第十話 未来改変宣言
その日。
レオンハルトは夕方になっても帰らなかった。
ゲームを見て。
止めて。
考えて。
また見て。
止めて。
また考えている。
真面目である。
乙女ゲームなのに。
「帰らないの?」
私はベッドに寝転がったまま聞いた。
「帰らない」
「そう」
ならいいか。
私は毛布を抱き寄せた。
眠くなってきた。
「リリアーナ」
「なに」
「一つ聞きたい」
「うん」
「ゲームの私は、お前のことを好きではないのか?」
私は少し考えた。
「たぶん」
「たぶん?」
「婚約者として見てる感じ」
「……そうか」
レオンハルトは画面の中の自分を見つめた。
未来の自分。
笑っている。
知らない少女を見て。
そして、私との婚約を破棄した。
「理解できない」
ぽつりと呟く。
「そう?」
「ああ」
彼は真剣だった。
「今のお前を見ていて、そんなことをするとは思えない」
私は首を傾げた。
「でもゲームだから」
「ゲームでも嫌だ」
即答だった。
そんなに嫌なのか。
「リリアーナ」
「なに」
「お前は私のことをどう思っている?」
難しい質問だった。
私は真剣に考える。
レオンハルトはよく遊びに来る。
一緒にいることも多い。
嫌ではない。
むしろ、いないと少し静かすぎる。
「……友達?」
「疑問形だな」
「友達少ないからよく分からない」
正直に答える。
レオンハルトは一瞬固まった。
そして、小さく笑った。
「そうか」
「レオンハルトは?」
「私か」
彼は少し考えた。
そして。
「私はお前が好きだ」
私は瞬きをした。
「好き?」
「ああ」
「友達として?」
今度はレオンハルトが固まった。
数秒。
長い沈黙。
「……今は、それでいい」
なぜか少しだけ疲れた顔で答えた。
「そうなんだ」
友達認定されたらしい。
よかった。
私は安心した。
しかしレオンハルトは、なぜか複雑そうな顔をしていた。
「それで?」
私は毛布を抱え直した。
「何が?」
「これからの話」
レオンハルトの表情が真剣になる。
「ああ」
そうだった。
この人は、それを考えていたのだ。
「リリアーナ」
「うん」
「お前はどうしたい」
「何が?」
「未来だ」
婚約破棄。
追放。
ヒロイン。
ゲームの結末。
全部ひっくるめて、ということだろう。
私は少し考えた。
「平和に暮らしたい」
「……それだけか?」
「うん」
だって。
王妃になりたいわけではない。
権力もいらない。
名誉もいらない。
できれば。
毎日昼寝をして暮らしたい。
「婚約破棄されても?」
「別にいい」
「追放されても?」
「それは嫌」
「ならどうする」
「その時考える」
完璧な答えだった。
しかし。
レオンハルトは頭を抱えた。
「お前は本当に……」
「なに?」
「危機感がない」
「そう?」
「そうだ」
そうかもしれない。
でも面倒だし。
すると。
レオンハルトが突然立ち上がった。
「え」
「分かった」
「何が?」
「私がやる」
「何を?」
「未来改変だ」
私は瞬きをした。
「未来改変?」
「ああ」
彼は真剣だった。
今日一番、真剣な顔だった。
「お前は何もしなくていい」
「そうなの?」
「そうだ」
「楽そう」
「その代わり」
レオンハルトが私の前まで来る。
「私は絶対に婚約破棄しない」
「そう」
「絶対に追放もしない」
「うん」
「そして」
一拍置く。
「お前を泣かせるようなことはしない」
私は少しだけ考えた。
「ありがとう?」
「礼はいらない」
レオンハルトは頷いた。
「これは私が決めたことだ」
私はよく分からなかった。
でも。
何もしなくていいなら、それでいい。
「じゃあ、よろしく」
そう言って毛布を被る。
レオンハルトはしばらく私を見ていた。
そして。
「ああ。任せておけ」
小さく、でも力強く答えた。
後になって思えば。
この瞬間。
乙女ゲームのシナリオは。
誰にも気付かれないまま。
静かに崩れ始めていたのだった。




