第九話 未来の自分に絶望する王太子
ゲームは始まった。
画面に現れたのは、可愛らしい少女だった。
『わたし、セレナ! 本日から王立学園に入学します!』
元気いっぱい。
笑顔。
前向き。
いかにも主人公という感じだ。
「この娘か」
「うん」
レオンハルトは腕を組んで画面を見ていた。
真剣だ。
真面目すぎる。
乙女ゲームなのに。
「私はいつ出る」
「そのうち」
私はベッドに寝転がった。
どうせ内容は知っている。
懐かしいな、くらいの感想だ。
しかし。
「……なんだこいつ」
開始十分。
レオンハルトの口から、早くも不穏な言葉が飛び出した。
「どうしたの」
「馴れ馴れしい」
画面の中では、セレナが男子生徒と楽しそうに話していた。
チュートリアルイベントだ。
別に普通である。
「普通だよ」
「そうか?」
「そう」
レオンハルトは納得していなかった。
そして。
ついにその時が来た。
『きゃっ!』
セレナが誰かとぶつかった。
書類が舞う。
風が吹く。
そして。
『大丈夫か?』
画面に現れたのは。
未来のレオンハルトだった。
「……私だ」
「うん」
美形だった。
今も美形だが。
未来も美形だ。
さすが攻略対象である。
『申し訳ない。怪我はないか?』
『は、はい!』
王道イベント。
私は懐かしく眺めていた。
だが。
「気持ち悪い」
レオンハルトが呟いた。
「え?」
「誰だ、こいつ」
画面の中の自分を指差している。
「レオンハルトだよ」
「違う」
真顔だった。
「私はこんな顔をしない」
「そうかな」
「しない」
断言された。
確かに。
今のレオンハルトはこんな優しい笑顔をあまりしない。
私にはたまにするけど。
「続けろ」
「はいはい」
私はボタンを押した。
ゲームは進む。
セレナが笑う。
レオンハルトが微笑む。
イベントが進む。
そして。
『セレナ嬢』
『レオンハルト様……』
『私は君を――』
そこで。
「止めろ」
低い声がした。
私はボタンを押す手を止めた。
「どうしたの」
「見たくない」
「え」
「無理だ」
レオンハルトは顔を押さえていた。
耳が少し赤い。
「何が?」
「私が」
「うん」
「知らない娘を口説いている」
その通りである。
乙女ゲームだから。
「見ていられない」
まさかの拒否だった。
私は少し考えた。
「でも攻略対象だから」
「嫌だ」
「そう」
レオンハルトはしばらく黙った。
そして。
「続けろ」
諦めたように言った。
私はゲームを再開する。
数時間後。
事件は起きた。
『セレナをいじめるな!』
画面の中のレオンハルトが叫んだ。
『リリアーナ・ローゼンベルク!』
画面の向こう。
悪役令嬢が立っている。
銀髪。
紫の瞳。
綺麗なドレス。
そして。
高慢そうな顔。
「私だね」
「お前だな」
私は懐かしく思った。
悪役令嬢時代の私。
いや。
ゲームの私だ。
『君との婚約は破棄する!』
沈黙。
『私が愛するのはセレナだ!』
さらに沈黙。
私は隣を見た。
レオンハルトが固まっていた。
瞬きもしない。
呼吸も浅い。
「レオンハルト?」
返事がない。
そして。
「……私は馬鹿なのか?」
絞り出すような声だった。
「ゲームだから」
「私は馬鹿なのか?」
「ゲームだから」
「こんな女を捨てて」
彼が画面の悪役令嬢を指差す。
私だ。
「この娘を選ぶのか?」
今度はヒロインを指差す。
「ゲームだから」
「理解できない」
真顔だった。
本当に理解できていない顔だった。
私は少し困った。
だって。
私も理解していないから。
乙女ゲームってそういうものだし。
「リリアーナ」
「なに」
レオンハルトはゆっくり私を見た。
「安心しろ」
「何が?」
「私は絶対にこんなことはしない」
「そう」
「絶対だ」
「うん」
「断じてしない」
力強かった。
私は適当に頷いた。
しかし。
この時の私はまだ分かっていなかった。
レオンハルトがこの瞬間。
本気で未来改変を決意したことを。




