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影の君主  作者: Svolik
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第4章

治療室は、城塞の中にある小さな城塞だった。


黒い石。ガラスのない細い窓。薬草、血、金属、それから骨を焼いた煙のような苦い匂い。ベッドの代わりに、暗い柔らかな敷物を載せた低い石台。医者の代わりに灰色の服を着た魔族たちがいて、静かに動き、ほとんど喋らない。


彼は寝かされ、また診察され、また傷へ黒い何かを注がれた。罵りたくなり、噛みつきたくなり、同時に遺言を書きたくなるような代物だった。


リラは隣で薄い黒板の端末を持ち、爪で何かを書き込んでいた。


「分かってると思うが」


喋れるようになってから彼は言った。


「お前らの民族がいつか観光業を始めるなら、治療風景は広告パンフレットに載せないほうがいい」


「うちの民は観光業をしないわ」


「賢い」


「ここへ来るのは普通、あとで殺すことになる相手だから」


「安定した業界だな」


リラが目を上げた。


「休む必要がある」


「一覧が必要だ」


「必要なのは休息、一覧、食事、説明、警護、服、政治的後ろ盾、《刻印》の検査、それから最低三時間の睡眠」


「一覧から始めよう」


「頑固さは血液の代わりにはならない」


「血液は情報の代わりになるのか?」


リラは彼をじっと見て、それから端末を閉じた。


「ならないわ」


「ほらな」


彼女はほとんど人間のようにため息をついた。


「なら、せめて座って」


しばらくして、彼は椅子へ移された。


大きすぎ、重すぎ、そしてどう見ても、医療用家具を作ろうとしながら権力について考えるのをやめられなかった人間が設計した玉座だった。


肘掛け、高い背もたれ、石を走る黒い筋を眺める。


「この椅子、わざとこういう感じなのか?」


「どういう?」


「患者に『そろそろ大陸を征服しろ』と囁く感じ」


リラは乾いた口調で答えた。


「高位の血筋の重傷者用としては普通の椅子よ」


「つまり、そういうことか」


彼女は反論しなかった。


気弱そうな女魔族が書類を抱えて入ってきた。


大量の書類だった。


後ろには助手が二人。さらに黒い板、巻物、薄い金属板を何枚も運んでいる。


彼女は彼の前で立ち止まり、礼をし、いちばん上の書類を落としかけ、空中で掴み、赤くなった。


「予備選定をまとめました」


「もう、お前らの官僚制が好きになってきた」


「これは第一部だけです」


「今、少し嫌いになった」


リラが彼の右側に立った。


「候補は四群。最高適合、高適合、政治的価値の高い志願者、そして特別な力を持つ受刑者」


「志願者は分けて」


「言われたとおりに」


気弱そうな女魔族が最初の書類を開いた。


「現在、三十七名です。残りは文書審査待ち。この三十七名のうち、身体適合が最高なのは十二名、魔力適合が最高なのは九名。両方で最高なのは三名ですが、全員に重大な政治上の問題があります」


「あるだろうな」


「一人は選べば家門の反乱を招く可能性があります。一人は邪教的殺人犯で、残留痕を残す恐れがあります。もう一人は……」


彼女が言いよどんだ。


「もう一人は?」


「有名すぎます」


彼はより注意深く女を見る。


「どういう意味だ?」


代わりにリラが答えた。


「前の影の君主に仕えた元大臣。対外諸家、条約、国境戦争の顧問。莫大な魔力。統治経験あり。肉体年齢は成熟しているけれど衰耗はなし。前君主の死後に失脚した」


「理由は?」


気弱そうな女魔族は、答えを知っているのが明らかなのに急いで書類を確認した。


「公式には、玉座の利益に対する反逆」


「非公式には?」


リラが言った。


「権力が空白になったあと、どの派閥も支持しなかった」


「自由にしておくには有能すぎて、理由なしに殺すには危険すぎたわけか」


ほとんど音もなく入ってきて、今は扉のそばに立っていた狡猾そうな魔族が柔らかく笑った。


「順応が早いですね」


「人間の中で暮らしてきたからな。今のところ、お前ら魔族が根本的に新しいものを発明した気配はない」


彼は気弱そうな女へ向いた。


「そいつは最後に回す」


「なぜですか?」


「『過剰』な候補なら、他が何で劣るのか先に知りたい」


リラがほとんど見えないほど頷いた。


「合理的ね」


彼は立たされた。


正確には、立つのを手伝われた。


担架を拒否した。グロムに抱えて運ばれるのも拒否し、杖だけは受け入れた。


黒く重い杖で、頭部には牙を剥いた獣の顔が彫られている。


彼は杖を見てから、リラを見た。


「ここには普通の物ってないのか?」


「あるわ。でも、あなたにはこれが似合うと判断された」


「誰に? 俺にか、お前らの俺への妄想にか?」


「今はそこも戦場の一つよ」


「お前が正しいと腹が立つな」


彼女が一覧を渡した。彼は不揃いな文字列を睨んだ。


「悪い知らせだが、一語も読めない」


「今、君主様」


リラが額へ触れ、一覧の上へ手をかざした。文字列が絡まり、ひと塊になり、またほどけた。


文字そのものが彼の言語になったのか、それとも彼のほうが理解できるようになったのか、最後まで分からなかった。


一覧は長く、整然としていて、恐ろしかった。


氏名。家門。肉体年齢。種族。判決または志願同意。適合率。魔力回路。肉体強度。再生力。政治的影響。残留意志の危険。特記事項。


彼はゆっくり指で行を追った。


国境氏族の子供を殺した者。権限を七十三回逸脱した元処刑人。〈光〉の人間へ城門を開いた守備隊の裏切り者。三家の後継者を決闘で刺殺した男。赤穴家の傍系から出された志願者。母親が推薦した志願者。家門評議会が推薦した志願者。本人からの請願書付き志願者。


指が止まった。


「『母親が推薦』は外せ」


気弱そうな女魔族が驚いた。


「適合率は高いです」


「外せ」


「でも――」


「言っただろ」


リラがその行へ印をつけた。


「理由は?」


彼は鼻を鳴らした。


「母親が子供を政治的な贈り物として差し出すなら、それだけで十分だ」


「四十二歳です」


気弱そうな女が慎重に言った。


「そういう母親にとっては、何歳でも物だ。外せ」


リラがまた印をつけた。


扉のそばの男が強い興味を持って見ている。


「今、家門を丸ごと一つ侮辱した自覚は?」


「生き残るだろ。怒るかもしれない。それもデータだ」


「非常に危険なデータ収集法ですね」


「そのぶん正直だ」


候補者の広間は、さらに下にあった。


階段を長く下った。石段は螺旋を描いて深部へ続く。壁には同じ赤い筋が燃えている。空気は濃く、乾き、重くなっていった。どこか遥か下で、城塞の底に巨大な獣が眠っているような低い唸りが響いている。


「ここはいつもこんな音がするのか?」


「〈影〉の根が通っています」


気弱そうな女魔族が言った。


「〈影〉の根」


「地脈魔術の結節点です。本当の根ではありません。ただ、一部の古文書では――」


言葉を止める。


「それはあとで教えてくれ」


女は小さく頷いた。


下層の広間は、地下の通りのように長かった。


両側に候補者たちが並んでいる。


祭壇の上に寝かされた生贄の肉体ではない。


整列していた。


それぞれが、床へ引かれた暗い線の円の中に立つ。背後には警備が二人ずつ。多くは鎖をつけられていたが、鎖はむしろ象徴のように見えた。この中の半分は、普通の鉄くらい簡単に引きちぎるだろうと彼は思った。


巨大で。


恐ろしく。


一体ごとに違う。


最初の候補は、灰色の皮膚と骨板でできた生きた塔のようだった。角は折れた枝のように左右へ広がり、両手は荷車を丸められそうなほど大きい。


一覧にはこうある。


『国境争いの最中、同盟氏族の三村を消滅させた罪で有罪』


「なし」


彼は言った。


リラは理由を訊かなかった。


二人目は細身で、ほとんど美しい。青みがかった肌と、白目のない瞳。穏やかに微笑んでいる。


注記には『連続魂吸収。残留飢餓の危険性・高』。


「なし」


三人目は女魔族。黒い翼、腹の傷痕、動かない顔。志願者だった。家門は忠誠の証として彼女を差し出している。添付文書には『未来の君主へ溶けることを幸福とする』とあった。


彼は女の前で足を止めた。


「自分で選んだのか?」


女が目を上げる。


「我が家門は高く引き上げられます」


「家門のことじゃない。お前の選択を訊いた」


女は黙った。


「外せ」


彼は言った。


リラが印をつける。


広間に、ほとんど聞こえないざわめきが走った。


彼は先へ進んだ。


若すぎる者もいた。形式上は成人だが、犠牲を讃える歌で育った少年の目をしている。外す。


彼を狂信的な歓喜で見る女。外す。


ある犯罪者は笑い出し、『あなたの爪になれるなら光栄だ。その身体で〈光〉を半分殺してほしい』と言った。


即座に外し、別途、判決そのものを再審査。


「再審査?」


リラが確認した。


「ああ。あれだけ俺に入りたがってるなら、今の罰が軽すぎる可能性がある」


後ろからついてきたグロムが楽しそうに牙を見せた。


狡猾そうな男が低く言った。


「あなたの考え方は気に入りました」


「それは不安になる兆候だな」


彼は歩き続けた。


候補を見るたび、一覧は重くなった。


物理的な重さではない。身体なら、リラと杖と怒りが支えている。


だが一行ごとに汚れが増える。


どの身体にも人生があった。


最低な人生も。惨めな人生も。他人の手でこの広間よりずっと前に壊された人生も。


魔族たちは彼を見ていた。


憎しみ。希望。計算。判決をもう受け終え、最後の処置を見届ける者の空虚な静けさ。


彼は急がなかった。


リラは何度か傷のことを注意した。彼は頷き、足を引きずって先へ進んだ。


アズガルは少し後ろを黙って歩く。狡猾そうな男は笑う回数が減っていた。気弱そうな女魔族も、もう書類の後ろへ隠れようとせず、自分から情報を補うようになっていた。


「この者は肉体的には強いですが、魔力回路が粗い。《刻印》は通ります。ただし精密魔法に支障が出るでしょう」


「この者は再生力がほぼ理想的ですが、血統が〈海〉との条約に結びついています。選べば海の君主から問いが来ます」


「この女性は本人の志願です。確認できた範囲では家門からの圧力なし。ただし肉体が非常に弱い」


「こちらは見た目より高齢です。呪いで肉体を維持している。推奨できません」


彼は聞いた。


質問した。


ときには候補本人に数語話させた。ときには目を見ただけで次へ進んだ。


そして列の最後へ着いた。


最後の男だけは離れた場所に立っていた。


足元の魔法陣も他より複雑だった。色合いの異なる線が三重に重なり、鎖は両手だけでなく身体の周囲にも巡り、そのまま床へ沈んでいる。暗い拘束具が押さえているのは肉よりむしろ影だった。足元の影だけが異様に濃く、石へ釘打ちされたかのように動かない。


最も巨大な男ではない。


骨板の塔や獣の将軍、翼を持つ殺し屋たちを見たあとでは、むしろ節度のある体格に見えた。


背は高く、頑健だが、巨体ではない。若くはない。老いてもいない。年齢は弱さではなく密度として現れていた。目元と口元の浅い皺。落ち着いた重い視線。鎖を侮辱するでもなく、自分より偉いと認めるでもなく、魔法陣の中でただ真っ直ぐ立つ姿勢。


肌は温かな灰色。死体のような冷たい灰ではなく、長い熱を受けたあとの石に近い。角は暗く滑らかで、飾りも、わざとらしい威嚇もなく後ろへ湾曲している。暗い髪にはこめかみと数本の房に銀が混じり、顔へ落ちないよう簡素にまとめられていた。


鋭い頬骨、真っ直ぐな鼻、疲れた口元。


美男と呼ぶのは難しい。


だが目を逸らすのも難しかった。


肩は広いが、見せつけるような肉の厚さはない。胸も腕も強く、締まり、戦える身体。処刑人でも、宮廷の寵児でもない。鎧を着て、交渉卓につき、必要なら自分で戦列へ立てる者の身体だった。


着ているのは簡素な囚人兼儀式用の暗衣で、ほとんど仕立てもない。それでも体幹のまとまりと、真っ直ぐ立つ習慣は隠せなかった。手首の鎖すら屈辱ではなく、一時的な安全措置に見える。


どこか、彼自身に似ていた。


顔立ちではない。


頭の構え方。疲れても崩れない姿勢。会議も、戦争も、裏切りも、無意味な演説も見すぎて、驚く理由をほとんど残していない者の目。


候補者が視線を上げた。


落ち着いている。注意深い。


狂信はない。何も求めず、挑発もしない。


一覧の行は、他より長かった。


前・影の君主の大臣。対外諸家評議。〈森〉との条約。〈光〉との国境戦役。三度の内乱鎮圧に参加。魔力――特級。《刻印》適合――最高。残留意志の危険――中。政治的影響――重大。判決――終身幽閉、君主法に基づく肉体最高没収の対象となりうる。


彼はもう一度読み返した。


「この人よ」


リラが静かに言った。


「例の、有名すぎる?」


「ええ」


「名前は?」


リラが名を告げた。


彼は記憶したが、口にはしなかった。


「本当の罪は?」


リラは一瞬ためらった。


狡猾そうな男が答えた。


「前君主の死後も、あまりに多くの者が彼の言葉を聞き続けたことです」


候補者がほとんど分からないほど微笑んだ。


「好意的な説明ですね」


低い声。落ち着いて、少し掠れている。卑屈でも、馬鹿げた誇り高さでもなかった。


彼は男をさらに注意深く見た。


「好意的じゃない説明は?」


「〈影〉の諸家に必要なのは摂政評議会だと考えました。空いた玉座に自分の尻を載せる夢しか見ていない後継者の群れではなく」


リラがほんの一瞬、目を閉じた。


グロムが鼻を鳴らす。


狡猾そうな男が低く笑った。


彼は杖へ体重をかけ直した。


「分かる。うちの世界でも、そういうことを言うと嫌われる」


候補者は血のついた彼の服、杖、治療の跡へ目をやった。


「〈光〉の人間に迎えられましたか」


「四人。槍を持った一人が特に説得力あった」


「生きていますか?」


「もう死んだ」


「残念です」


「そいつが?」


「あなたがです。異世界との最初の接触が痛みだと、良い判断は生まれにくい」


しばらく二人は見つめ合った。


面白い。


この広間の大半は、彼を未来の力、機会、象徴、脅威、権力を入れる器として扱った。


この男は違う。


今、痛みがあり、怒っていて、そして道徳的にはそうする十分な権利があるからこそ、大きな愚行を犯しうる人間として彼を見ていた。


「志願者か?」


「いいえ」


「生きたいか?」


男はすぐには答えなかった。


「はい」


簡単な一語。


見栄はない。


「死ぬのは怖いか?」


「はい」


「いい」


彼は言った。


隣でリラの表情がわずかに変わった。ほんの少し。それでも彼は気づいた。


候補者も気づいた。


「消えることを喜ぶふりはしません」


男は言った。


「長く生きました。多くを成し、多くを壊し、直しきれなかったことも多い。自分の意志で人生を続けられるなら、私は続けるほうを選びます」


「その選択肢が、今のまま生きることと融合なら?」


「ならば、光栄です」


彼は疲れたように笑った。


「またそれか」


「儀礼の言葉ではありません」


「説明してくれ」


候補者が背筋を伸ばした。影を縛る鎖が、金属でもないのにかすかに鳴った。


「私は前の君主に仕えました。常に同意していたわけではない。議論もした。負けたこともある。正しかったと気づくのが遅すぎたこともある。ですが、本当の中心を失った〈影〉の玉座がどうなるかを知っています。飢えた諸家。国境戦争。残酷さを強さと勘違いする若い諸侯。そして毎年一歩ずつ神殿を前へ進める〈光〉の人間たち。真なる君主が来たのなら、そして私の身体がその方にとって適切な武器になれるのなら、光栄です。苦い光栄ですが」


「死ぬことだけが心残りか?」


候補者は彼の目を真っ直ぐ見た。


「いいえ。身体でしか仕えられないことが、残念です」


広間が静まり返った。


リラさえ動かなかった。


胸の奥が嫌な形に締まった。


目の前にいるのは空の器でも、都合のいい判決でもない。


一人の人間だった。


魔族ではある。だが今、その違いは意味を持たない。


何が起きるか、その代価まで理解して、それでも受け入れている者。


自分の命より大きな課題を見ているから。


「まったく同感だ」


彼は言った。


リラが顔を向ける。


候補者も少し眉を寄せた。


「何に、でしょう」


「残念だってところだ。俺に必要なのはお前の身体じゃない。一覧を見るかぎり、大臣として、助言役として、前の政権の記憶として、全部崩れる前に嫌なことを言える人間として必要だ。つまり融合したら二度とできなくなること全部だ」


候補者は黙った。


彼はリラを見る。


「適合は?」


「高い」


リラは静かに答えた。


「最高クラスの一人。この人の回路なら、《刻印》の完全展開に候補のほぼ誰より耐えられる」


「危険は?」


気弱そうな女魔族が自分から答えた。


「残留意志は中程度。技能の断片、反応、魔法の癖、肉体記憶が残る可能性があります。完全な意識は残らないはずです。ただ、人格の強さと肉体年齢から、夢、残響、感情の影が生じる可能性はあります」


「生かしておきたいと思った相手の破片を、身体の中へ持つことになるわけか」


彼女は書類を握った。


「可能性はあります」


狡猾そうな男が柔らかく言った。


「だから多くの者なら犯罪者を選ぶでしょう。政治的には、誰も惜しまない相手を吸収したほうが簡単です」


罵りたくなった。


だが少し考え、彼は静かに答えた。


「政治的に簡単ってのは、戦略的に馬鹿って意味になることが多い」


男の笑みがわずかに揺れた。


「時には」


彼はまた候補者へ向いた。


「俺がお前を選んだら、敵は何と言う?」


「私が自分の死を通して権力を得た、と」


「支持者は?」


「私が玉座へ戻った、と」


「家族は?」


「直系の相続人はいません。遠縁はこの繋がりを利用しようとするでしょうが、力は弱い」


「弟子。部下。恩義のある奴は?」


「多くいます」


「危険だな」


「はい」


「役にも立つ」


「それも、はい」


腹の痛みは鈍く、遠くなっていた。疲労が肩へ重く乗る。


それでも考えは明瞭だった。


彼は最も清潔な選択を探しているのではない。


ここに清潔な選択肢などなかった。


犯罪者なら、未来の権力へ汚れと他人の飢えを持ち込む。


狂信者なら、最初の決断が美しい自殺への報奨になる。


政治的志願者なら、家門が席を買うことになる。


そして、この男は――。


この男を選ぶことは、損失だった。


「こいつを選ぶ」


彼は言った。


気弱そうな女魔族が息を呑んだ。


リラがゆっくり一覧を閉じた。


アズガルが背筋を伸ばした。


狡猾そうな男は、完全に笑うのをやめた。


候補者は落ち着いたままだった。ただ、指だけがわずかに握られる。


「本当に?」


リラが訊いた。


「いや」


彼女が瞬いた。


「いいえ?」


「当たり前だ。自分の未来の身体のために誰の人生を消すか選ぶのに、自信満々でいられるのは馬鹿だけだ。それでも、俺はこいつを選ぶ。この中で唯一、自分が何を選んでいるか分かってる」


候補者が頭を下げた。


「ならば、私には光栄です」


「お前が身体でしか仕えられないのが残念だって意見には、もう全面的に賛成した。もう一度言う。俺も残念だ」


「それで十分です」


「いや。全然足りない」


初めて、候補者の顔に生々しい痛みに似たものが浮かんだ。


彼は一歩近づいた。リラは身構えたが、止めなかった。


「よく聞け。きれいな話にする気はない。『お前は死なない』なんて言わない。お前を器とも呼ばない。俺がお前を選ぶのは、目の前にいる中で、お前がたぶん一番ましだからだ。力も、経験も、身体も。それがこの選択を楽にするんじゃない。むしろ悪くする」


候補者が片膝をついた。


鎖に引かれたからではない。


自分から。


「では、最後に一つ助言を」


「言ってくれ」


魔族が目を上げた。


「この選択を、あまり大声で喜ぶ者を信じないでください。あまり大声で嘆く者も」


彼は薄く笑った。


「いい助言だ。もう助言役を失うことに腹が立ってきた」


「なら、すでに少しは役に立てました」


「他には?」


「書類、諸家、毒についてはリラを。戦争ならアズガルを。そこの男は――」


候補者は狡猾そうな魔族を顎で示した。


「常に話を聞いてください。ただし信じるのは、『なぜ今これをあなたに聞かせたいのか』まで理解してからに」


狡猾そうな男が胸へ手を当てた。


「感動しました」


「喜んでるだけだ」


候補者が言った。


「そっちのほうが悪い」


彼は短く息を吐いた。


ほとんど笑いだった。


「続けて」


候補者は書類を抱えた気弱そうな女魔族へ視線を移した。


「その娘は大事にしてください。新しい身体について、あなた自身よりよく知ることになる。最初の数か月は、一つの間違いであなたを殺せるし、一つの訂正で救える」


女魔族は、褒め言葉で殴られたように赤くなった。


「わ、私は娘という年では……」


「私から見れば、もうほとんど全員が娘か息子だ」


候補者が言った。


「年齢だけは、牢獄でも増える贅沢だからな」


彼はさらに注意深く候補者を見る。


「最後は?」


男は少し黙った。


「〈光〉の者たちが次に来たとき、化け物について語るでしょう。仕事を楽にしてやる必要はありません」


その言葉は重く残った。


彼は頷いた。


「努力する」


「なら、私は準備できています」


「俺はできてない。ただ、それで誰か助かるわけでもなさそうだ」


彼はリラへ向いた。


「次は?」


リラは事務的な声で答えた。だが目には緊張が残っている。


「選択の正式確認。記録。候補者の最終発言権。魔法陣の準備。あなたの人間形態の安定化。そのあと融合」


「すぐ?」


「可能なかぎり早く」


「なぜ?」


気弱そうな女魔族が小さく言った。


「《刻印》がもう反応しています」


彼は手元を見た。


手首の周り、皮膚の下に細い暗線が浮かんでいる。水の中の墨のようにゆっくり動いていた。痛くはない。むしろ冷たい。


自分の中にそんなものがあるとは思ってもいなかった。


向かいの魔法陣では、候補者の影も動き、拘束具が許す範囲で彼へ伸びていた。


広間中が見ている。


巨大で、恐ろしく、死を待つ者たちが、血のついた唇と杖を持つ人間が、新しい人生の最初の本当の条件を選ぶ姿を見つめていた。


「記録しろ」


彼はリラに言った。


彼女が黒板を開く。


「どうぞ」


彼は候補者を見渡した。


「俺はこいつを選ぶ。物としてじゃない。政治的な贈り物でも、都合のいい死体でもない。力、経験、肉体が、俺を生き残らせる可能性を最も高くするから選ぶ。生き残れば答えを得られる。他人に俺の代わりを選ばせずに済む。こいつが独立した意志として死ぬことも認める。それが俺の選択だということも認める。慈悲とも、名誉とも呼ばない」


リラは速く書いた。


彼が黙ると、顔を上げた。


「記録した。これで十分」


「良心にも?」


「法は良心を扱わない」


「もったいないな。良心にも法が必要なときはある」


魔法陣の中で候補者がさらに深く頭を下げた。


「感謝します」


「何に?」


「死を、死と呼んでくださったことに」


彼は疲れた目で男を見た。


「最低限のことで礼を言うな」


候補者が微笑んだ。


ほんの少し。


「今は、その最低限が珍しい時代です」


先に目を逸らしたのは彼だった。


これ以上見れば、選択そのものができなくなりそうだったから。


だが、もう選んだ。

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