第六十話 別れの儀式
三日後。
王宮の奥深くにある、古い祈りの間。
普段は王族しか立ち入ることを許されない神聖な場所だった。
床一面には、淡く輝く魔法陣が描かれている。
その中心に立つのは、セシリア。
傍らには、大賢者エルドが静かに杖を構えていた。
リリアーナとレオンハルト、そして国王は少し離れた場所から見守っている。
「本当に、よいのですね。」
エルドが最後に問いかける。
セシリアは迷うことなく頷いた。
「はい。」
「私は元の世界へ帰ります。」
「そして、この身体を本当のセシリアさんへ返します。」
エルドは優しく微笑んだ。
「あなたの決断は、きっと二つの世界を救うでしょう。」
セシリアはリリアーナたちへ振り返る。
「リリアーナ様。」
「はい。」
「短い間でしたが、本当にありがとうございました。」
リリアーナは首を横に振る。
「こちらこそ。」
「あなたに会えてよかった。」
その言葉に、セシリアの目が潤む。
「レオンハルト殿下。」
「ああ。」
「最後まで、私を悪者にしませんでしたね。」
レオンハルトは穏やかに微笑んだ。
「君は最初から悪者ではなかった。」
「ただ、信じる未来を守ろうとしていただけだ。」
セシリアは涙をこらえながら笑った。
「ありがとうございます。」
エルドが杖を掲げる。
「それでは始めます。」
魔法陣がゆっくりと光を放ち始めた。
優しい光がセシリアを包み込む。
その時。
『ありがとう。』
胸の奥から、本当のセシリアの声が響く。
「こちらこそ。」
セシリアは目を閉じ、微笑んだ。
「幸せになってね。」
光が一層強くなる。
やがて。
一つの光が、ゆっくりと身体から浮かび上がった。
温かく、どこか懐かしい光。
それは天井へ昇り、静かに消えていく。
同時に。
セシリアの身体から力が抜け、その場へ崩れ落ちた。
「セシリア!」
リリアーナが駆け寄る。
レオンハルトもすぐに支える。
静かな呼吸はある。
だが、目は閉じたままだ。
「心配はいりません。」
エルドが穏やかに告げる。
「魂が、本来の姿へ戻ろうとしています。」
「まもなく。」
「本当のセシリア・エヴァンズが目を覚ますでしょう。」
リリアーナは眠る少女の手を、そっと握った。
「……おかえり。」
その言葉に応えるように。
セシリアの指先が、かすかに動いた。




