第二十八話 三人の日常
セシリアがローゼンベルク公爵家へ遊びに来るようになって、半年が経った。
「リリアーナ様ー!」
元気な声と共に扉が開く。
「遊びに来ました!」
ソファで本を読んでいたリリアーナは顔を上げた。
「いらっしゃい」
最初の頃の緊張は、もうない。
それでもセシリアは部屋へ入ると、きちんと一礼した。
「今日はクッキーを焼いてきたんです!」
「本当?」
「はい!」
包みを開くと、小さな焼き菓子が並んでいた。
少し形は歪だけれど、とても美味しそうだ。
「食べてください!」
「いただきます」
リリアーナは一枚口に運ぶ。
「……おいしい」
「本当ですか?」
「うん」
その一言だけで、セシリアはぱっと顔を輝かせた。
「頑張って練習したんです!」
「ありがとう」
リリアーナは素直に笑った。
その様子を見ていたレオンハルトは、静かに紅茶を口にする。
半年前。
この二人がここまで打ち解けるとは思わなかった。
ゲームでは決してあり得ない光景。
未来は、確かに変わっている。
そう思った、その時だった。
「レオンハルト殿下も、ぜひ召し上がってください!」
セシリアがクッキーを差し出す。
「ああ」
レオンハルトは一枚受け取り、口にした。
「どうですか?」
「美味い」
「よかったです!」
嬉しそうに笑うセシリア。
その笑顔を見ながら、レオンハルトは改めて確信する。
セシリア・エヴァンズは、ゲームで知っている少女とは違う。
少なくとも今の彼女は。
リリアーナを蹴落とそうなどとは決して考えない。
心優しい少女だった。
「ねぇ、レオン」
リリアーナが紅茶を飲みながら声を掛ける。
「何だ」
「ゲーム、変わったね」
「ああ」
「これなら大丈夫かな」
レオンハルトは少し考え込む。
そして静かに首を横へ振った。
「……まだ油断はできない」
「心配性」
「お前が楽観的すぎる」
「そう?」
「そうだ」
二人のやり取りに、セシリアは小さく笑った。
「お二人は、本当に仲が良いですね」
「そう?」
リリアーナが首を傾げる。
「ああ」
レオンハルトは迷わず頷いた。
「昔から一緒だからな」
その答えに、セシリアは自然と微笑む。
兄妹のようで。
恋人のようで。
でも、どちらとも少し違う。
互いを誰より信頼している。
そんな二人だった。
――この穏やかな日々が、ずっと続く。
セシリアは心からそう信じていた。
だから、この時はまだ誰も知らない。
運命が。
再び静かに動き始めようとしていることを。




