第四十話 目覚め
その夜。
エヴァンズ家。
「……っ」
眠っていたセシリアは、突然胸を押さえて飛び起きた。
「はぁ……はぁ……」
息が苦しい。
頭の奥が、焼けるように熱い。
「また……?」
ここ数日続いている頭痛とは比べものにならない。
まるで頭の中を誰かにかき回されているような激痛だった。
「いやっ……!」
思わず頭を抱えて床に膝をつく。
その瞬間。
知らない景色が、洪水のように流れ込んできた。
高層ビル。
夜でも明るい街。
車。
電車。
スマートフォン。
見たこともない世界。
「ちがう……」
これは私の記憶じゃない。
「誰なの……?」
頭の中で、知らない女性の声が響く。
『え……ここどこ?』
『嘘でしょ……』
『私、死んだの……?』
「やめて……!」
セシリアは耳を塞ぶ。
けれど、その声は頭の中から聞こえてくる。
『嫌……』
「出ていって!」
『ここ、どこなの!?』
「私の身体……!」
二つの意識がぶつかり合う。
頭が割れそうだった。
視界が白く染まる。
身体から力が抜けていく。
「リリアーナ……様……」
助けて。
そう言おうとした、その瞬間。
――ブツン。
意識が途切れた。
◇ ◇ ◇
「……ん」
ゆっくりと瞼が開く。
見慣れない天井。
木造の部屋。
「……ここ、どこ?」
少女は身体を起こした。
胸がざわつく。
最後の記憶は鮮明だった。
仕事帰り。
駅前の横断歩道。
子どもを助けようとして――。
「……あ」
そこで記憶が途切れている。
「もしかして、私……」
恐る恐る鏡を見る。
そこに映っていたのは。
金色の髪。
青い瞳。
見知らぬ少女だった。
「えぇっ!?」
思わず後ずさる。
「だ、誰!?」
頬をつねる。
痛い。
夢じゃない。
机の上に置かれた本を手に取る。
最初のページに書かれた名前を見た瞬間、息を呑んだ。
セシリア・エヴァンズ
「……え?」
少女の顔が青ざめる。
「セシリア・エヴァンズって……」
その名前を、彼女は知っていた。
「これ……私がプレイしてた乙女ゲームの主人公じゃない!」
頭の中で、ゲームの記憶が蘇る。
王立学園。
攻略対象。
王太子レオンハルト。
そして悪役令嬢、リリアーナ・ローゼンベルク。
「うそ……異世界転生?」
少女は呆然とその場へ座り込む。
だが、やがて小さく拳を握った。
「ゲームの内容は全部知ってる。」
「だったら、ハッピーエンドを目指せるはず!」
彼女はまだ知らない。
この世界は。
彼女が知るゲームとは、すでに大きく変わっていることを。
そして――。
本当のセシリアの意識は、心の奥深くで静かに眠らされていることを。




