歩」
半歩。
これで視界の端に彼女が入る。銀色で幾層にも重なった、注意深いオーラがすぐそばにある。圧迫してこない。隠れもしない。
「よし。これなら巡洋艦の砲塔みたいに首を回さず話せる」
「巡洋艦の砲塔?」
「忘れなければ、そのうち説明する。俺の世界の軍事物だ。アズガルなら好きそうだ」
「記録しますか?」
「いや。ただの言い回しだ」
それでも彼女は覚えたようだった。
フョードルは長机についた。慎重に。
尾は横へ逃がし、翼は少し開いてから畳み直す。この身体では、座ることさえ一から覚え直さなければならない。
リラが薄い記録板を三枚、彼の前へ置いた。
「会議前に簡単に。生かしておいた〈光〉の人間は現在隔離中です。女神官は沈黙。剣士は処刑を要求。魔術師は取引を試みています」
「頭はいい」
「怯えているだけです」
「両立することは多い」
「死亡した槍兵の遺体は、ご命令通り別に保存しています。残りの候補者は牢へ戻すか、誓約から解放しました。志願者については、すでに家々から照会が来ています」
「怒ってる?」
「一部は。ほかには、金を受け取りつつ玉座との精神的な繋がりも主張できないか検討している家もあります」
彼は目を閉じた。
「マルヴェインが喜ぶな」
「すでに喜んでいます」
「悪いな」
「非常に」
目を開く。
「君は?」
リラが少し顔を向けた。
「私が、何でしょう」
「候補者への命令をどう思う?」
いつもより長く沈黙した。
「問題を生みます」
「そこは分かってる」
「同時に、印象も生みます」
「どんな?」
「惰性で命を浪費しない君主。魔族には珍しい。大貴族家には不都合。軍には、おそらく敬意を持って受け取られます。志願者には危険です。別の方法で忠誠を証明しようとする者が出ますから」
「馬鹿をやって」
「はい」
「なら見張れ」
「すでに」
フョードルは少し注意深く彼女を見た。
「君、いつも質問される前に仕事の半分を終わらせてるみたいな答え方するな」
「そうでなければ、職務を十分に果たせていません」
「筋は通ってる」
小評議室の扉が開いた。
最初に入ってきたのはアズガルだ。余計な書類はない。手に薄い金属板一枚。背には剣。
次にマルヴェイン。書類入れと笑み、それから悪い知らせを持ってきたのに、それをどう美しく並べるかを先に楽しんでいる人間のような顔。
最後がシアナだった。
資料があまりに多く、助手が扉まで運んできた。彼女が合図すると助手は中へ入らず、シアナは全部を机へ下ろして、すぐさま端を揃え始めた。
皆が見ていると気づき、固まる。
「短縮版を準備しました」
フョードルは書類の山を目測した。
「これが短縮?」
「はい」
マルヴェインが座る。
「君主様。こういう時こそ、シアナが財務担当であることを喜ぶべきです。完全版なら建物が一棟必要になります」
「全部聞こえてます」
シアナがぼそりと言った。
「そのつもりで言った」
アズガルだけは立ったままだった。
「座れ」
「軍司令官は立って報告します」
「自分の会議で一晩中見上げていたくない。座れ」
アズガルは短く頷き、席についた。
マルヴェインが、椅子の右側、それほど後ろではない位置に立つリラを見る。
「おや。もう儀礼が変わっていますね」
「始めるな」
「歴史的瞬間を記録しているだけです」
「黙って記録しろ」
「仰せのままに」
リラが、メモ用の空の記録板を彼の前へ置いた。
「報告順は?」
フョードルは全員を見回した。
アズガル。軍。
マルヴェイン。政治、国内関係、それから本人なら「その他の不愉快事」と呼ぶだろう分野。
シアナ。財務、研究、新しい身体、魔法、国庫、それに科学的な意味で爆発し得るもの全部。
リラ。法、儀礼、現実を濾過するフィルター。
腹に槍を刺された初日の顔ぶれとしては、悪くない。
「一番差し迫ってるものからだ」
彼は言った。
「〈光〉の人間。何者で、どうやって俺を見つけた。次に誰が来る。予言を成就させようと別の四人組の馬鹿が来るまで、どれだけ時間がある」
マルヴェインは笑った。
アズガルの顔はさらに険しくなる。
シアナは素早く該当する書類を開いた。
リラは、彼が首を回さず彼女を見られるよう、右からほんの少し近づいた。




